朝ドラ『風、薫る』第114回感想・ネタバレ|寛太の看護婦会とセツ再登場。何を救う話なのか分からなくなってきた

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2026年9月3日放送の『風、薫る』第114回は、正直、自分の中ではかなり整理しづらい回だった。

寛太(藤原季節)が運営している親和派出看護婦会。

そこにいたのは、かつて帝都医大病院でりん(見上愛)と直美(上坂樹里)が看護したセツ(村上穂乃佳)だった。

セツは女郎を辞め、自由になった。

しかしその後、女一人で生きていくすべがなく、職を転々とした末に、また女郎屋の門をたたこうとしていた。

そこを寛太に拾われたという。

ここだけを見れば、寛太は行き場のない女性を救ったようにも見える。

しかし、寛太がやっていることは本当に看護なのか。

学びのない女性たちに身の回りの世話をさせ、それを「派出看護」と呼んで料金を取っているのなら、実態としては看護ではなく女中の派出に近いのではないか。

ただ、それがどこまで非合法なのか。

どこからが悪質なのか。

りんと直美は何に責任を感じ、セツを何から救おうとしているのか。

今回は、そこがどうにもスッキリしなかった。

前回の記事はこちらです。

朝ドラ『風、薫る』第113回感想・ネタバレ|寛太が看護婦会を設立。看護は商売なのか、志なのか
2026年9月2日放送の『風、薫る』第113回は、悪質な派出看護婦会の噂が、いよいよ恵風看護婦会にも直接影響してくる回だった。看護婦の数が増え、派出看護婦会も増えてきた。それ自体は、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が目指してきた社会に近づい...

第114回のポイント

  • 寛太の事務所では、寛太が女性従業員たちに給金を支払っている。
  • りんと直美は、親和派出看護婦会について話を聞くため、寛太の事務所を訪れる。
  • 寛太は、他の悪質な看護婦会については知らない様子だった。
  • 寛太は、あこぎな看護婦会と関われば、りんたちの評判まで落ちると忠告する。
  • そこへ、かつて直美とりんが帝都医大病院で看護したセツが帰ってくる。
  • セツは、りんたちの看護婦会が近くにあることを知っていたが、恩をあだで返すような仕事をしているから訪ねられなかったと話す。
  • セツは、女郎を辞めたあとも生きていくすべがなく、職を転々とした末に、寛太に拾われたという。
  • 寛太は、直美が目の敵にしているのは、セツのような貧しい女性たちだとぶつける。
  • りんと直美は、セツのことは自分たちのせいだと落ち込む。
  • しのぶ(木越明)は、りんと直美がセツに同情していることを察する。
  • 直美は平蔵(太田光)の部屋で碁を打ち、酒に代わる気晴らしを探そうとする。
  • 平蔵は、かなわないことを願ってもつらいだけだと話す。
  • 平蔵は一人になったあと、「一歩ずつ」とつぶやき、水を飲み干す。
  • りんは、セツのもとへもう一度行こうとする。
  • しのぶは「行ってどうするの?」と疑問をぶつける。
  • りんは、やっとここまで広がってきた看護を守るため、できることは何でもしたいと答える。
  • りんが寛太の事務所を訪ねると、寛太はセツに看護の指南に来たことを見抜く。
  • 寛太は、セツは読み書きすらできない、俺に看護を教えてくれと言う。
  • そこへセツが慌てて戻り、自分の患者が大変だと知らせる。

