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2026年5月29日放送の『風、薫る』第45回は、看護婦見習と看病婦の関係がかなり大きく動いた回だった。
前回は、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が康介(じろう)の世話をする中で、フユ(猫背椿)の仕事や康介の苦しさに触れていく話だった。今回はその流れを受けて、フユだけでなく、ツヤ(東野絢香)やヨシ(明星真由美)も少しずつ看護婦見習たちに心を開き始める。
看病婦たちは、ただ意地悪で、ただ非協力的な存在ではなかった。それぞれに生活があり、事情があり、仕事への割り切れなさもある。そこに見習たちが触れ始めたことで、病院の空気が少し変わっていく感じがあった。
そして何より印象に残ったのは、フユの「好きじゃないけど、できるだけ」という言葉だった。仕事を好きかどうかではなく、できるからやっている。この言葉は、かなり現実的で、きれいごとではないからこそ沁みた。
前回の記事はこちらです。

第45回のポイント
- 直美は寛太(藤原季節)から、母親と思われる「夕凪」の手がかりを聞く。
- 直美は、自分が身につけていたお守りが「浦崎八幡」のものだと寛太に伝える。
- フユは康介から、りんと直美が自分の仕事を「なんか」ではないと言っていたことを知る。
- フユがりんに手術介助を教えることになり、看病婦と見習たちの関係が変わり始める。
- 喜代(菊池亜希子)とツヤ、しのぶ(木越明)とヨシの間にも、少しずついい空気が流れ始める。
- バーンズ先生(エマ・ハワード)は、人には向き不向きがあると生徒たちに伝える。
- 小野田(宮地雅子)に異変が起こり、ゆき(中井友望)の前で動かなくなってしまう。
個人的に印象に残ったこと
今回まず印象に残ったのは、直美と寛太のやり取りだった。
教会で、寛太は直美に「夕凪」の情報を伝える。その前に、炊き出し用のパンを勝手に食べているところを吉江(原田泰造)に見つかるが、吉江は咎めるどころか、炊き出し用だからどうぞ召し上がってくださいというように受け入れる。そこで調子に乗って二個目に手を伸ばそうとする寛太を、直美が止める。
この短いやり取りだけでも、寛太の図々しさと、吉江の善意と、直美の現実感覚がよく出ていたと思う。
寛太が調べてきたところによると、直美の親で間違いなさそうな「夕凪」は、25年くらい前までは品川の錦栄楼という店にいて、そこそこ人気の女郎だったらしい。ただ、男と一緒に逃げたという話はあるものの、誰も確かなことまでは分からない。
ここで直美は、自分が肌身離さずつけているお守りが「浦崎八幡」のものだと寛太に伝える。このお守りをつけたまま、乳飲み子の時に横浜の教会の前に捨てられていた。だから、この神社がどこなのか調べられないかと頼む。
寛太は、これ以上あんたのために働く義理はないと一度は断る。20歳も過ぎて、仕事も決まっていて、吉江のような善意の塊みたいな人も周りにいる。何で今さらなのか。もういいんじゃないか。
この寛太の言い分も、外側から見れば分からなくはない。
ただ、直美にとっては、そう簡単に「もういい」と済ませられる話ではなかったのだと思う。直美自身も、いいと思っていた。でも病院で実習するようになり、いろいろな人に会ったことで、自分を産んだ人の顔がどんなものなのか気になった。見てどうしたいのかは、自分にも分からない。
この「自分にも分からない」というのが良かった。母に会いたい、許したい、責めたい、そういう分かりやすい感情ではない。ただ顔を知りたい。自分の始まりに触れてみたい。その感覚は、理屈だけでは片づけられないものだと思う。
寛太は、それは面白そうだと興味を示す。そして、直美が自分にすごい弱みを握らせていることになるがいいのかと確認する。直美は、寛太のことを悪いやつだけど、大悪党にはなれなさそうだからと説明する。
この見立てが当たっているのかどうかは、まだ分からない。なんだかんだ文句を言いながらも直美のために動いてくれる寛太は、悪い人間ではないような気もする。ただ、詐欺師は人を騙すのが仕事だ。いつか直美のことを利用できるかもしれないと思って動いているのだとしたら、寛太が本当に悪党なのかどうかは、その時に判明するのだと思う。
フユの家の場面も良かった。
フユが家に帰ると、康介はやはり水を飲んでいなかった。フユは、これからは自分が帰ったらすぐに連れていきますからと、お手洗いに連れていく。
ここで康介は、りんたちがフユに看護を教わりたいと言っていたことを伝える。自分には分からないけれど、フユの仕事は「なんか」なんかじゃないと、りんと直美が言っていた。
それを聞いたフユが涙をこらえるところが、とても良かった。
