朝ドラ『風、薫る』第52回感想・ネタバレ|夕凪編で強まる違和感。助けたい気持ちはあるのに、どこか乗り切れない回

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2026年6月9日放送の『風、薫る』第52回は、魚住セツ(村上穂乃佳)をめぐる騒動がさらに広がっていく回だった。

前回、シマケン(佐野晶哉)が書いた新聞記事によって、夕凪の心中未遂は世間に知られることになった。今回はその記事を読んだ人たちから見舞いの品が届く一方で、女郎屋の主人・権田(梅垣義明)も病院に現れ、セツを連れ戻そうとする。

直美(上坂樹里)やりん(見上愛)、看護婦見習たちは必死にセツを守ろうとする。ヨシ(明星真由美)も、さりげなくミカンを持ってきたり、直美が頼み込んで氷を手に入れたことをセツに聞こえるように伝えたりする。

ただ正直、夕凪編に入ってから自分のテンションは下がる一方だ。セツを助けたいという気持ちは分かる。けれど、なぜ看護婦見習たちがここまでセツ一人のために芝居まで打って動いているのか、自分の中では少し飲み込みきれないところがある。

前回の記事はこちらです。

朝ドラ『風、薫る』第51回感想・ネタバレ|夕凪=魚住セツと新聞記事。善意が人を追い詰めることもある
2026年6月8日放送の『風、薫る』第51回は、夕凪(村上穂乃佳)を救いたいという思いが、思わぬ形で彼女をさらに追い詰めていく回だった。前回、りん(見上愛)は夕凪を助けるため、卯三郎(坂東彌十郎)に相談し、廃娼運動家につながる道を見つけた。...

第52回のポイント

  • セツの病室には、新聞記事を見た人たちから見舞いの品がたくさん届いている。
  • セツは、死ねなかった自分に同情が集まっていることを気持ちよく思っていない。
  • 権田が病室に現れ、セツを女郎屋へ連れ戻そうとする。
  • 直美が止めようとする中、トメ(原嶋凛)たち看護婦見習が芝居を打って権田を追い返す。
  • 坂田(金井勇太)は、直美に高価な氷を使わせてくれる。
  • 喜代(菊池亜希子)は、不器用な直美の代わりに氷を砕く。
  • ヨシは、外科の患者からだと言ってミカンをセツの病室へ持ってくる。
  • 綿貫(小松和重)は、シマケンに、自分の書いた文字で人や社会が動き出すのが怖くなったのかと問う。
  • 直美はセツに、自分の母も「夕凪」という名だったらしいと打ち明ける。
  • セツは、大抵の女郎は子供は産まないし、産めないものだと直美に話す。

個人的に印象に残ったこと

今回まず印象に残ったのは、セツの病室に見舞いの品がたくさん届いていたことだった。

新聞記事を見た人たちが、セツに同情して品物を送ってきたのだろう。社会が動き出したという意味では、シマケンの言っていた「文字には力がある」は間違っていなかったのかもしれない。

ただ、セツ本人はそれを気持ちよく思っていない様子だった。

それはそうだと思う。

セツは、死ねなかった自分に同情されている。自分の望まない形で世間に知られ、自分の境遇を勝手に消費されているようにも見える。見舞いの品が届くこと自体は善意なのかもしれないが、セツにとっては素直にありがたいと思えるものではないのだろう。

助けたい人たちの善意が、本人の気持ちとずれていく感じが、ここにも出ていたと思う。

そこへ権田が病室に入ってくる。

権田は新聞を持ってきて、記事を見たお得意様から、夕凪がかわいそうだとか、辞めさせてやれとか言われて迷惑していると話す。

権田にとっては、セツの苦しみよりも店の都合の方が大事なのだろう。世間から何か言われることが迷惑であり、セツがどういう状態なのかは二の次に見える。

直美は、セツの具合が悪いから帰ってくれと頼む。けれど権田は、休みは十分にやったと言って、セツを連れていこうとする。

この場面は見ていてきつかった。

セツはまだ回復していない。病人である。それでも権田にとっては、店に戻して稼がせる対象でしかないのだと思う。

直美は揉み合いになりながら止めようとする。

その時、他の看護婦見習たちが病室に入ってくる。トメが病人のふりをして、他の見習たちが担架で運んでくる。

直美は、医師も来るからとにかく今日のところはお引き取りくださいと頼み、権田は「夕凪、図に乗るなよ!」と捨て台詞を吐いて去っていく。

この芝居自体は、権田を追い返すために効果的だったのだと思う。

ただ、ここで少し引っかかった。

どうして看護婦見習たちは、ここまでセツ一人のために必死になっているのだろう。

セツが直美に関係する女郎だと思っているからなのか。りんと直美が必死だから、仲間として協力しているのか。それとも、今後も女郎であれば同じように芝居を打ってでも助けていくのか。