個人的に印象に残ったこと

今回は、寛太の事務所で給金が支払われている場面から始まった。

寛太は女性従業員たちに、

「今日の分だ。無駄遣いすんなよ。」

と給金を渡している。

この場面だけを見ると、寛太はきちんと働いた分の給金を支払っている。

少なくとも、女性たちを無給で酷使しているようには見えない。

従業員を外まで見送る寛太の前に、りんと直美がやってくる。

寛太は、案外、看護婦は暇なんだなと悪態をつく。

直美は、あなたのせいで時間が奪われていると返す。

相変わらず、直美と寛太のやり取りには過去の因縁がにじんでいる。

寛太は二人を事務所に招き入れる。

汚い所だが、安かったという寛太。

事務所内には多くの女性がいる。

りんは「結構な人手ですね」と確認する。

寛太は、おかげさまで看護は流行っているからと答える。

この「看護は流行っている」という言い方が、寛太らしい。

看護を志や使命ではなく、今もうかる商売として見ている。

前回の「看護は、今、もうかる」という言葉ともつながっている。

直美は、他の看護婦会について何か知らないかと聞きに来た。

寛太は、他の看護婦会については知らない様子である。

そして言う。

「もうやめとけよ。そういう、あこぎなやつらと関わり合いになったら、それこそ、あんたらの評判が落ちるだろ。」

これは、寛太なりの忠告にも聞こえる。

直美は、あなたに心配される筋合いはないと返す。

その時、一人の女性が帰ってくる。

りんと直美の姿を見て驚く女性。

その女性は、かつて帝都医大病院で看護したセツだった。

直美が「どうして、ここに?」と聞く。

寛太も、知り合いかと驚く。

この再会は、かなり嫌な形だった。

セツが無事に女郎を辞められて自由になった時、自由にはなったけれど、本当に生きていけるのだろうかという不安はあった。

その不安が、現実になってしまった。

外の縁台に座るセツとりん。

セツは、驚かせてしまったことを謝る。

りんたちの看護婦会が近くにあることも知っていた。

りんは、訪ねてくれたらよかったのにと言う。

しかしセツは、助けられた恩をあだで返すような仕事をしていて、行けるわけがないと答える。

セツ自身も、自分がしている仕事を堂々と胸を張れるものとは思っていない。

セツは、女郎から足を洗えたことは万に一つもない幸運だったと感謝している。

その後もしばらくは好きに生きられた。

でも、女一人で生きていくすべはめったにない。

いろいろと職を転々としたが、学がないからどれもうまくいかなかった。

セツはそう笑う。

この笑いがつらい。

セツは自由になった。

でも、自由になった後の生活の保障はなかった。

学がない。

頼れる家もない。

女一人で働ける場所も限られている。

その結果、また女郎屋の門をたたこうとするところまで追い詰められた。

本人は自分に学がないからだと言う。

でも、これはセツ一人の能力の問題ではないと思う。

セツのような女性を受け入れる社会が、まだ整っていなかったということだろう。

そんな時、寛太が拾ってくれた。

看護婦といっても、身の回りの世話ができればそれで十分だと言って、ここで働かせてくれた。

ここが今回の難しいところである。

寛太はセツを救ったのか。

それとも、看護の名前を利用しているのか。

机で向き合う寛太と直美。

寛太は、セツの経緯を直美に説明する。

セツは女郎屋の門をたたこうとしていた。

そこを寛太が声をかけ、ここで働かせている。

そして寛太は、直美が目の敵にしているのは、そういう貧しい女たちだとぶつける。

この言葉も嫌なところを突いてくる。

寛太がやっていることは、おそらく本来の派出看護ではない。

看護を学んだわけでもない女性たちに、看護の真似事をさせている。

それを看護だと言って料金を取っている。

そこには問題がある。

しかし一方で、そこで働いている女性たちは、行き場のない女性たちなのかもしれない。

セツのように、女郎屋に戻るしかないところまで追い詰められた人を、寛太が拾っているのも事実である。

りんと直美は、一ノ瀬家に戻って落ち込む。

セツのことは自分たちのせいだと反省する。

どうするべきかと悩む。

りんは、セツだけでもうちで働いてもらうかと言う。

直美は、他の人を放っておいて、昔なじみだから救うのかと返す。

この場面は、個人的にはかなり分かりづらかった。

