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2026年6月18日放送の『風、薫る』第59回は、梅岡看護婦養成所の生徒たちがついに卒業を迎える回だった。
梶原校長(伊勢志摩)から卒業証書を受け取る生徒たち。しかし、そこにバーンズ先生(エマ・ハワード)の姿はない。卒業式の場に先生がいないことが気になって、生徒たちは梶原校長の話を聞くどころではない。
そして、寮に戻った生徒たちを待っていたのは、退学したゆき(中井友望)と、アップルパイを焼いて待っていたバーンズ先生だった。
ついに、生徒たちは梅岡看護婦養成所を卒業した。これからは「学生」ではなく、「看護婦」として生きていくことになる。
前回の記事はこちらです。

第59回のポイント
- 生徒たちは梶原校長から卒業証書を受け取る。
- 卒業式にバーンズ先生がいないことが気になり、生徒たちは落ち着かない。
- 生徒たちは寮へ戻り、退学したゆきと再会する。
- バーンズ先生は、生徒たちのためにアップルパイを焼いて待っていた。
- 生徒たち、ゆき、梶原校長、松井先生(玄理)、バーンズ先生が一緒に歌を歌う。
- バーンズ先生と一期生7人全員で記念写真を撮る。
- りん(見上愛)と直美(上坂樹里)は、捨松(多部未華子)を訪ねる。
- 捨松は、看護婦を育てることも自分の夢だったと語る。
- バーンズ先生が、卒業生たちの勤務先確保のため、有力者たちに働きかけていたことが明かされる。
- バーンズ先生は「看護とは何か?問われているのは、私自身である。」という言葉を本に残して旅立つ。
- 直美は、しばらくりんの家にやっかいになることになる。
個人的に印象に残ったこと
今回まず印象に残ったのは、卒業式の場面だった。
梶原校長から卒業証書をもらった生徒たち。
ついにここまで来たのかと思った。梅岡看護婦養成所は閉所することになったが、それでも一期生たちは最後まで学び、実習を終え、卒業の日を迎えた。
ただ、生徒たちは卒業式に集中できていない。
この場にバーンズ先生がいないことが気になって、梶原校長の話を聞くどころではない。
梶原校長は、全く話を聞く態度ではないと苦言を呈する。
それでも、生徒たちはバーンズ先生はどうしたのかと問う。
すると梶原校長は、「皆さんには、言わないように口止めされていたんですが、バーンズ先生は今日最後に……」と話し出す。
しかし、生徒たちは「最後」という言葉に引っかかる。
そして、バーンズ先生を探しに、教室を勢いよく出ていく。
卒業式の途中で飛び出していくのはどうなのかとも思うが、生徒たちにとってバーンズ先生はそれだけ大きな存在だったのだろう。
卒業証書をもらうことも大事。
でも、最後にバーンズ先生に会えないまま終わることの方が、生徒たちには耐えられなかったのだと思う。
生徒たちが寮に戻ると、そこには退学したゆきがいた。
ゆきは、みんなの卒業を祝いに来たという。
ここでゆきが戻ってきたのは良かった。
ゆきは途中で看護婦の道を離れた。けれど、梅岡看護婦養成所の一期生であったことには変わりない。
卒業式の場にはいなくても、最後に仲間たちと再会できたのは大きかった。
そして、奥からバーンズ先生がアップルパイを手に持って出てくる。
「卒業式はどうしたのです?」と驚くバーンズ先生。
梶原校長と松井先生も後を追ってきて、最後にみんなでアップルパイを食べることになる。
ここはとても良かった。
前回、バーンズ先生の子どもの頃の夢が、アップルパイをお腹いっぱい食べたいというものだったことが語られていた。直美はアップルパイを食べてみたいと言っていた。
その夢がここで叶う。
おいしいと喜ぶ生徒たち。
直美にとっても、アップルパイを食べるという小さな夢が叶った瞬間だった。
おいしそうに食べる生徒たちを、バーンズ先生は笑顔で見守る。
そして、英語で「Auld Lang Syne」を歌い出す。
生徒たち、ゆき、梶原校長、松井先生もみんな歌っている。
この場面は、卒業式らしい厳粛さとはまた違う、温かさがあった。
教室での形式的な卒業式よりも、寮でアップルパイを食べながらみんなで歌うこの時間の方が、彼女たちにとっての本当の卒業式だったのかもしれない。
その後、外に出て記念撮影をする。
バーンズ先生と生徒たちが写真に収まる。
一枚撮り終えると、バーンズ先生はゆきを呼ぶ。
そして、一期生として入学した全員とバーンズ先生が、同じ一枚の写真に収まる。
ここも良かった。
ゆきは卒業生ではないかもしれない。
でも、一期生の一人ではある。バーンズ先生にとっても、生徒たちにとっても、ゆきは最初から一緒に学んだ仲間だった。
退学したから外すのではなく、一期生として一緒に写真に入れる。
