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※この回は、前日の展開を踏まえて見ると、より重みが増します。
👇 前回(第154回)の感想はこちら

- 岸本敏江の登場で流れが決まる――“おもてなしの心”が勝ち負けの論理に割って入った場面
- 個人的感想
- この場面で大きいのは、夏美の言葉だけでは届きにくい相手に、岸本様という“体験者”の言葉が決定打として入ったことだと思う
- 「同じ日本人として分からない人はいない」は、かなり乱暴だけど、この作品が最後に置きたい価値観なんだろうなと思う
- 岸本会長がすぐ折れないで、聡に条件を返すのは、この人が便利な救世主になりきらないためにも必要だったんだと思う
- “夏美の価値観”だけで岸本会長を動かしたのではなく、“聡と母と夏美”の三方向から岸本会長を包囲した場面でもある
- 夜通し看病が“旅館のおもてなし”なのか問題は、やっぱり最後まで引っかかる
- “勝ち負けの論理”だけでは切れないものがあると岸本会長に突きつけた場面としてかなり大きい
- 個人的感想
- 啓吾が伝えた“ケーキの基本”――技術ではなく心を継ごうとした場面
- 秋山の去り際と、伸一の和解――加賀美屋を揺らした男が“戻る場所”を持って去った場面
- 個人的感想
- この場面で大きいのは、秋山が“加賀美屋を救った人”として去るだけではなく、“また戻ってくるかもしれない人”として送り出されていることだと思う
- 株券を受け取らない夏美の判断は、物語としては美しいけど、実務感覚で見るとかなり危うい
- 株券の見た目の枚数が多すぎる問題は、かなり重要なはずなのに、映像上の処理が雑に見えるのが惜しい
- 伸一と秋山の和解は、伸一が“騙された側”から“助けられた側”へ視点を切り替えた瞬間でもある
- ただし、レナ問題だけは未整理のままなので、視聴者がもやもやするのはかなり分かる
- 「夏美だよ」と伸一が言う場面は、ようやくこの物語の中心を伸一自身が認めた瞬間なんだと思う
- “秋山の贖罪”と“夏美の承認”が同時に完了する場面としてかなり大きい
- 個人的感想
- 岸本会長の条件と、新しい加賀美屋への再出発――ようやく“守るべきもの”が言葉になった場面
- 聡の手紙と一本桜のシブースト――それぞれの場所で続いていく未来が見えた場面
- 個人的感想
- この場面で大きいのは、聡が“戻る約束”を残して去ったことで、職人の道が完全に途切れていないと示されたことだと思う
- 平治の「生意気なぁ。ひよっこが!」は、叱っているようでいて、かなりうれしそうでもある
- 新人仲居が入ってきているのは、加賀美屋が“危機を脱した”だけではなく、“次の時間”にもう入っていることの表れなんだろうなと思う
- 一本桜のシブーストは、加賀美屋と朝倉家の物語がきれいに重なった象徴でもある
- みんなで一つのシブーストを囲んで食べるのは、食べ方としては気になるけど、演出的には“加賀美家の和”を見せたいんだろうなと思う
- 危機を乗り越えたあとに“それでも続いていく人たちの時間”を描いた場面としてかなり大事だった
- 個人的感想
- まとめ
岸本敏江の登場で流れが決まる――“おもてなしの心”が勝ち負けの論理に割って入った場面
- 岸本会長(夏八木勲)は、世の中は勝つか負けるかだと語る。
- それに対して夏美(比嘉愛未)は、勝ち負けだけが大事なのではないと答える。
- そして、それはおもてなしの心だと伝える。
- 夏美と柾樹(内田朝陽)は、加賀美屋の代々の女将が命がけで守ってきたおもてなしの心を守り抜くために、力を貸してほしいと岸本会長に頼む。
- その時、岸本会長の部屋に無理やり入って来ようとする人物が現れる。
- 入ってきたのは岸本敏江(丹阿弥谷津子)だった。
- 岸本様は、夏美に加賀美屋で世話になったことへの礼を言う。
- 夏美は、どうしてここにいるのかと驚く。
- 岸本会長は、敏江を「母さん」と呼ぶ。
- さらに聡(渡邉邦門)から、岸本様は自分の祖母であり、夏美にどうしても礼が言いたくて来たのだと説明される。
- 岸本様は、孫の聡のことが気になって盛岡には時々行っていることを明かす。
- そして、加賀美屋のおもてなしの心にとても感動していると語る。
- 岸本様は、同じ日本人としてその心が分からない人はいないと思うと口にする。
- それを聞いた岸本会長は、苦い表情を浮かべる。
- 聡も改めて、何としても加賀美屋を救ってほしいと岸本会長に頼む。
- 岸本会長は、あとはお前次第だと聡に決断を迫る。
個人的感想
