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2026年5月7日放送の『風、薫る』第29回は、看護婦養成所での学びそのものが前に進んだというより、登場人物たちが本当は何になりたかったのか、何を諦めようとしているのかが見えてきた回だった。りん(見上愛)は看護婦になることに素直に前向きで、直美(上坂樹里)はまだ不器用ながらも少しずつ周囲の中に戻ってきている。一方で、多江(生田絵梨花)は、看護の道を選んだように見えて、実はまだ医者になる夢をまったく手放せていないことがはっきりした。
ただ正直、今回もまた「休日の描写ばかりが前に出るな」という気持ちは残った。トレインドナースの話として見たいのに、養成所の授業そのものはあまり進まず、それぞれの私生活や悩みの方に話が広がっていく。青春群像劇として見れば面白い部分はあるのかもしれないが、看護の物語として期待していると、少しもどかしさが残る回だったと思う。
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第29回のポイント
- りんは島田健次郎(佐野晶哉)が活字拾いであり、小説家志望でもあることを知る。
- 多江は見合い話を進められる一方で、医者になりたかった思いをまだ捨てられていない。
- 多江は養成所を辞めると宣言した直後に倒れ、教員宿舎で看護されることになる。
個人的に印象に残ったこと
今回まず印象に残ったのは、りんがシマケンを新聞記者と勘違いする場面だった。りんは本当に思ったことをそのまま口に出してしまう人だなと改めて思う。ただ、その後でシマケンの正体が「活字拾い」、文選、活字工だと分かる流れは面白かったし、さらに本人はその仕事がやりたいわけではなく、小説家志望だというのが分かった。
りんが、シマケンは「何者でもない」のではなく「まだ」何者でもないだけだと言い、1年後は分からない、小説を読んでみたいと言うのもよかった。ここはかなりりんらしい前向きさが出ていたし、言われた側のシマケンにとっても嬉しい言葉だったのだろうと思う。読んでもらえるものが書けるように励むと約束するシマケンも自然だった。シマケンはやはり、ただの変わり者ではなく、自分の未来にまだ何かを残している人なのだと感じた。
そしてりん自身が、看護婦になることにワクワクしているのもよかった。病気やけがをした人が元気になる手助けをして、お金をもらえるなんてありがたい。かなり素朴な言い方だが、りんらしくていいと思った。今のりんには、看護婦になることが苦行ではなく、ちゃんと希望として見えているのだろう。
一方の直美は、学校が休みの日に長屋へ戻ってきている。教会以外に行くところがないのだろうなと思わせる流れだし、誰かが長屋に人を探しに来たと聞いて焦るのも、まだどこか落ち着けていない感じが出ていた。ただ、その後シマケンがりんの家についてきて、みんながすんなり受け入れている。
シマケンがりんの家にすっかりなじんでいるのに、肝心のりんは少しおまけ扱いなのも面白かった。美津(水野美紀)たちの順応力というか、相手をすぐ自分たちの空気に巻き込む力はやっぱり強い。
今回の中心はやはり多江だったと思う。三好屋が父の診療所に来ていて、その流れで多江が一度は医者を目指していたことが分かる。女性で試験に受かったのは二人だけ、その人たちは医者一筋で結婚どころではないが、多江はその人たちを尊敬している。ここで、多江が本当は何を目指していたのかがようやくはっきり見えた。
そして父は、善は急げとばかりに見合いの日取りを決めてしまう。多江が患者の病状から脚気ではないかと指摘しても、父は疝気だと切り捨て、「お前が心配することじゃない」と言う。このやり取りはかなりきつかった。多江には診る目も知識もあるのかもしれないのに、それを認めず、ただ娘としての役割だけを押しつけているように見えるからだ。
その後、養成所での多江の心ここにあらずな様子や、直美が料理しているところに来て、喜代だったら嫁入りに備えて料理を教えてもらおうと思ったのだと話す流れも印象的だった。多江の中で「結婚する女」として扱われることへの反発がかなり大きいのだと思う。そこへりんが、「お嫁さんより、婿取る女主人」と言ってしまうのも、たしかに思ったことをそのまま言いすぎではあるが、多江の本質をかなり言い当ててもいた。