フユは自分の仕事を好きだとは言わないし、誇らしげに語る人でもない。でも、自分が積み重ねてきた仕事を、見習たちがちゃんと見ていた。そしてそれを康介の口から聞く。この流れにはかなり重みがあったと思う。
康介がフユにアメを差し出し、フユが一粒口に入れて「甘い」と喜ぶ場面も良かった。大げさな和解ではなく、夫婦の間にほんの少しだけやわらかい時間が戻る。この小ささが、かえって沁みた。
その後、フユはりんたちに看護を教えてもいいと言い出す。理由は、自分が楽になると気づいたから。
ここもフユらしい。急に心を入れ替えて立派な指導者になったわけではない。教えれば自分が楽になる。だから教える。でも、その現実的な理由の中に、確実に気持ちの変化があるのが良かった。
病院の中でも、看病婦と見習たちの関係が少しずつ変わっていく。
バーンズ先生が病院内を見て回る中、喜代は患者の赤ん坊をあやしていた。そこへツヤが、自分も子がなくて離縁され、お金のためにここで働いていると打ち明ける。
喜代が「お金のために……。それだけかしらね?」と返すと、ツヤは涙をこらえる。
ここはかなり良かった。喜代は、お金のために働くことを否定しているわけではない。ただ、ツヤの中にはもうそれだけではないものがあるのではないかと、静かに問いかけているように見えた。ツヤ自身も、自分ではまだ言葉にできないけれど、患者に向き合う中で何かが変わってきているのだと思う。
しのぶとヨシのやり取りも良かった。
ガーゼを一枚一枚切っているしのぶのところにヨシが来て、そんなやり方ではきりがないと言い、しのぶと交代する。そして、手際よく豪快にガーゼを作っていく。
その様子を見て、しのぶが呉服屋で働けると言い、自分は呉服屋の娘だと明かすと、ヨシは金持ちの子かと反応する。そこでしのぶが「むしろ、金持ちの子が同じ仕事をしてること、認めてほしいですわ」と返すのも良かった。
この二人の間にも、ただの反発ではない空気が流れていたと思う。育ちも立場も違うけれど、同じ仕事をしている。そのことを、しのぶはしのぶなりにまっすぐ言っていた。
手術室では、りんがフユに見守られながら器械出しをしていた。フユのアドバイスのおかげで無事に手術を終えたりんは、手術で間違えたらどうしようとか、怖くなったりしないのかと尋ねる。
フユは、怖かったらこんな仕事やってられないよと答える。
そして、りんがフユがこの仕事を嫌いだなんてもったいないと言うと、フユは「好きじゃないけど、できるだけ」と返す。
これは本当に良かった。
本当に好きなことを仕事にしている人なんて、どれだけいるのだろうか。大半の人は、好きじゃないけどできるからやっているのではないだろうか。
自分も常々、やりたいこととできることは違うと思って生きてきたタイプの人間なので、この言葉はかなり沁みた。
好きではない。でもできる。できるからやっている。しかもその仕事は、誰かにとって確かに必要なものになっている。
フユが急に「この仕事が好き」と言い出さないところが良かった。嫌いってほどではなくなったけれど、好きではない。この曖昧さがとても現実的だったと思う。
そしてもう一つ、フユが言った「この仕事はね、家事だと思ってやらないと間違えるよ」という言葉もかなり気になった。
りんは、看護は命にかかわる仕事で、家事とは違うと言いかける。けれど、フユはそのまま手術室を出ていく。
この言葉の意味はまだ分からない。家事だと思ってやらないと間違える。どういうことなのだろうか。
りんや直美が康介にやっていたことは、たしかに家事の延長線上に見えなくもない。水を飲んでいるか見ること、御不浄に連れていくこと、日々の様子を観察すること。そういう生活の細部を支えることが、看護の土台にあるという意味なのだろうか。
ただ、ここはまだ結論づけられない。早くこの言葉の意味を知りたい。
夜、寮での夕食の場面では、バーンズ先生が、久しぶりに病院に行ったら変わっていたと話す。りんは、看病婦のみんなが少しずつ協力してくれるようになったと答える。
バーンズ先生は、直美がなぜ手術介助の実習を進んでやろうとしないのかを聞く。直美は、自分は不器用なので、別の診療科で働いた方が患者さんのためになると思っていると答える。
バーンズ先生は納得し、人には向き不向きがある、命と向き合う看護の仕事は特にそうだと生徒たちに伝える。
これは自分もそう思う。向いていないことを、自分を偽ってまでやり続ける必要はない。まして命を預かる現場であれば、それはなおさらだ。
不器用な直美は手術には向いていないのかもしれないし、患者に感情移入しすぎるゆきは看護婦自体が向いていないということになっていくのかもしれない。ただ、ここもまだ決めつける段階ではないと思う。向いていない部分があるからといって、その人の全部が否定されるわけではないからだ。
外の切り株のところで泣いていたゆきに、トメ(原嶋凛)が、泣くならここで泣いてください、小野田さんの前では……と伝える場面も重かった。
ゆきは優しい。でも、その優しさが看護の現場でどう働くのかは、まだ分からない。