夏美だったら、勝ち負けだけが大事じゃないと言うだろうなとは思っていた。そして、その先にあるのがおもてなしの心だということも、いかにも夏美らしい。でも正直、その感情論が、勝ち負けの論理だけで生きてきたように見える岸本会長に通じるのかと言われたら、かなり難しいだろうとも思っていた。
そこで、誰もが予想していた岸本様が本当に入ってきた。分かってはいたけど、やっぱり熱い展開だったなと思う。資本主義の競争の世界で勝ち抜いてきた岸本会長に対して、実の母親が「加賀美屋のおもてなしの心は、同じ日本人として分からない人はいない」と言う。この構図はかなり強い。
ただ、その分、少しあっけなくも感じた。岸本会長は、勝ち負けだけの世界で生きてきた大物のはずなのに、実の母親にそう言われると一気に苦い顔になる。もちろんそれだけで全部が決まったわけではないんだろうけど、もしここで岸本会長が「おもてなしの心を理解した側」に回るのだとしたら、ずいぶんあっさり崩れたなという気もする。
それでも、完全に情にほだされたわけではなく、「あとはお前次第だ」と聡に決断を迫るところには、この人らしさも残っていた。要するに、助けるにしてもタダではない。聡に南部鉄器職人の道を諦めて、青雲商事に戻れということなんだろう。最後まで、勝ち負けと交換条件の世界で判断する人間なんだなという感じはあった。
あと一つ気になったのは、岸本様が加賀美屋で熱を出していた時のことだ。医者は呼ばなくていいと本人が断っていたけれど、孫の聡がこんなに近いところにいたのなら、聡に連絡して何とかしてもらうという選択肢もあったんじゃないのかと思ってしまう。もちろん、それでは加賀美屋のおもてなしの心に感動する展開にはつながらないのかもしれない。でも、そもそも旅館のおもてなしとして、夜通し付きっきりで看病することが本当にそこまで当然なのかという疑問は、やっぱり最後まで少し残る。
この場面で大きいのは、夏美の言葉だけでは届きにくい相手に、岸本様という“体験者”の言葉が決定打として入ったことだと思う
夏美は、おもてなしの心を語る。
でも岸本会長にとっては、それだけでは抽象的すぎる。
そこで入ってくるのが岸本様だ。
実際に加賀美屋で世話になり、感動した当事者が目の前で話す。
つまりここでは、
理念
だけではなく、
実体験
が岸本会長を追い詰めている。
かなり強い場面だと思う。
「同じ日本人として分からない人はいない」は、かなり乱暴だけど、この作品が最後に置きたい価値観なんだろうなと思う
この言葉、かなり強い。
現実には、分からない人だって当然いる。
でもこの作品としては、ここであえてそう言い切りたいんだろうなと思う。
つまりこれは、単なる岸本様の感想ではなく、
この物語が最後に肯定したいもの
をそのまま口にさせている感じがある。
かなりどんど晴れらしい。
岸本会長がすぐ折れないで、聡に条件を返すのは、この人が便利な救世主になりきらないためにも必要だったんだと思う
もしここで岸本会長が、母親の一言だけで「分かった、助けよう」となると、かなり軽く見えてしまう。
でも実際は違う。
聡に決断を迫る。
つまり、自分が動く代わりに、お前も代償を払えという形にしている。
かなり冷たい。
でもその冷たさがあるからこそ、岸本会長の人物像はまだ崩れていない。
そこは良かったと思う。
“夏美の価値観”だけで岸本会長を動かしたのではなく、“聡と母と夏美”の三方向から岸本会長を包囲した場面でもある
夏美は理念を語る。
岸本様は体験を語る。
聡は自分の大切な仲間だと頼む。
この三つが同時に入っている。
つまりここで岸本会長は、
- 価値観
- 実感
- 家族
の三方向から揺さぶられている。
かなり逃げ場のない構図になっている。
夜通し看病が“旅館のおもてなし”なのか問題は、やっぱり最後まで引っかかる
物語としては感動の核になっている。
でも実務的に見れば、そこまで旅館が背負うべきなのか、という違和感は残る。
だからこの場面の効き方は、
現実の接客
というより
どんど晴れ世界における理想のおもてなし
として受け止める方が自然なんだろうなと思う。
“勝ち負けの論理”だけでは切れないものがあると岸本会長に突きつけた場面としてかなり大きい
岸本会長は、世の中は勝つか負けるかだと言う。
でもここでは、その外側にあるものが次々と押し寄せる。
夏美の言葉。
岸本様の実感。
聡の願い。
どれも勝ち負けでは割り切れない。
つまりこの場面は、
資本主義の論理に対して、人の心の側が本気で反論した場面
なんだと思う。
最終回前にふさわしい、かなり大きな場面だった。
啓吾が伝えた“ケーキの基本”――技術ではなく心を継ごうとした場面