多江が父に、自分は医者になりたいのだと訴える場面もよかった。父は「お前には無理だ」と言い放ち、女医をしながら子育てはできない、医者の夫を支えるのも大事な役目だと諦めさせる。これはあまりにもきついが、時代としてはこういう考え方が普通だったのだろうとも思う。だからこそ、多江が看護の道に来ていること自体、かなり妥協の産物なのかもしれないと思わされた。
りんが、懇親のために日曜日にみんなで出かけないかと提案するのに対して、多江が「今さら皆さんと懇親する理由もない」と言い、この養成所を辞めますと宣言して倒れ込む流れもかなり不穏だった。ここで発熱と喉の腫れだけで大きな症状はないとされ、教員宿舎で看護されることになる。そして、その看護をするのはバーンズ先生ではなく生徒たちらしい、という終わり方も気になった。いよいよ「学ぶ側」が実際に看護を担う話に入っていきそうな気配が出てきた。
シマケンのお仕事は活字拾い。
そして、小説家志望だということもわかりました。👇活字拾いとは?https://t.co/8YGgCMrQhf
見上愛 佐野晶哉 pic.twitter.com/2BTm0GZSPY
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) May 6, 2026
シマケンはまだ謎も多いが、「何者でもない」ことにとどまる人ではなさそうだ
今回のシマケンは、小説家志望だと明かしたことで少し輪郭が出た。ただ、それでもまだかなり謎は多い。本も気軽に買うし、瑞穂屋にもよく顔を出すし、どこか余裕がある。やはりただの活字拾いではない背景もありそうだと思ってしまう。
ただ、りんとのやり取りを見ると、この人は少なくとも「今の自分で終わるつもりはない」人なのだろう。そこがりんと少し通じるのかもしれない。
多江は「看護婦になる人」ではなく、まだ「医者になりたかった人」として描かれている
今回の多江を見ていると、看護婦になる決意が定まっているというより、医者になれなかった人としてここに立っている感じが強かった。だからこそ、今の養成所の授業にも納得しにくいし、周囲との温度差も大きいのだろう。看護を自分の夢として見られているわけではなく、妥協の場として来ているのだとしたら、それはかなり苦しい。
ここから多江がもう一度医者を目指すのか、それとも看護婦として別の道を見つけるのか、あるいは全部を諦めて家に戻るのか。この人の選択はかなり大きな見どころになりそうだと思った。
りんはやはり思ったことを口にしすぎる危うさがある
今回は「婿取る女主人」がまさにそうだった。結果的には多江の本音に近いことを言っているのだが、だからといって何でもそのまま言っていいわけではない。りんのこの率直さは魅力でもあるが、いつか本当に大きな場面で失礼なことを言ってしまいそうな危うさもある。
ただ、その危うさも含めてりんらしいし、この人はたぶん今後も「言ってしまう」ことで何かを動かしていくのだろうとも思う。
看護の話より休日の話が多いのは、やはり少しもどかしい
今回かなり強く思ったのはここだった。養成所に入って、週の大半は授業を受けているはずなのに、描かれるのは休日や私生活ばかりに見える。もちろん群像劇として人物を掘り下げるには必要なのだろうし、それぞれの背景が分かる面白さもある。でも、トレインドナースの話として見たい側からすると、そろそろもっと授業や訓練の描写を見たい、という気持ちもかなり強い。
だから今回の第29回は、看護婦養成所の話というより、青春群像劇として見た方がしっくりくる回だったように思う。
まとめ
2026年5月7日放送の『風、薫る』第29回は、看護婦養成所の授業そのものよりも、それぞれが本当は何を目指していたのか、何を諦めようとしているのかが見えてきた回だった。特に多江が医者を目指していたこと、そしてその夢を諦めきれていないことがはっきりしたのは大きかった。
一方で、話の中心が休日や私生活に広がっていて、トレインドナースの話としてはやや散って見えるのも事実だった。それでも最後に、多江の発熱をきっかけに生徒たちが看護の実践へ入っていきそうな気配が出てきたので、次回以降でようやく話が大きく動くのかもしれない。そんな期待を残す回だった。
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