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2026年5月8日放送の『風、薫る』第30回は、多江(生田絵梨花)がようやく「医者になれないから看護婦になる」のではなく、「看護婦になりたいから看護婦になる」と自分の言葉で言い切った回だった。そこにたどり着くまでに、仲間たちの未熟さも、バーンズ先生(エマ・ハワード)の厳しさも、かなりはっきり描かれていた。だから今回は、気持ちよく前進した部分と、相変わらず引っかかる部分の両方が残る回だったと思う。
特によかったのは、生徒たちが多江の看護を通して「observe」「観察する」という課題をようやく自分たちの現実として理解したことだった。ただその一方で、養成所での半年間がかなり飛ばされてしまい、ここまで何をどう学んできたのかがぼんやりしたまま終わってしまうのは、やはり少しもったいなく感じた。
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第30回のポイント
- 体調を崩した多江を、生徒たちは交代で看るが、肝心な観察ができていない。
- バーンズ先生は「課題を思い出せ」と初めて明確なヒントを出す。
- 多江は父・仙太郎に、看護婦として働きたいと自分の意志をぶつける。
- バーンズ先生は実は日本語を理解していたと明かし、半年の養成所生活が終わる。
- 生徒たちは実地研修へ進むことになる。
個人的に印象に残ったこと
今回まず印象に残ったのは、多江が寝込んだ場面で、みんなが善意で次々と世話を焼きに来るのに、それがかえって多江を疲れさせてしまっているところだった。トメ(原嶋凛)はこういう時は栄養をつけた方がいいと、食材を全部入れた具だくさんのスープを作る。気持ちはよく分かるし、優しさから出た行動なのも分かる。でも、多江はお椀を見ただけで食欲をなくしてしまう。しのぶ(木越明)やゆき(中井友望)も、熱や脈を測りに代わる代わる入ってくるし、喜代(菊池亜希子)までやってくる。換気のために窓を開けたら風が強く入り込み、多江はもう明らかに迷惑そうな顔をしている。
ここはかなりリアルだった。誰も悪気はないし、むしろ「早くよくなってほしい」という善意で動いている。だからこそ難しい。相手のためにしていることが、本当に相手のためになっているのかどうかは別なのだとよく分かる場面だった。
その意味で、今回の多江はかなり重要な役だったと思う。目を覚ましたあと、「ずっと背中がもぞもぞしていた」「ずっと大丈夫ではなかった」「喉がずっと乾いていた」と、自分が感じていた不快やつらさをちゃんと言葉にする。そこに対してバーンズ先生が、水を持ってきて、多江に飲ませながら、シーツや換気を指摘し、「課題を思い出せ」と言う。この一言はかなり大きかった。今までのバーンズ先生は「自分で考えろ」と突き放すばかりに見えていたが、今回は初めて、生徒たちが自力で答えにたどり着けるようにヒントを出していた。
ここはかなりよかった。生徒たちも、課題を復習する中で「看護婦の基本は、病人がいちいち言葉にしなくても、その顔つきや態度の変化から気分や体調を察すること」だと思い出す。あれだけ「observe」を訳して、理解したつもりだったのに、実際には多江に何一つできていなかった。ここでようやく、翻訳した言葉が現実の看護につながる感じが出たのはよかった。
ただ、ここで引っかかったのは、やはり「だったらもっと早く、その方向へ導けなかったのか」ということだった。今回のように「課題を思い出せ」と一言ヒントを与えるだけでも、生徒たちはちゃんと気づける。だったらこれまでのバーンズ先生の指導も、もう少しこういう形でアシストがあってもよかったのではないかと思ってしまう。答えを与えず、自分で考えさせるのは悪くない。でも、そのための道しるべまで完全に隠してしまうと、ただ生徒を放り出しているように見えてしまう。今回やっと見たかった指導が見られた、という感じだった。
そしてもう一つよかったのは、多江と父・仙太郎の場面だった。仙太郎は見合いの予定があるのに戻らない娘を迎えに来て、退学させるつもりでいる。でも多江は、療養中の患者の横でそんな話をしないでほしいとまず言う。ここで既に、多江が患者の立場で物事を考えられているのが伝わってきた。
そのうえで、多江は、最初は医者になれないから看護婦になると考えていたけれど、今は医者ではなく看護婦になりたいと心から思っていると言う。これはかなり大きかった。今までの多江は、どこか「本当は医者になりたかった人」として描かれていたけれど、今回はそこから一歩進んで、「看護婦という仕事そのものを選ぶ人」になったのだと思う。