- 夏美は、加賀美屋オリジナルケーキについて啓吾(大杉漣)の病室で相談している。
- 柾樹も病室に来て啓吾を見舞っている。
- 房子(森昌子)と智也(神木隆之介)は、柾樹に対して早く盛岡へ帰らなくても大丈夫なのかと気にかける。
- 柾樹は、今やれることはやったので、あとは結果を待つだけだと答える。
- 啓吾は、夏美が考えたケーキ案に対して何か思うところがある様子を見せる。
- 夏美は、問題があるなら教えてほしいと頼む。
- 啓吾は、ケーキ作りの基本を夏美に教えようとする。
- そして智也も呼び寄せ、一緒にその話を聞かせる。
- 啓吾は、お菓子というのは夢であり、食べてくれる人に喜びを与えるものだと伝える。
個人的感想
啓吾、もうかなり元通りに話せるようになっているなと思った。リハビリも相当順調なんだろうし、また自分でケーキを作れる日もそう遠くないのかもしれない。そこは素直に良かった。
ただ、啓吾が夏美と智也に伝えた「ケーキ作りの基本」は、正直かなり浅いなとも思った。お菓子とは夢であり、食べてくれる人に喜びを与えるものだ――もちろん大事なことではある。でも、「基本を教える」と言うからには、もう少し具体的でテクニカルな話が出てくるのかと思っていた。材料の扱いとか、味の組み立てとか、そういう話をするのかと思ったら、最初から最後までかなり精神論だった。
でも逆に言えば、そこがどんど晴れらしいとも思う。結局この作品は、最後の最後まで、技術や合理性よりも「心」を中心に置いてくる。旅館もそうだし、ケーキもそうだし、女将修業もそうだった。だから啓吾がここで伝えたかったのも、単なる作り方ではなく、「何のために作るのか」という一番根っこの部分だったんだろうなと思う。
この場面で大きいのは、啓吾が“ケーキの作り方”ではなく“ケーキを作る意味”を伝えようとしていることだと思う
技術の話ではない。
配合でも温度でもない。
夢であり、喜びを与えるものだと言う。
つまり啓吾はここで、
技術の継承
ではなく
仕事の思想の継承
をやろうとしている。
かなり象徴的な場面だと思う。
テクニカルな話がなくて精神論に寄るのは物足りなくもあるけど、この作品としては一貫している
もう少し具体的な話をしてくれてもよかった。
でも、どんど晴れって結局ずっとこういうものだ。
何をするかより、どういう心で向き合うか。
技術よりも姿勢。
合理性よりも思い。
だからこの啓吾の言葉も、ある意味ではかなり一貫している。
加賀美屋の“おもてなしの心”と朝倉家の“ケーキの心”が同じ場所でつながった場面としてかなり大事だった
旅館で守ろうとしているもの。
ケーキで伝えようとしているもの。
どちらも結局は、
相手に喜んでもらいたい
という心だ。
つまりこの場面は、
加賀美屋の物語と朝倉家の物語が、
同じ価値観の上に乗っていることを確認する場面でもあったと思う。
秋山の去り際と、伸一の和解――加賀美屋を揺らした男が“戻る場所”を持って去った場面
- 盛岡に戻った夏美は、お地蔵様に手を合わせている秋山(石原良純)を見つけて声をかける。
- 秋山は、自分はこの加賀美屋がどうなるかに賭けていたのかもしれないと話す。
- 買収を仕掛けると、たいていはすぐ諦めるか内輪もめが始まるが、加賀美屋は違ったという。
- 家族や、これまで出会った人たちが立ち上がり、駆けつけ、応援した。その姿を見て驚いた秋山は、もう一度人を信じる心を取り戻したいと思ったと語る。
- 秋山は、これだけの騒ぎを起こしたせめてもの償いだとして、自分が保有している株券を夏美に返そうとする。
- しかし夏美はそれを受け取らず、秋山に持っていてほしいと頼む。
- そして、またここに戻ってきてほしい、「来る者帰るが如し」のように、我が家に帰ってくるように戻ってきてほしいと願う。
- 秋山はそれを受け入れ、その時まで株券は預かっておくと答える。
- そこへ伸一(東幹久)が現れ、秋山に一言言っておきたいと切り出す。
- そして、「助けてくれてありがとうございます」と感謝を伝える。
- 伸一と秋山は和解し、固く握手を交わす。
- 秋山はそのまま加賀美屋を後にする。
- その後、伸一と時江はお地蔵様の前で、最後の最後で秋山が加賀美屋を守ってくれたことについて話している。
- どうしてなのかと気にする時江に、伸一は「夏美だよ」と答える。
- みんなが夏美と出会って何かが変わったと認め、本当に大女将の言うように座敷童なのかもしれないと話す。
- 時江もその言葉にうなずく。
個人的感想
この場面、気になるところがいろいろありすぎるんだけど、細かいことを全部後回しにしてでも、まず言いたいことがある。秋山が夏美に返そうとした株券、どう見ても多くないか!?