何が自分たちのせいなのだろう。

セツは女郎の道に戻るしかなかったところを、寛太に救われたとも言える。

寛太にひどい扱いを受けているようにも見えない。

もちろん、寛太の看護婦会が本来の看護ではないなら問題である。

でも、そこで働くセツは、今すぐ救出されなければならない被害者なのだろうか。

寛太のところは何かの法に触れていて、そこで働く女性たちが罰を受ける可能性があるから救わなければならないということなのか。

それとも、女郎から救い出して自由の身にしたのに、その後の生活まで支えられなかったことが自分たちのせいだと言っているのか。

何が自分たちのせいで、何から救うのか。

ここがどうにもスッキリしなかった。

悩んでいる二人の姿を、環(瀧七海)がそっと見つめている。

環も何か感じるところがあったのかもしれない。

恵風看護婦会には、茂(國分譲斗)を連れてしのぶが出勤してくる。

茂と明(開原律)は仲よく外に遊びに行く。

子守はすっかりツル(うらじぬの)の役目のようだ。

しのぶには事務仕事をお願いし、茂が大きくなったら派出看護もお願いするという。

しのぶは、すぐに追いつくと言う。

そして、親和派出看護婦会のことはどうなったかと気にする。

りんと直美が、昔の患者さんが働いていたことを教えると、しのぶはそれで同情してしまったわけかと察する。

しのぶは、結構冷静である。

りんと直美の迷いを、少し距離を置いて見ている。

平蔵の部屋では、直美が碁を打っている。

碁を打ちながら、体の具合に変わりはないかと確認する直美。

平蔵は、相変わらずだと答える。

直美は、酒に代わる新しい気晴らしを探そうとしている。

でも平蔵は、これでは気晴らしにもならないと碁を打つ手を止める。

最近は、体が痛くて座ってもいられないという。

直美が水は飲んでいるかと確認しても、平蔵は答えられない。

直美は、元気になったらやってみたいことはあるか、行きたいところや会いたい人はいるかと聞く。

平蔵は答える。

「かなわないこと願ってもつらいだけだ。」

この言葉は重かった。

会いたい人は、もう死んでしまっているのかもしれない。

行きたい場所はあっても、足が動かないから行けないのかもしれない。

願っても叶わないことがある。

それを平蔵はよく知っている。

直美も、その言葉に何かを感じたようだった。

直美も、吾郎に会いたい。

文に会いたい。

でも、それはかなわない。

かなわないことを願ってもつらいだけ。

平蔵の言葉は、直美自身の痛みにも重なったのだと思う。

それでも直美は、

「でも、きっと、一歩ずつなんですよね。」

と言う。

直美が帰り、一人になった平蔵は徳利に残った酒を飲む。

そして、

「一歩ずつ……。」

とつぶやき、水を飲み干す。

徳利に蓋をする。

小さな歩みである。

でも、確かに一つ行動を変えた。

酒ではなく水を飲む。

平蔵がこの先どこまで変わるのかは分からない。

ただ、直美との関わりが、少しずつ平蔵を動かしていることは確かだと思う。

恵風看護婦会。

明と茂が今日も仲よく外に遊びに行く。

りんは荷造りをしている。

セツのところにもう一度行ってみようと思っている。

しのぶが聞く。

「行ってどうするの?」

この問いは、かなり大事だった。

りんは、分からないと答える。

だけど、やっとここまで広がってきた看護を守りたい。

そのためにできることは何でも。

しのぶは「うん……」と、どこか納得していない様子である。

りんは、

「それでも、少しでも。」

と言って出ていく。

ここも、見ていて少し引っかかった。

りんは、目の前の困っている人を助けたい人物である。

それはずっとそうだった。

でも、セツを女郎から救う時、りんは卯三郎(坂東彌十郎)に相談していた。

その時、セツ一人を助けても社会は変わらないというような助言を受け、廃娼運動の運動家につながったはずである。

つまり、セツ一人を救うだけではなく、全体を変える視点を学んだのだと思っていた。

しかし今回、りんはまたセツ一人に向かっているように見える。

しかも、今回はセツが明確に助けを求めているわけでもない。

寛太のところでひどい扱いを受けているようにも見えない。

ここまで広がった看護を守りたいなら、セツ一人を恵風看護婦会で面倒見るとか、セツ一人に看護を指南するとかは、少し違うのではないかと思ってしまう。

