朝ドラ『風、薫る』第43回感想・ネタバレ|看病婦にも看病婦の正義がある 対立の奥にある「生活」が見えてきた回

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2026年5月27日放送の『風、薫る』第43回は、看護婦見習と看病婦の対立がさらに深まる一方で、その対立をただの意地悪や性格の悪さだけでは片づけられない事情まで見えてきた回だった。これまでは、りん(見上愛)たちが新しい看護を学び、患者のために頑張っている姿が前面に出ていたが、今回はその「正しさ」が現場では必ずしも歓迎されないこと、そして看病婦たちには看病婦たちなりの生活と正義があることがかなりはっきり描かれていた。

特にフユ(猫背椿)の背景が見えてきたのが大きかった。技術は一流なのに、なぜ看病婦を続けているのか。そこにあったのは、理想ややりがいではなく、もっと切実な生活の事情だった。だから今回は、看護婦見習たちだけをまっすぐ応援するというより、世の中はそんなに単純じゃないよなと思わされる回だったように思う。

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第43回のポイント

  • 看護婦見習と看病婦の対立は、ますますあからさまになる。
  • 喜代(菊池亜希子)やゆき(中井友望)たちは、それぞれの患者との関わりの中で看護の意味を模索している。
  • フユは、息子を奉公に出し、足の悪い夫を抱えながら働き続けていることを明かす。
  • 直美(上坂樹里)は、りんのためにフユの夫・康介の看護を申し出る。
  • 看病婦たちの態度の奥に、それぞれの事情があることが見え始める。

個人的に印象に残ったこと

今回まず印象に残ったのは、しのぶ(木越明)が換気のために窓を開けるたび、ヨシ(明星真由美)が「今日は冷えるね」と言ってすぐ閉めるやり取りだった。露骨だし、嫌がらせとして分かりやすすぎるのだけれど、それが何度も繰り返されることで、看護婦見習と看病婦の対立がすでに日常の細部にまで入り込んでいるのがよく分かった。

喜代とツヤ(東野絢香)の場面も良かった。喜代は患者の赤ん坊を預かることに意味を見出し始めているが、ツヤからすれば、そんなことをしても仕事は増えるだけで給金は増えない。しかも喜代自身、子どもができずに離縁された過去を抱えていて、最初は赤ん坊を見るのも辛かったが、だんだん楽しくなってきたと打ち明ける。この場面はかなり良かった。仕事にやりがいを見つけ始めている喜代と、最低限の仕事を効率よくこなしたいツヤ。どちらが正しいというより、置かれた状況が違えば仕事への向き合い方も違うのだとよく分かるからだ。

小野田(宮地雅子)の描写も印象的だった。見舞いに来た親子を微笑みながら見つめ、自分は食事もとらずにいる。その小野田に、ゆきやトメ(原嶋凛)が優しく声をかける流れも良かった。娘とはもう三年も会っていないこと、広島の商家に嫁いだ娘にいろいろ送っていることをうれしそうに話す姿には、やはり寂しさがにじんでいた。ゆきやトメに娘を重ねているのも分かるし、ここは今後どう描かれるのか気になるところだった。

りんの方は、VIP患者の扱いにかなり苦労している。お茶に誘われても逃げるように部屋を出てしまうのが、りんらしいと言えばりんらしい。患者との距離の取り方を模索している最中なのに、今度は「上等病室」のお作法のようなものまで求められるのだから、そりゃしんどいだろうと思う。

その一方で、りんがどうしてもフユから手術介助を教わりたいと頭を下げる場面はかなり良かった。今は看護の仕事が好きで、患者の笑顔を見るのがうれしいから、座学では得られないフユの十年の経験と技術は貴重だと言って頼む。ここでちゃんとフユの技術そのものを尊敬しているのが伝わるのが良かった。

ただ、フユはそれでも首を縦に振らない。そして自分の事情を語り出す。足を悪くした亭主、奉公に出した息子、恥をしのんで続けている看病婦の仕事。やりたくてこの仕事をやっているわけではなく、本当は家で亭主の看病をしていたい。そのうえで「そんなにトレインドナースが素晴らしいなら、うちの人の看護でもしてほしいもんだわ!」とぶつける。ここはかなり重かった。