ここまで、秋山の持分が加賀美屋全体の5%なのか2.5%なのか、いろいろな意見があったけれど、そんな議論がどうでもよくなるくらい、見た目の株券の枚数が多すぎるように見えた。発行済株式総数が600株だとして、秋山の持分が5%なら30株。しかも、あの株券には「拾株券」と書かれている、単純に考えれば3枚で済むはずだ。
でも実際に秋山が封筒から出した株券は、どう見てももっと厚みがあった。少なく見積もっても10枚以上ありそうに見える。最初の1枚だけが拾株券で、残りは壱株券なのか。それとも途中で増資でもあって株の総数が増えているのか。あるいは、自分の見間違いなのか、制作側の単純なミスなのか、何かまだ伏線があるのか。本当にさっぱり分からない。ただ、少なくとも自分の目には、秋山が返そうとした株券は「加賀美屋株5%分」よりだいぶ多く見えた。
そうなると、夏美はあそこで素直に返してもらった方がよかったんじゃないか、という気持ちがどうしても出てくる。少なくとも、自分一人で判断せず、柾樹や環(宮本信子)に相談すべき場面だったんじゃないのかと。秋山は株式の名義は書き換えていないと言っていたけど、以前から言っているように、それはむしろ当然だろうなとも思う。ワイバーンが持っている45%も、おそらく伸一名義のままだろうし、最初に譲渡された3%も、親族の誰かの名義のままなんだろう。だとすると、秋山から株券を返してもらえれば、環、久則(鈴木正幸)、その他の親族の分と合わせて、現実的に過半数を握れる形になった可能性もある。そう考えると、夏美の「預かっておいてください」という判断は、物語としては美しいけど、実務的には本当にそれでよかったのかと引っかかってしまう。
そして、伸一と秋山がちゃっかり和解しているのも、もちろん流れとしては分かるんだけど、視聴者としては一つだけどうしても言いたい。レナの件だけは、はっきりさせてくれ。あれは本当に秋山のハニートラップで、伸一は実際には不貞行為まではしていないのか。それともそこは曖昧なまま流すつもりなのか。ここ、かなり多くの視聴者が気になっているところだと思うんだよな。
ただ、その一方で、ずっと夏美のことをきちんと認めてこなかった伸一が、最後には「夏美だよ」と言って、みんなが夏美と出会って変わったと認める。ここはやっぱり大きかった。自分も最初の頃は、夏美ってとんでもない行動ばかりするなと思って見ていたけれど、若女将になって以降はかなり落ち着いてきたし、成長しているのも事実なんだろうなと思う。だからこそ、ここで伸一がようやくそれを認めたことには、ちゃんと意味がある気がした。
この場面で大きいのは、秋山が“加賀美屋を救った人”として去るだけではなく、“また戻ってくるかもしれない人”として送り出されていることだと思う
普通なら、ここは株を返して縁を切って終わりでもよかった。
でも夏美はそうしない。
また戻ってきてほしい、と言う。
しかも「来る者帰るが如し」の論理で、客としてではなく、帰る場所のある人として迎えようとする。
つまりこの場面は、
敵だった人を許す
だけでなく、
帰ってきていい人として位置づけ直す
場面でもある。
かなりどんど晴れらしい。
株券を受け取らない夏美の判断は、物語としては美しいけど、実務感覚で見るとかなり危うい
気持ちは分かる。
秋山との信頼や、彼を一方的に切らない姿勢も分かる。
でも現実には、株券はかなり重要だ。
それをその場で受け取らず、預かっておいてくださいで済ませるのは、かなりリスキーにも見える。
つまりこの場面は、
心の物語としては非常に美しい
けれど、
経営や株の話としてはかなり引っかかる
この違和感はかなり自然だと思う。
株券の見た目の枚数が多すぎる問題は、かなり重要なはずなのに、映像上の処理が雑に見えるのが惜しい
ここはかなり大きい。
ここまで株の持分比率が話の核心にあった以上、
視聴者は当然、株券の枚数や意味にも目が行く。
だから、見た目の厚みが明らかに多いように見えると、それだけで引っかかってしまう。
もしこれが単なる演出上の都合なら、少しもったいない。
逆に何か意味があるなら、もう少し説明がほしい。
ここはかなり“惜しい違和感”だったと思う。
伸一と秋山の和解は、伸一が“騙された側”から“助けられた側”へ視点を切り替えた瞬間でもある
ここも大きい。
伸一はずっと、秋山に騙された被害者としてここにいた。