しのぶの「行ってどうするの?」は、かなり視聴者側の疑問にも近かった。

寛太の事務所前。

りんは寛太に見つかる。

「あんたも相当しつこいな。」

と言われてしまう。

りんが「放っておけないので……」と答えると、寛太は事務所内に招き入れてくれる。

りんがセツに看護の指南に来たことを、寛太は見透かす。

そして言う。

「笑わせるなよ。あいつは読み書きすらできない。俺に教えてくれよ。その看護ってやつ。」

この言葉も、嫌な形で現実を突いている。

セツは読み書きすらできない。

それでも働かなければ生きていけない。

看護を学ぶには、読み書きの力も必要になる。

看護婦として働くには、ただ身の回りの世話ができればいいというものではない。

しかし、セツのような女性が学ぶ機会を得ること自体が難しい。

りんが一人で看護を教えようとしても、簡単にどうにかなる話ではない。

セツが不在ならまた出直すといって、りんが帰ろうとする。

そこへセツが急いで戻ってくる。

「ちょっと……!大変だよ! 私の患者さんが……!」

ここで、次回に続く。

おそらく、親和派出看護婦会の問題が、実際の患者の危機として表に出てくるのだろう。

セツの自由は生活の保障ではなかった

セツが女郎を辞められたことは、本当に大きなことだった。

ただ、自由になったからといって、生きていけるとは限らない。

今回、その現実が突きつけられた。

学がない。

職を転々としても続かない。

女一人で生きるすべが少ない。

そして、また女郎屋の門をたたこうとするところまで追い詰められる。

これはセツの自己責任だけではない。

セツのような女性を受け入れる社会が、まだ整っていなかったということだと思う。

自由になった後、どう生きるのか。

そこまで支える仕組みがなければ、救いは途中で途切れてしまう。

その意味では、セツの再登場には重さがあった。

寛太は救っているのか、利用しているのか

寛太がやっていることは、おそらく本来の派出看護ではない。

看護を学んでいない女性たちに、身の回りの世話をさせて、それを看護だと言っているのだろう。

実態としては、看護婦ではなく女中を派出しているだけなのかもしれない。

ただ、「看護」と名付ければ高額な料金を取れる。

そう考えると、寛太は派出看護という看板を利用しているようにも見える。

一方で、寛太はセツのような行き場のない女性を拾っている。

給金も払っている。

少なくとも、セツを女郎屋に戻さずに済ませた。

この点だけを見れば、救っているとも言える。

だからこそ、ややこしい。

寛太は悪いことをしているのか。

良いことを悪い形でやっているのか。

社会に受け皿がない中で、たまたま寛太のような怪しい人間が受け皿になってしまっているのか。

単純に切り分けられない。

看護と女中仕事の境界線がまた曖昧になった

寛太は、身の回りの世話ができれば看護婦として十分だと言っていたらしい。

これは危うい。

看護婦は女中ではない。

実際、恵風看護婦会では、家事を求められて断ったこともあった。

しかし一方で、このドラマの中でも看護の仕事の境界線は、時々かなり曖昧に見える。

平蔵と碁を打ちながら問診する。

気晴らしを探す。

佳枝を散歩に連れ出す。

患者の生活全体に関わる。

それらも広い意味では看護なのだろう。

だからこそ、寛太の「身の回りの世話ができれば十分」という言葉との差が、視聴者には少し分かりにくい。

もちろん、恵風看護婦会には看護の知識と理念がある。

親和派出看護婦会にはそれがない。

そこが違いなのだろう。

ただ、その違いが画面上ではもう少し明確に示されないと、寛太の看護婦会がどれほど危険なのか、いまひとつ掴みにくい。

平蔵の「かなわないこと願ってもつらいだけ」が重い

平蔵の言葉は、今回かなり印象に残った。

「かなわないこと願ってもつらいだけだ。」

これは、平蔵自身の人生から出た言葉なのだろう。

会いたい人がいても、もう会えない。

行きたい場所があっても、体が動かない。

過去に戻りたくても戻れない。

願ってもかなわないことがある。

直美も、その言葉を聞いて、自分のこととして受け取ったのではないか。

吾郎に会いたい。

文に会いたい。

でも、それはかなわない。

それでも、一歩ずつ。

直美の言葉を受けて、平蔵が水を飲み干したのは小さな変化だった。