仙太郎が、看護婦になっても大したことはできないぞと言うのに対して、多江が看護婦の仕事の重要性をきちんと説き、さらに「看護婦として働くのを認めてくれない人とは結婚しません」とまで言い切るのもよかった。ここはかなり痛快だったし、多江の芯の強さが一番よく出ていた場面だったと思う。
その後、生徒たちが仙太郎に「さっき多江に観察ができていないと叱られた」と伝え、仙太郎が「同僚を叱りつけるようなきつい看護婦はどこの病院も雇ってくれなさそうだな。その時はうちで働きなさい」と言う流れもよかった。頑固な父親かと思っていたが、本当に娘の意志が分かったら、ちゃんと逃げ道も残してくれる。このあたり、嫌な父親で終わらないところがよかった。
終盤の「半年後」も印象的だった。バーンズ先生が、ここで教えることはもう何もない、実地に勝る学びはないと言い、ナースの服をみんなに渡す。そして、喜代が「意外といい人なんですね」と日本語でつぶやいたのを、バーンズ先生が「意外と?」と拾う流れ。ここで、先生が最初から日本語を理解していたことが明かされるのはかなり驚いた。
ただ、ここは面白いと同時に、少しもやもやも残った。日本に来ると決めた時から日本語を勉強していたのだというが、それなら半年もの間、なぜずっと黙っていたのか。松井や梶原校長(伊勢志摩)は知っていたのか、知らなかったのか。そのあたりはやはり気になる。ただ、観察する力を重んじる先生が、生徒たちの言葉もずっと観察していたのだと思えば、筋は通っているのかもしれない。
多江はようやく「医者になれなかった人」ではなく、「看護婦になりたい人」になった
今回一番大きかったのはここだと思う。これまでは、多江の中で看護婦という道がどこか妥協に見えるところがあった。でも今回は、自分の意志で看護婦になりたいと言った。その変化はかなり大きい。
それは単に職業選択の話ではなく、自分が何をしたいのかを初めて自分の言葉で言い切れたということでもあると思う。見合いも、家の期待も、医者になれなかった過去も全部ある。それでも、そのうえで「私は看護婦になりたい」と言えるのは強かった。
バーンズ先生の指導でやっと見たかったものが見えた
今回、「課題を思い出せ」というヒントを与えたのは本当によかった。これまでのバーンズ先生は、正しい理屈を持っているのだろうとは思っても、それを生徒に届く形で手渡している感じが薄かった。でも今回は違った。答えそのものは言わずに、でも気づくための方向は示す。こういう指導なら見ていて気持ちがいい。
だからこそ、ここまで半年間の描写があまり見えなかったのは少し惜しい。本来なら、こういう気づきがもっと積み重なってきたはずだと思うからだ。
半年間の養成所生活が飛ばされすぎているのはやはりもったいない
今回かなり思ったのはここだった。多江の成長も、生徒たちの団結も、バーンズ先生の意図も分かる。でも、それを支える半年間の具体的な積み重ねがほとんど見えていない。だから、感動はあるのに、どこか飛び石を渡っている感覚が残る。
日曜日の外出の描写が多かったぶん、余計に「その間の授業や訓練は?」という気持ちが強くなる。ここは今後も少し引っかかりそうだと思った。
実地研修編でようやく本当に物語が進むのかもしれない
それでも最後に、ナース服を受け取り、実地研修へ向かう流れにはかなり期待が持てた。養成所の中だけでは見えにくかった看護の現場が、ここからやっと本格的に出てくるのだろう。今までのもやもやも、現場に出て初めて意味を持つのかもしれない。
だから第30回は、半年間の飛ばし方には不満も残るが、次の章へ入るための区切りとしては悪くなかったと思う。
看護の実習服を身にまとい、いよいよ病院へ。
来週からは実際に患者さんに触れ、医師と共に働きます。👇来週からはいよいよ病院へ!https://t.co/OMpy7WbOe7
見上愛 上坂樹里
生田絵梨花 菊池亜希子 中井友望 木越明 原嶋凛#朝ドラ #風薫る pic.twitter.com/syPWE2Bx5W— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) May 7, 2026
まとめ
2026年5月8日放送の『風、薫る』第30回は、多江がようやく看護婦という仕事を自分の意志で選び直し、生徒たちも「observe」の意味を実感として掴んだ回だった。バーンズ先生の指導法には相変わらず引っかかる部分もあるが、今回はじめて「こういうヒントの出し方が見たかった」と思える場面もあった。
ただ、養成所での半年間がかなり飛ばされてしまい、何をどう学んできたのかが見えにくいまま実地研修へ進んでしまうのは少しもったいなかった。それでも、次からは本格的に現場へ出るようなので、ようやくトレインドナースの物語が大きく動きそうな気配がある。そんな節目の回だったように思う。
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