でも最後に「助けてくれてありがとうございます」と言うことで、
自分の立場を切り替える。
つまりここで伸一は、
騙された恨み
より
守ってくれた恩
を前に出した。
かなり大人な決着ではあるし、物語としてもきれいだ。
ただし、レナ問題だけは未整理のままなので、視聴者がもやもやするのはかなり分かる
和解はいい。
でも、その前に確認したいことがあるだろう、という気持ちは残る。
あれがただのハニートラップ未遂なのか、実際に一線を越えたのか。
伸一の評価にも関わるし、恵美子との関係にも関わる。
だからそこを曖昧なまま流されると、やっぱり少しもやもやする。
「夏美だよ」と伸一が言う場面は、ようやくこの物語の中心を伸一自身が認めた瞬間なんだと思う
ここはかなり大きい。
ずっと夏美をきちんと認めてこなかった伸一が、
最後はっきり「夏美だよ」と言う。
つまりここで初めて、伸一の口から
加賀美屋を動かした中心は夏美だった
と認められるわけだ。
かなり遅い。
でもだからこそ意味がある。
夏美という人物が、ついに家の中でも正式に承認された場面なんだと思う。
“秋山の贖罪”と“夏美の承認”が同時に完了する場面としてかなり大きい
秋山は、人を信じる心を取り戻して去る。
伸一は、夏美がみんなを変えたと認める。
つまりここでは、
- 秋山という外から来た人間の救済
- 夏美という中に入った人間の承認
が同時に起きている。
かなり終盤らしい、重要な場面だったと思う。
岸本会長の条件と、新しい加賀美屋への再出発――ようやく“守るべきもの”が言葉になった場面
- 柾樹が帳場で電話を受けている。
- 岸本会長が、ワイバーンに渡っている株券を引き受けてくれることになったと知らされる。
- ただし提示された条件は一つだけで、それは「加賀美屋の伝統と格式を守り抜くこと」「代々受け継いできたおもてなしの心を大切にすること」だった。
- さらに岸本会長は、加賀美屋のおもてなしの心は、ドイツ・ローテンブルクの城壁にある言葉と同じだと言っているらしい。
- その言葉は「来る者にやすらぎを。去り行く者に幸せを。」というものだった。
- 一同は、それが「来る者帰るが如し」と同じ意味なのだと気づき、岸本会長も加賀美屋のおもてなしの心を理解してくれたのだと受け止める。
- そして柾樹と伸一は、今度こそ自分たちの手で新しい加賀美屋を作ろうと固く握手を交わす。
- 周囲も二人を励まし、応援する。
個人的感想
ワイバーンに渡っている株式は、岸本会長が引き受けてくれることになったらしい。そこだけ聞くと救われたように見えるんだけど、冷静に考えると、ただ大株主がワイバーンから岸本会長に変わっただけでもあるんだよな。結局、加賀美一族の外に株のかなりの割合が流出している事実そのものは変わっていない。だったら、そこをどうするのか。岸本会長から将来的に買い戻す話まで見えているのかどうかが気になる。
もちろん、今回は感動的な場面として描かれているし、ドイツのローテンブルクの城壁の言葉と「来る者帰るが如し」がつながる流れは、かなりきれいだった。岸本会長が勝ち負けや利益だけの人ではなく、最終的には加賀美屋の本質を理解したという着地としては分かりやすいし、物語としても収まりがいい。
ただ、自分はどうしても少し現実のことを考えてしまう。もし仮にワイバーンがこのまま買収を進めていたとしても、きちんとデューデリをしたら、夜勤や泊まり勤務に対する未払い賃金みたいな問題が表に出て、二年分さかのぼって清算するとなったらかなりの金額になるかもしれない。そうなれば、買収自体を見送るという選択肢もゼロではなかったんじゃないか、なんてことまで考えてしまう。かなり水を差す見方なのは分かっているけどね。
それに、大株主が変わっただけでこんなに大喜びしていて大丈夫なのか、という不安もやっぱり残る。ワイバーンが言っていた「今の経営陣の能力には疑問がある」というような話も、全部が全部間違いだったとは言い切れない気がする。むしろ、ここまで見てきて、経営面や労務面の甘さはかなりあったように見えるから、新しい経営の仕組みや外からの視点は本来必要だったんじゃないのか、とも思ってしまう。
でも、まあ、ここでみんなが喜んでいること自体にはちゃんと意味があるんだろうなとも思う。ワイバーンのように露骨に壊す側ではなく、少なくとも加賀美屋の伝統と格式を守ることを条件にしてくれる相手に株が渡った。そして、伸一と柾樹が今度こそ自分たちの手で新しい加賀美屋を作ると握手する。ここは、単に危機をしのいだだけではなく、ようやく同じ方向を向けた場面なんだろうなと思う。