一気に人生が変わるわけではない。

でも、一歩ずつなら変われるかもしれない。

りんと直美は何に責任を感じているのか

今回一番分からなかったのは、りんと直美が「セツのことは自分たちのせいだ」と感じているところである。

セツは女郎を辞められた。

その後、生きる道に困った。

寛太に拾われ、親和派出看護婦会で働いている。

ここで、りんと直美は何に責任を感じているのだろう。

自由にするところまでは手伝ったが、その後の生活までは支えなかったことか。

セツが結果的に、看護を汚すような仕事に就いてしまったことか。

昔の患者だから、何とかしなければと思っているのか。

それとも、恵風看護婦会が看護を広めたことで、寛太のような商売が生まれたことに責任を感じているのか。

どれも分かるようで、分かりきれない。

セツが明確に助けを求めているなら話は分かりやすい。

でも、今回のセツは困ってはいるが、今すぐ救出されたい人には見えなかった。

だから、何から救うのかがぼやけて見えた。

卯三郎の助言は何だったのか

以前、りんはセツを助けたいと卯三郎に相談した。

その時、セツ一人を助けても社会は変わらないという方向の話になり、廃娼運動家につながったはずである。

だから、りんは一人の救済だけではなく、仕組みを変えることも学んだのだと思っていた。

しかし今回は、またセツ一人に向かっている。

セツ一人を恵風看護婦会で働かせるのか。

セツ一人に看護を教えるのか。

それで、看護全体を守ることになるのか。

ここがかなり引っかかった。

もちろん、りんらしいと言えばりんらしい。

目の前の人を放っておけない。

それでも少しでも動きたい。

でも、前に学んだはずの「一人だけ救っても社会は変わらない」という視点が、また薄れてしまっているようにも見える。

しのぶの「行ってどうするの?」が一番冷静だった

今回、しのぶの「行ってどうするの?」はかなり冷静な言葉だった。

りんは、セツのところへ行こうとする。

でも、具体的に何をするのかは分からない。

セツを連れて帰るのか。

看護を教えるのか。

寛太を説得するのか。

親和派出看護婦会を変えるのか。

りん自身も分からない。

それでも、少しでも動きたい。

この気持ちは分かる。

でも、しのぶの疑問ももっともである。

行ってどうなるのか。

何を解決するのか。

このあたりが曖昧なまま進んでいるので、見ている側としてもかなり混乱してしまった。

またシマケンの文章の力に頼る流れになるのか

前回、セツを救った時には、シマケン(佐野晶哉)の文章の力が効果を発揮した。

世論を動かし、廃娼運動につながるような流れがあった。

今回もまた、看護婦会の問題を社会に訴える話になれば、文章の力が出てくる可能性はある。

ただ、同じ流れになるのは少し心配でもある。

今回は、看護婦会の質、料金、教育、制度の問題である。

もし本当に看護を守るなら、必要なのは一人の文章だけではなく、資格や教育、監督の仕組みなのだと思う。

柳生(中村倫也)や衛生局が動いている以上、制度の話に進むのかもしれない。

そこをきちんと描いてほしい。

まとめ

第114回は、寛太の親和派出看護婦会にセツがいたことで、問題が一気に複雑になった回だった。寛太がやっていることは本来の看護ではないのだろうが、セツのような行き場のない女性を拾っている面もあり、単純に悪と切り捨てにくい。

ただ、看護と女中仕事の境界線、正当な派出看護と名ばかり看護婦会の違い、法的に何が問題なのかが曖昧なままなので、正直かなり分かりづらかった。恵風看護婦会と親和派出看護婦会の違いも、理念としては分かるが、実務としてはまだ見えにくい。

りんと直美がセツに責任を感じていることも、完全には飲み込めなかった。女郎から自由にした後の生活まで支えられなかったことなのか、看護を広めたことで寛太のような商売を生んだことなのか、昔なじみだから救いたいだけなのか、何から救う話なのかがぼやけて見えた。

自分の頭では処理しきれないほど分かりづらくなってきた。ただ、次回はセツの患者に何かが起きたことで、親和派出看護婦会の問題が具体的に見えてきそうである。ここから看護の質、教育、制度の問題として整理されていくことを期待したい。

『風、薫る』感想まとめはこちら

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