フユの技術は一級品なのに、それでも「やりたくてやっている仕事ではない」と言う。その現実がかなりきつい。理想や使命感ではなく、生活のために続けてきた。その積み重ねの上にある技術なのだとしたら、そこへ何の代償もなく「教えてください」と来られても、そりゃ簡単には教えたくないだろうと思う。

そしてここで直美が「ご主人を看護します」と即答するのがかなり良かった。これは本来、手術介助を教わりたいりんが言い出してもよさそうなことだが、お金を払えないりんなら、別の形で対価を示すしかない。だからこそ、直美が代わりに道を作ったように見えた。最近の直美は、かなりりんのために動くようになっていると思う。

康介(じろう)の家での場面もよかった。康介は、今さら足が良くなるわけではないから帰ってくれと言うが、りんと直美は掃除でもなんでもしますと食い下がる。洗髪、お布団干し、枕洗い。確かに、医療的な看護かと問われたら微妙かもしれない。でも、普段手が回らないことをするだけでも生活はかなり楽になる。ここはすごく現実的だったし、看護と家事の境界みたいなものも考えさせられた。

そのあと詰所でいい雰囲気で雑談しているところへ、フユが当直帰りで入ってくるのも良かった。直美とりんが「昨日お宅にお邪魔しました」と伝え、フユが「そっちが言い出したことだから礼は言わないよ」と返す。ここで終わらせず、二人が「また伺います」と言うのも良かった。まだ打ち解けたわけではないが、明らかに関係は少し動き始めている。

看病婦たちにも、看病婦たちなりの正義がある

今回一番大きかったのはここだったと思う。看病婦たちは、今までかなり嫌な感じに見えていた。でも、今回見えてきたのは、それぞれに事情があり、生活があり、その中で動いているということだった。給金が少なく、世間の目も厳しく、それでも働かなければ生きていけない。そういう人たちにとっては、やりがいだの理念だのより、まずは今日を回すことの方が大事なのだろう。

だから、看護婦見習たちだけが正しく、看病婦たちが間違っているとは簡単には言えない。ここがこの回の一番面白いところだった。

フユの「お金を払え」は卑しさではなく、生活の言葉だった

最初に見た時はぎょっとするが、今回の流れを見たあとだと、フユの「お金をくれたら教える」はかなり重みが違って見える。あれは欲深さでも意地悪でもなく、自分の持っている技術が生活を支えてきた現実から出た言葉なのだろう。だから昨日直美が、「卑しいんじゃなくて、本当にお金がなくて切羽詰まってるとは考えないの?」と言うのはかなり良かった。

直美はこういう時、本当に相手の立場を現実的に見ることができる。

直美はもう、自分のためよりりんのために動ける人になっている

今回特によかったのはここだった。以前の直美なら、自分の利益のために立ち回る方が先だったかもしれない。でも今は、りんが手術介助を学びたがっていると分かれば、そこへ道を作ろうとする。フユの夫を看護するという提案も、かなりその色が強かった。

しかも、それが押しつけがましくなく、自然にできているのがいい。りんにとってかなり大きな味方になってきたし、今の直美は本当に心強い。

康介への対応は、バーンズ先生なら「看護ではない」と言いそうでもある

ここもかなり面白かった。洗髪をし、布団を干し、枕を洗う。生活を少し整えることで、その人の毎日を楽にする。これはかなり意味のあることだと思う。でも、バーンズ先生ならたぶん「それは看護ではありません」と言いそうでもある。

だから今回のりんと直美の行動は、看護と奉仕、生活支援の間をまたぐものとしてかなり面白かった。実際の現場では、そういう境界の曖昧なところに大事なことがたくさんあるのだろうと思わされた。

まとめ

2026年5月27日放送の『風、薫る』第43回は、看護婦見習と看病婦の対立がさらに深まる一方で、その奥にある事情や生活まで見えてきた回だった。特にフユの背景が明らかになったことで、これまでのきつい態度もただの意地悪ではなく、切実な生活の上にあるものだと感じられたのが大きかった。

看護婦見習たちの理想も尊い。でも、看病婦たちには看病婦たちなりの現実と正義がある。そのぶつかり合いを、どちらか一方の勝ち負けで終わらせない形で描いているのが、この作品の面白さだと思う。今後、フユとの関係がどう変わっていくのか、かなり気になる回だった。

『風、薫る』感想まとめはこちら

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