岸本会長が“株を引き受けるだけの資本家”ではなく、“条件付きで託す人”になっているのが重要
単にワイバーンから株を買うだけなら、支配者が一人変わっただけに見える。
でも今回は条件がついている。
しかもその条件が利益ではなく、伝統とおもてなしの心だ。
つまり岸本会長はここで、
株を持つ人
というより、
価値を守れるか試す人
の位置に立っている。
そこがただの身代わり大株主では終わらないところなんだと思う。
「来る者にやすらぎを。去り行く者に幸せを。」を出してくるのは、かなりきれいすぎるけど、終盤らしくて悪くない
かなりできすぎではある。
でも、ここまで来たらそのくらいきれいに重ねてきてもいいのかもしれない。
ローテンブルクの言葉と「来る者帰るが如し」が響き合うことで、加賀美屋のおもてなしが盛岡ローカルの理屈ではなく、もっと普遍的な価値として持ち上がる。
終盤のまとめ方としてはかなり分かりやすいし、効いていると思う。
“結局大株主が変わっただけでは”という違和感は残る
問題の本質が全部解決したわけではない。
株が外に出ていること自体は変わっていない。
だから、ここで完全勝利みたいな空気になると少し不安になる。
つまりこの場面は、
危機の完全解消
というより、
いったん安心できる相手に持株が移った
くらいに見るのが自然なんだろうなと思う。
そこはかなり大事な視点だと思う。
それでも伸一と柾樹が握手することには、経営上の正しさ以上の意味がある
この二人はずっと、同じ加賀美屋を思っていても、見ている未来がずれていた。
そのずれが、伸一の孤立を生み、秋山につけ込まれる原因にもなった。
だからここでの握手は、
単に再建開始の合図というだけじゃなく、
ようやく加賀美屋の中心が一つにまとまった
という意味でも大きい。
“加賀美屋が助かった”場面というより、“加賀美屋が何を軸に続いていくのかが決まった”場面としてかなり重要だった
ワイバーンが去る。
岸本会長が引き受ける。
それだけなら資本の整理だ。
でも今回はそこに、守るべき伝統とおもてなしの心という条件がついた。
そして伸一と柾樹もようやく同じ方向を向く。
つまりこの場面は、
所有の問題
だけでなく、
加賀美屋の理念の再確認
が同時に行われた場面なんだと思う。
かなり終盤らしい、重要な場面だった。
聡の手紙と一本桜のシブースト――それぞれの場所で続いていく未来が見えた場面
- 平治(長門裕之)のもとに聡から手紙が届いている。
- 手紙には、今は自分に与えられたことをやり遂げなければならないが、必ず戻ってきて、いつかは平治のような立派な職人になるつもりだと書かれている。
- 平治はその手紙を読み、「生意気なぁ。ひよっこが!」と言う。
- 加賀美屋も落ち着きを取り戻し、康子(那須佐代子)が新人仲居の京子の教育係を任されて指導にあたっている。
- その様子を清美(中村優子)、則子(佐藤礼貴)、恵(藤井麻衣子)が眺めている。
- 覗き見している三人を見つけた時江が、部屋の掃除は終わったのかと注意する。
- 加賀美屋には智也が、夏美の考えた一本桜をモチーフにした新作のシブーストを持ってきていた。
- 加賀美家の人たちと彩華(白石美帆)は、桜のシブーストを見て喜ぶ。
- みんなで桜のシブーストを食べる。
- 浩司(蟹江一平)は彩華に食べさせてあげている。
- みんながおいしいと喜ぶ。
- そして「加賀美屋に再び幸せな日々が戻ってきたのでございます」とナレーションが入り、その日の放送は終了した。
個人的感想
平治のもとに届いた聡の手紙は、かなりよかった。今は自分に与えられたことをやり遂げなければならない。でも必ず戻ってきて、いつかは平治のような立派な職人になるつもりだという。聡は結局、南部鉄器職人の道を完全に捨てたわけではないんだなと分かって少し安心した。
ただ、その一方で気になるのは、平治が聡の素性をどこまで知っていたのかということだ。いずれこういう日が来ると分かった上で弟子として受け入れていたのか、それとも本当に何も知らずに、ただ聡の中に職人の芽を見たから置いていたのか。平治のところには、少なくとも自分が覚えている限り、聡以外の弟子はいなかったはずだ。南部鉄器職人を目指す若者がそもそも多くないのだとしたら、聡は伝統工芸を継承するうえでもかなり貴重な存在なんだろうなと思う。カツノもいなくなり、聡もいなくなってしまうとなると、平治はしばらく寂しいだろう。だから聡、お前は平治が元気なうちにちゃんと戻ってこいよと思ってしまう。