生徒たちとバーンズ先生の間には、間違いなく絆が生まれていたと思う。
ただ、少し意地悪な見方をすると、バーンズ先生が生徒たちに教えた看護は、放送上ではシーツ交換と換気と包帯巻きくらいしかなかったようにも見える。
実際にはもっといろいろ教えていたのだろう。
でも、ドラマの描写としては、実技をどれだけ学んだのかはあまり見えなかった。
その代わり、バーンズ先生は看護婦としてのマインドを植え付けて去っていった感じがある。
看護とは何か。
患者にどう向き合うのか。
看護婦として悩み続けることとは何か。
そういう根本の部分を、生徒たちに残したのだと思う。
りんと直美は、捨松を訪ねる。
捨松からも卒業を祝われる。
いよいよ日本にもトレインドナースが生まれることに、捨松は感謝を伝える。
捨松は、女学校を作ることと、看護婦を育てることの二つが夢だったという。
だから、りんと直美たちが卒業したことは、捨松の夢が一つ叶ったことでもあった。
捨松はりんと直美に、「看護とは何か」と改めて問う。
二人は即答できない。
しかし捨松は、学べば学ぶほど安易には答えられなくなるのが看護だと、その状態を肯定する。
ここはとても良かった。
看護とは何か。
これにすぐ答えられないから未熟なのではない。
むしろ、学んできたからこそ簡単には答えられない。患者によって違う。場面によって違う。正解が一つではない。
捨松は、即答できない二人を見て、バーンズ先生がしっかり育ててくれたのだと確信する。
看護の知識や技術だけではなく、問い続ける姿勢そのものが育っていたのだと思う。
そして捨松は、帝都医大病院が梅岡看護婦養成所の生徒たちを卒業後に看護婦として受け入れる話をなしにしたことを説明する。
それをバーンズ先生は、生徒たちに心配をかけまいと、自分で有力者たちに働きかけていた。
華族や政治家などの有力者に、卒業生たちが帝都医大病院で勤務できないか、院長に働きかけてほしいとお願いしていた。
捨松だけではなく、勝海舟(片岡鶴太郎)や千佳子(仲間由紀恵)にも声をかけていたらしい。
勝海舟は、卯三郎(坂東彌十郎)が目をかけているりんのためだと快く受け入れる。
千佳子も、自分が世話になった看護婦見習たちのために、いろいろ声をかけてみると約束する。
ここで、卒業後も帝都医大病院で働ける道が開けた背景が分かった。
バーンズ先生は、何もしていなかったわけではない。
生徒たちに心配をかけないように、自分で動いていた。
生徒たちのために最後まで走り回っていたのだと思う。
ただ、ここで少し気になったのは、りんの存在の大きさだった。
華族や政治家に頼みに行ったわけだが、勝海舟にしても、千佳子にしても、関わっているのはりんだ。
そう考えると、卒業後も帝都医大病院で働けることになった功績は、りんが大部分を占めているのかもしれない。
りん自身が直接頼んだわけではない。
でも、りんがこれまで築いてきた縁や、卯三郎との関係、勝海舟とのつながり、千佳子との関係が、結果として生徒たち全員の道を開いたようにも見える。
直美が「何も知りませんでした」と言うと、捨松は、これから、それぞれの場所で誠実に悩み続けていきましょうと提案する。
この言葉も印象に残った。
看護とは何か。
その答えは、誰かが与えてくれるものではない。これから看護婦として働く中で、それぞれが悩み続けるしかない。
誠実に悩み続ける。
それが、捨松からりんと直美への卒業祝いの言葉のようにも聞こえた。
そして、バーンズ先生は一冊の本を残して旅立った。
その本の巻末には、「看護とは何か?問われているのは、私自身である。」と書き残されていた。
この言葉を見て、りんと直美は、やっぱりバーンズ先生も看護婦なんだねと納得する。
これは良かった。
バーンズ先生も、看護とは何かという答えを持ち切っていたわけではない。
教える立場でありながら、看護とは何かを自分自身に問い続けていた。
だからこそ、りんと直美も即答できなくてよかったのだと思う。
看護婦として生きるということは、答えを持つことではなく、問い続けることなのかもしれない。
その後、直美はしばらくりんの家にやっかいになることになる。
直美は美津(水野美紀)に頭を下げる。
病院勤務が始まるまでに長屋に空きが出るので、それまでお願いしますという直美に、美津は、狭い所でご不便かけますと言う。
安(早坂美海)は、自分はもうすぐいなくなると、結婚が決まったことを報告する。
りんは、自分の家だと思って気を遣わずにくつろいでくださいねと言って、直美を歓迎する。
ここは、直美にとって大きな変化だと思う。
直美はずっと、一人で生きてきたようなところがある。人に頼ることにも慣れていないし、家族のようなものにも縁が薄かった。
