朝ドラ『風、薫る』第12回感想・ネタバレ|りんと直美が同じ英語を学びながら、まったく違う道を進み始めた

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2026年4月14日放送の『風、薫る』第12回は、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)がそれぞれ「生きるために何でもやる」と覚悟しながらも、その進み方がまったく違うことをはっきり見せた回だった。りんは卯三郎(坂東彌十郎)の店で働きながら英語を学び始め、できることを一つずつ増やそうとする。一方で直美は、勉強もしながら、嘘や駆け引きも使ってでも新しい場所へ食い込もうとする。

同じ“生きるための必死さ”でも、そのやり方はかなり違う。だから今回の話は、りんと直美が似た境遇にいながら、実はかなり正反対の人間なのかもしれないと思わせる回でもあった。

前回の感想記事はこちら

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第12回のポイント

  • 外国人客の対応で困るりんを、島田(佐野晶哉)が助ける。
  • りんは卯三郎の店で働きながら、英語の辞書を手に勉強を始める。
  • 直美は炊き出しのための野菜を集めつつ、自分の次の居場所を求めて動く。
  • 直美は捨松(多部未華子)に近づき、鹿鳴館で働く足がかりをつかむ。

個人的に印象に残ったこと

今回まず印象に残ったのは、りんが外国人の接客で困っているところに島田が現れる場面だった。タイミングとしてはまさに救世主のようで、りんが感謝するのも当然だったと思う。ただ、そのあと二人が交わすやり取りがかなり面白かった。りんは島田を見て「先生」だの「フランス語の通詞」だの、すぐに何者かに当てはめようとする。でも島田は、どうしてそんなに何者かにしたがるのかと不思議がる。

このやり取りは、今回の大きなテーマそのものだったように思う。りんにとっては、誰もが何かの役に立つ仕事をしていて、役目がなければ生きていけない。だから目の前の相手にも、必ず名前のつく役割があるはずだと思ってしまう。でも島田は、自分は「何者でもない。変わり者の島田健次郎」だと言う。そして、何者でもなくても生きていける社会の方が助かる、とまで言う。この感覚はりんにとってかなり新しかったはずだ。

しかも島田は、「生きる上で役に立たない言葉を知るのが好きだ」とまで言う。役に立つか立たないかで物事を見ていたりんにとっては、かなり異質に映っただろうし、だからこそ余計に印象に残ったのだと思う。今のりんは、働くこと、環を育てること、生き延びることに必死で、役に立たないものを愛でる余裕なんてない。だから島田の存在は、りんの世界を少し広げる役目を持っているのかもしれない。

一方で、環(宮島るか)がりんのところへ駆け寄ってきて、島田がそこで初めてりんに「お母さん」という役目があることを知る流れもよかった。りんはまだ不器用で危なっかしいところもあるけれど、それでも今の彼女をいちばん強く支えているのは、環の母であることなのだと改めて感じた。

卯三郎の店の場面では、りんがクビになるのではとおびえるのもりんらしかった。そこに卯三郎が英語の辞書を差し出すのがよかった。怒るでもなく、見放すでもなく、「続けるなら学べ」という方向へ持っていく。卯三郎はやはり人を見る目があるのだと思うし、りんの中にある学ぶ力をきちんと見ているのだと思う。士族の娘だから続かないだろうと思っていたが、面白い拾い物になるかもしれないと考える場面も、かなり実務的で面白かった。

そして今回は、りんが吉江(原田泰造)に職と住まいが決まったことを報告し、そこで直美の英語の辞書と同じものを持っていると知る場面も印象に残った。ここで、りんと直美が別々の場所で同じ英語を学び始めていることが静かに重なる。まだ二人は協力し合う関係ではないけれど、確実に同じ方向へ何かが動き始めている感じがある。

一方の直美は、今回かなりしたたかだった。ウソ泣きで八百屋の店主から炊き出し用の野菜を多くせしめるところからして、もう生き延びるためには手段を選ばない感じがある。さらに鹿鳴館の前で、捨松の馬車が通りかかるタイミングを見計らって倒れ込むのも相当だ。そこで英語で話しかけ、父が病に倒れたと嘘までついて働き口を頼む。かなり危ういし、正攻法とはとても言えない。