加賀美屋の方を見ると、もう新人仲居の京子が入ってきていて、しかも清美までいる。あれ、今度は逆に人員過剰なんじゃないのかと少し心配になる。人が足りなくて大騒ぎしていたのに、落ち着いた途端に一気に人数が増える。人件費、大丈夫か加賀美屋、という気持ちはやっぱりある。
康子が京子の教育係をやっていて、清美たちがそれを覗き見している場面も面白かった。康子の指導が時江より厳しそうだと言っていたけれど、自分には時江の方がずっと厳しそうに見えた。ただ、時江も康子も、業務に必要な範囲でビシッと言っているだけで、少なくともあれをパワハラとは思わない。
そして最後の一本桜をモチーフにした新作シブースト。ここはかなり象徴的だった。前々からこの洋菓子をどこでどう作るのかは気になっていたが、やっぱり横浜から毎日運ぶのは現実的じゃないし、夏美が全部一人で作る時間があるとも思えない。となると、レシピを作って盛岡のどこかで製造してもらう形なんだろうなと想像する。
ただ、それ以上に印象に残ったのは、みんなでそのシブーストを囲んでいる光景だ。あれ、みんな一つのケーキにそのままスプーンを入れていたけど、シブーストってそういう食べ方をするものなのか。切り分けたりしないのか。正直、自分はちゃんと取り分けて自分の分だけ食べたい派なんだけど、あの場面はたぶん食べ方の問題というより、一つのものをみんなで囲めるくらい加賀美家に幸せが戻ってきた、ということを見せたいんだろうなと思った。
とはいえ、ここまでくるともう物語としてはかなり終わった感じもある。加賀美屋に幸せな日々が戻ってきた、とナレーションまで入ったし、今日でほぼ大団円みたいな空気だった。だからこそ、いよいよ明日の最終回をどう締めるのか、逆にかなり気になる。
この場面で大きいのは、聡が“戻る約束”を残して去ったことで、職人の道が完全に途切れていないと示されたことだと思う
聡は去る。
でも消えるわけではない。
必ず戻ると言う。
これはかなり大きい。
つまりこの場面は、
聡が一時的に資本の世界へ戻る
話であると同時に、
職人の道そのものは捨てていない
ことを確認する場面でもある。
かなり救いがある。
平治の「生意気なぁ。ひよっこが!」は、叱っているようでいて、かなりうれしそうでもある
ここ、すごくいい。
ただ感動して涙ぐむとかではない。
ちゃんと平治らしい言い方をする。
でもあれはもう、弟子の言葉をちゃんと受け取った人の反応だろう。
かなり短いセリフだけど、
師弟関係がちゃんと残っている
ことがよく分かる場面だった。
新人仲居が入ってきているのは、加賀美屋が“危機を脱した”だけではなく、“次の時間”にもう入っていることの表れなんだろうなと思う
これはかなり大きい。
危機が去った。
元に戻った。
そこで終わりじゃない。
もう新しい人が入ってきている。
つまり加賀美屋はここで、
回復
ではなく
継続
の段階に入っている。
だからこそ、危機が終わったあとの現実も少し見えてくる。
一本桜のシブーストは、加賀美屋と朝倉家の物語がきれいに重なった象徴でもある
一本桜。
加賀美屋。
夏美の発想。
啓吾の技術。
智也が運んでくる。
全部が重なっている。
つまりこのケーキは、ただの新商品じゃなくて、
夏美が加賀美屋へ持ち込んだ新しい価値
そのものなんだろうなと思う。
かなり終盤らしい象徴だ。
みんなで一つのシブーストを囲んで食べるのは、食べ方としては気になるけど、演出的には“加賀美家の和”を見せたいんだろうなと思う
普通に考えたら切り分けたい。
自分もそうしたい。
でもあの場面はたぶん、正式な食べ方とか衛生感覚とかより、
一つのものをみんなで囲める関係に戻った
ことを見せたいんだろう。
かなりベタだけど、終盤の幸福感としては分かりやすかった。
危機を乗り越えたあとに“それでも続いていく人たちの時間”を描いた場面としてかなり大事だった
聡にはこれからの時間がある。
平治にもある。
加賀美屋にも新人が入る。
新しいケーキもできる。
つまりここでは、
危機の解決
そのものより、
その先の暮らし