少しの間でも、りんたちと暮らすことで、家族を疑似体験できるのだろうか。
翌朝、寝坊した直美が一番遅く起きてくる。
美津は直美に、井戸から水を汲んでくることをお願いする。
りんは、直美が水を汲んでいるところを嬉しそうに眺めている。
この場面は、かなり日常感があった。
直美が一ノ瀬家の生活の中に入っている。水汲みを頼まれ、家族の一員のように動いている。それをりんが嬉しそうに見ている。
ただ、少し気になったのは、りんたちが暮らすこの家のことだった。
この家は、たしか瑞穂屋の倉庫か何かではなかっただろうか。
卯三郎の善意で住まわせてもらっていたと思っていたのに、美津が「狭い所でご不便かけます」と言うと、まるで自分の家のような物言いに聞こえて、少し驚いてしまった。
もちろん、長く暮らしていれば自分たちの家のようになるのかもしれない。
でも、そこは少し引っかかった。
みんなで記念写真。最後はゆきも一緒に(2枚目)📸
👇皆さん、卒業おめでとうございます👏https://t.co/51XFvh0fPn#朝ドラ #風薫る
見上愛 上坂樹里 エマ・ハワード
生田絵梨花 菊池亜希子 中井友望 木越明 原嶋凛 pic.twitter.com/17wN41P5Sb— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) June 17, 2026
卒業生とバーンズ先生の絆は、最後の写真に詰まっていた
今回、退学したゆきも含めて、一期生7人が同じ一枚の写真に収まったことが良かった。
卒業証書をもらったかどうかだけでなく、同じ時期に梅岡看護婦養成所で学んだ仲間として、ゆきもそこに入る。
バーンズ先生にとっても、ゆきは大事な生徒の一人だったのだろう。
アップルパイを食べ、歌を歌い、写真を撮る。
この一連の場面に、生徒たちとバーンズ先生の絆が詰まっていたと思う。
バーンズ先生は、生徒たちのために最後まで動いてくれていた。
直接的な実技描写は少なかったが、生徒たちの中に看護婦としての心は確かに残したのだと思う。
卒業後の道を開いたのは、りんの縁でもあったのかもしれない
バーンズ先生は、生徒たちが帝都医大病院で働けるように、捨松や勝海舟、千佳子に働きかけていた。
ただ、その中で勝海舟が動いた理由は、卯三郎が目をかけているりんのためでもあった。
千佳子も、りんに世話になった関係がある。
こう考えると、卒業後も帝都医大病院で働けるようになった功績は、りんの存在がかなり大きいのかもしれない。
りんが人と関わり、助け、つながってきたことが、最終的に仲間たちの道を開いている。
もちろん、バーンズ先生が動いたことが一番大きい。
でも、その背後にはりんが積み重ねてきた縁もあったのだと思う。
直美はりんの家で、家族を疑似体験することになるのかもしれない
直美がしばらくりんの家に住むことになった。
これは、直美にとってかなり大きなことだと思う。
直美には、戻れる実家や当たり前に受け入れてくれる家族がない。だから、りんの家で暮らす時間は、直美にとって家族を疑似体験するようなものになるのかもしれない。
寝坊して、水汲みを頼まれて、りんに見守られる。
何でもない日常だが、直美にとっては新鮮なのではないか。
一方で、この家は瑞穂屋の持ち物だったはずなので、美津が自分の家のように迎えていることには少しだけ引っかかった。
ただ、直美が安心して身を置ける場所ができたこと自体は良かったと思う。
バーンズ先生が残したのは、答えではなく問いだった
バーンズ先生は、本の巻末に「看護とは何か?問われているのは、私自身である。」と残して旅立った。
これが今回の一番大事な言葉だったと思う。
看護とは何か。
捨松に聞かれたりんと直美は、即答できなかった。
でも、それでいい。
バーンズ先生もまた、答えを持っている人ではなく、自分自身に問い続けている看護婦だった。
結局、バーンズ先生から実技らしきものを教わる描写はほとんどなかった。
それでも、看護婦としてのマインドを植え付けて去っていった感じがある。
生徒たちは、これから看護婦として働く中で、この問いに向き合い続けることになるのだと思う。
まとめ
第59回は、梅岡看護婦養成所の卒業と、バーンズ先生の旅立ちが描かれた節目の回だった。
実技を学ぶ描写は少なかったが、バーンズ先生は「看護とは何か」を問い続ける姿勢を生徒たちに残したのだと思う。
生徒たちはこれから「学生」ではなく「看護婦」として生きていく。
りんと直美が、それぞれの現場でどんな看護を見つけていくのか楽しみだ。
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