そして最後、小野田の異変で今週の放送が終わった。
翌日、ゆきが小野田に「おはようございます」と挨拶をすると、小野田も「おはよう……」と返す。しかし、ゆきが検温をさせてくださいとお願いしたとき、小野田が「私……なんだか……」と言って、そのまま動かなくなってしまう。
倒れ込むゆき。トメは、誰か医師を呼んできてくれと指示を出す。
放送を見ただけでは、小野田が絶命したのか、意識を失っただけなのかは判断できない。ここは来週の放送を待つしかない。
ただ、ゆきにとってはかなり大きな出来事になりそうだ。患者の前では泣かないようにと言われた直後に、その患者に異変が起こる。これは、ゆきが看護婦としてどう立っていくのかにも関わってきそうで、かなり気になる終わり方だった。
フユ「アメ、喜んでた。主人が。ありがとう」
看護婦に手術介助を教えることで、自分が楽になると気づいたフユ。
りんに手術介助を教えてくれることになりました。👇看病婦と看護婦の距離が近づいてきましたhttps://t.co/1oHS9Ysrqb
見上愛 猫背椿#朝ドラ #風薫る pic.twitter.com/RJ62tezJUx
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) May 28, 2026
フユの「好きじゃないけど、できるだけ」は、仕事のかなり本音に近い言葉だった
今回いちばん残ったのは、やはりフユの「好きじゃないけど、できるだけ」だった。
仕事を好きであることが理想のように語られることは多い。でも実際には、好きではないけれどできるからやっている人の方が多いのではないかと思う。
ただ、好きではないから価値がないわけではない。できることを積み重ねてきた人には、他人には簡単に真似できない技術がある。フユの手術介助もまさにそうだった。
好きではない。でもできる。その言葉の中に、長年働いてきた人の重みがあったと思う。
看病婦と看護婦見習の壁は、気持ちよく崩れ始めている
今回は、フユとりん、喜代とツヤ、しのぶとヨシのやり取りがそれぞれ良かった。
看病婦たちは、見習たちにとってただの敵ではなくなってきているし、見習たちもまた、看病婦たちの仕事をただ古いものとして否定するだけではなくなっている。
もちろん、すべてが解決したわけではない。でも、同じ現場で働く者同士として、お互いの技術や事情を少しずつ認め始めている。その変化が今回はとても気持ちよかった。
「家事だと思ってやらないと間違える」の意味は、まだ保留したい
フユの「この仕事はね、家事だと思ってやらないと間違えるよ」という言葉は、かなり気になる。
看護は命に関わる仕事であり、家事とは違う。りんがそう言いかけたのも分かる。
ただ、康介の世話を通して見えてきたのは、看護と家事と生活支援の境界がかなり曖昧だということだった。
水を飲ませること、御不浄に連れていくこと、甘いものを差し出すこと、泣く場所を選ばせること。そういう生活の細部に目を向ける力が、看護の基本にあるのかもしれない。
とはいえ、この言葉の本当の意味はまだ分からない。ここは早く続きを見たい。
向き不向きは、看護の仕事ではかなり重い問題になる
バーンズ先生の、人には向き不向きがあるという言葉も印象に残った。
自分も、向いていないことを自分を偽り、他人に迷惑をかけてまでやる必要はないと思っている。命を預かる現場であれば、それはなおさらだ。
直美は手術介助には向いていないのかもしれない。ゆきは患者に感情移入しすぎて、看護婦そのものに向いていないということになっていくのかもしれない。
ただ、その結論を今ここで出すことはできない。向いていない部分があることと、その仕事にまったく向いていないことは同じではない。そこをこの先どう描くのかは、かなり気になるところだ。
まとめ
2026年5月29日放送の『風、薫る』第45回は、看護婦見習と看病婦の関係が大きく変わり始めた回だった。
フユがりんに手術介助を教え、ツヤやヨシも見習たちと少しずつ言葉を交わす。これまで対立していた人たちの間に、仕事を通した理解が生まれ始めている感じがして、とても気持ちのいい変化だった。
その中でも、フユの「好きじゃないけど、できるだけ」という言葉はかなり沁みた。好きなことを仕事にしているわけではない。でも、自分にできることを続けてきた。その結果として、誰かに必要とされる技術になっている。
これは、働くことのかなり本質に近い言葉だったと思う。
一方で、直美の母をめぐる話、フユの「家事だと思ってやらないと間違える」という言葉、バーンズ先生の「向き不向き」、そして小野田の異変など、まだ結論づけられないものも多く残った。
気持ちのいい変化があった回でありながら、来週への不安もかなり強く残る終わり方だった。
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