が描かれている。
だからこそ、最終回直前の場面としてかなり意味があったと思う。
まとめ
今回の第155回でまず大きかったのは、東京での岸本会長との対話が、単なる企業交渉ではなく、価値観そのもののぶつかり合いとして描かれたことだと思う。岸本会長は最後まで「世の中は勝つか負けるか」という論理の側に立っている。でも夏美は、勝ち負けだけが大事なのではなく、おもてなしの心があると言う。その言葉だけでは、正直、岸本会長のような人間には届きにくかっただろう。だからこそ、実際に加賀美屋で世話になった岸本様が入ってきて、「同じ日本人としてこの心が分からない人はいない」と言い切る流れはかなり強かった。かなり分かりやすいし、かなり熱い展開だったと思う。
ただ、その分だけ少しあっけなく感じる部分もあった。資本主義の競争を勝ち抜いてきた大物が、実の母親の一言でかなり揺れてしまうのは、物語としてはきれいでも、少し崩れ方が早い気もした。それでも、岸本会長が完全に情に流されるのではなく、「あとはお前次第だ」と聡に条件を返すところには、この人らしさも残っていた。助けるにしても、結局は交換条件の世界で判断する。そこが最後まで岸本会長だったし、便利な救世主で終わらなかったのはよかったと思う。
聡の扱いもかなり印象的だった。岸本会長の息子として生まれ、その価値観に反発して職人の道へ逃げるように進んだ人間が、今度は加賀美屋を助けるために父の側へ戻ってくる。しかも完全に戻るのではなく、平治のもとへ必ず帰ってきて立派な職人になるつもりだと手紙を残す。ここがすごくよかった。加賀美屋を救うために、いったん自分の夢を脇へ置く。その苦さはある。でも職人の道そのものを捨てたわけではない、という救いもちゃんと残している。平治の「生意気なぁ。ひよっこが!」という返しも、かなり平治らしくてよかった。あれ、完全にうれしいやつだよなと思う。
そして盛岡での秋山との別れも大きかった。秋山は、買収を仕掛けても、たいていは諦めるか、内輪もめが始まるのに、加賀美屋は違ったという。家族や今まで出会った人たちが立ち上がり、駆けつけ、応援した。その姿を見て、もう一度人を信じる心を取り戻したいと思ったと語る。ここはかなりきれいな着地だったし、秋山という人物の救済としてもよくできていたと思う。
ただ、やっぱり細かく見ると気になるところも残る。秋山が返そうとした株券、どう見ても多くないかという問題だ。ここまで秋山の持分が5%なのか2.5%なのか散々考えてきたけど、そんな議論を吹き飛ばすくらい、見た目の株券の枚数が多すぎたように見える。発行済株式総数が600株で、秋山の持分が5%なら30株。拾株券なら3枚で済むはずなのに、封筒から出した株券はどう見てももっと厚い。あれが自分の見間違いなのか、制作側の単純な演出上の処理なのか、それとも何か意味があるのか、最後まで少し引っかかる。夏美がそれを受け取らず、また戻ってきてほしいと預けたのも、物語としては美しいけれど、経営や株の実務感覚で見ると、本当にそれでよかったのかという気持ちは残った。
それでも、その「また戻ってきてほしい」と言う夏美の姿勢自体は、かなりどんど晴れらしかった。敵だった人間を許すだけでなく、帰ってきていい人として迎え直す。秋山もまた、「来る者帰るが如し」の中に含まれる人になっていくわけだ。加賀美屋を揺らした男が、最後には帰る場所を持った人として去っていく。その構図はかなりよかった。
そして最後の一本桜のシブースト。ここもかなり象徴的だった。夏美が考え、啓吾の技術と朝倉家の菓子作りの思想が入り、智也が持ってきて、加賀美家のみんなで食べる。加賀美屋の物語と朝倉家の物語が、洋菓子という形で重なっている。しかも新人仲居まで入ってきている。危機が去っただけではなく、その先の時間がもう動き始めている。ここはかなり大きかった。
正直、今日の回で物語はかなりきれいに畳まれた感じもある。だからこそ、最終回で何を描くのかが逆に気になる。危機を乗り越えた加賀美屋を、ただ丸く収めて終わるのか。それとも最後にもう一段、この物語らしい何かを見せてくれるのか。ここまで来ると、最終回は“事件の解決”ではなく、“どう続いていくか”を見せる回になるのかもしれない。残り1回、どう締めるのかかなり楽しみだ。
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