でも、直美にとっては、もうきれいごとでは生きていけないのだろうとも思う。自分の生まれではまともな結婚もできない、日本にいても先が見えない、アメリカにも行けない。だから鹿鳴館で働き、まともな結婚につなげたいという発想になる。これが本当に正しいのかは分からないし、メアリー(アニャ・フロリス)が直美を抱き寄せながらも、その選択をまっすぐ肯定していないように見えたのも分かる気がした。

それでも、直美が「This is my life」と言う場面は強かった。たぶん直美は、ようやく自分で何かを決めたのだと思う。危うくても、嘘をついてでも、自分の人生を自分で選ぼうとしている。その意味では、今回の直美はかなり強くも見えた。

「何者か」でなければ生きられないと思っているりんに、島田は別の世界を見せている

今回の島田とのやり取りを見ていると、作品が問いかけているのは「何者かになれ」ということより、「何者かでなければ生きられないと思い込んでいる世界の息苦しさ」の方なのかもしれないと思った。りんは、父の娘であり、妻であり、母であり、店員であり、と常に何かの役目で自分を支えてきた。そうでなければ自分がここにいていい理由がなくなってしまうからだろう。

でも島田は、何者でもなくても生きていける社会の方が助かる、と言う。この考え方は今のりんにはまだ分からない。でも、ここでそういう言葉が差し出されたこと自体に意味がある気がした。今後、りんが自分を役目だけで縛らずに見られるようになるための、大事なきっかけかもしれない。

りんは正攻法で生きようとし、直美は抜け道も使って前へ進もうとする

今回かなりはっきりしたのはここだったと思う。りんは辞書を受け取って、分からなくても勉強する。できることを一つずつ増やしていこうとする。かなり真っすぐで、正攻法だ。一方で直美は、勉強も続けながら、ウソ泣きもするし、捨松にも嘘をつく。要するに、正面突破だけではだめなら、横からでも何でも入り込むつもりなのだろう。

この違いはかなり大きい。どちらが正しいというより、それぞれの生きてきた環境がそうさせているのだと思う。りんにはまだ人を信じる素直さがあり、直美にはもうきれいな手段だけでは無理だという実感がある。だから同じ英語を学び始めても、その先の使い方はかなり違ってきそうだ。

直美の危うさは、したたかさと紙一重だと思う

今回の直美は頼もしく見える一方で、かなり危うくもあった。野菜を多くもらうためにウソ泣きをし、捨松にも嘘をついて近づく。確かに生き延びるためには必要な技術なのかもしれないが、いつかその危うさが裏目に出るのではという心配もある。

ただ、りんが「真っすぐすぎる危うさ」を持っているとしたら、直美は「曲がり方を知りすぎている危うさ」を持っているのかもしれない。どちらも危うい。でも、どちらもこの時代を生きるために身につけた形なのだろうと思う。

第12回は、二人が英語を通して同じ未来へ近づき始めた回だった

今回の終わり方で印象的だったのは、別々の場所でりんと直美が英語を勉強していることだった。今はまだ、二人が同じ目標を持っているわけではない。でも、捨松の夢やこれからの時代の変化を考えると、英語がこの先の鍵になっていくのは間違いないのだろう。

だから第12回は、何か大きな事件が起こった回ではないけれど、二人の進む線が少しずつ重なり始めた回としてかなり大事だったように思う。

まとめ

2026年4月14日放送の『風、薫る』第12回は、りんと直美がそれぞれ「生きるために何でもやる」と覚悟しながらも、そのやり方がまったく違うことを見せた回だった。りんは正攻法で学び、直美は嘘も使いながら成り上がろうとする。どちらも必死で、その必死さの形が違う。

島田の「何者でもなくても生きていける社会の方が助かる」という言葉も、今後かなり大事になってきそうだ。役目や肩書きがなくても生きていける社会とは何か。第12回は、そこへ向かう問いを静かに置いた回だったように思う。

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