もちろん、困っている患者を助けたいという気持ちは分かる。

でも、病院の規則や立場を超えて、みんなで芝居までして権田を追い返すとなると、やはり少し違和感がある。物語としては仲間たちの連帯を見せたい場面なのだろうが、自分の中ではそこまでスムーズには乗れなかった。

その後、坂田が直美を呼びに来る。

直美は坂田から氷を手に入れる。高価な氷だが、坂田も新聞記事を見て心を動かされたのだろうと直美は信じる。

このあたりも、新聞記事の影響が出ていた場面だと思う。

前回は、木村(前野朋哉)に氷を使わせてほしいと頼んでも聞き入れてもらえなかった。けれど今回は、坂田が氷を用意してくれた。新聞記事によって、病院内の空気も少し動いているのかもしれない。

ただ、直美は氷嚢に氷を入れるため、氷を割ろうとするが不器用でうまく割れない。

この不器用さは相変わらずだった。

見かねた喜代が代わりを申し出て、上手に氷を砕く。ここは小さな場面だが、直美が一人で抱え込んでいるわけではなく、周りが自然に助けている感じがあった。

砕いた氷と氷嚢を持って、直美は病室に入ってくる。

直美は、これで熱が下がってセツが退院したら、自分のやっていることはセツのためにならないのではないかと心配する。

ここは、かなり大事な問いだったと思う。

看護の仕事としては、熱を下げ、体力を回復させ、退院できるようにすることが目的になる。でも、セツの場合、退院することは女郎屋へ戻ることと直結してしまう可能性がある。

回復させることが、本当にセツのためになるのか。

直美がそう考えてしまうのも分かる。

それに対して、りんは、それでも自分たちができるのはセツを回復させることだけじゃないのかなと言う。

このりんの考え方も分かる。

今、病院で看護婦見習としてできることは、目の前の患者の体を回復させること。退院後の問題はもちろんある。でも、だからといって今の看護を止めるわけにはいかない。

ただ、この「回復させること」と「救うこと」が一致しない感じが、夕凪編の重さなのだと思う。

そこへヨシが、セツの病室に入ってくる。

外科の患者がどうしても持っていけと言ったと言って、ミカンを持ってくる。この季節にミカン、そんな珍しい果物をくれる患者がいるのかと疑問に思うと、ヨシは「いるんだね~」ととぼける。

おそらく、そのミカンは外科の患者が持っていけと言ったものではないのだろう。

ヨシ自身が、直美とセツのために何かをしてやりたいと思って持ってきたのではないかと思う。

ヨシは直接優しいことを言うタイプではない。でも、こういう形で手を差し出す。元やり手婆だった過去を持つヨシが、セツを見て何を思っているのかはまだ分からないが、少なくとも見捨ててはいない。

熱が下がってきたので、りんは汗をかいた分、水を取らないと脱水症になると説明する。

ヨシは氷嚢を見て、氷なんて上等病室でもなかなかお目にかかれない贅沢なものなのに、直美が先生に頼み込んだことを、セツにも聞こえるようにわざとらしく説明して出ていく。

ここもヨシらしかった。

直美がどれだけセツのために動いているのかを、直美自身は言わない。だからヨシが代わりに言ってやったのだと思う。

セツに対して、あんたのためにここまでしている人がいるのだと伝えているようでもあった。

一方で、綿貫はシマケンに、社会に遊郭のいびつさを訴えることが肝要だと言う。

そして、誠実な文学青年は、いざ自分の書いた文字で人が社会が動き出したら怖くなったのかと問う。

これは図星なのではないかと思った。

シマケンは、文字には力があると言っていた。自分の書いた記事で社会を動かしたいという思いもあったのだろう。実際、記事は人を動かした。見舞いの品が届き、権田の客も反応し、病院内でも氷が使えるようになった。

文字に力があることは、間違ってはいなかった。

ただ、いざその文字で本当に人が動き、社会が動き出した時、シマケンは怖くなったのかもしれない。

文字には力がある。

それは良いことだけではない。その力によって、セツの立場はさらに危うくなったし、りんも怒った。自分の書いたものが誰かを傷つけるかもしれないという現実に、シマケンは初めて触れたのだろうか。

この後、シマケンがどういう行動を取るのかは気になる。

文字の力を信じて、さらに記事を書き続けるのか。りんやセツに対して、自分の考えを伝えるのか。それとも、自分のしたことの重さに立ち止まるのか。

いずれにしても、シマケンの取った行動により、社会は動き出した。その事実だけは確かだと思う。

そして今回の最後の方では、直美とセツの会話が描かれる。

セツは直美に、いい患者ばかりではなく、自分みたいな腹立つ患者もいて大変だろうと気遣う。

直美は、セツには腹立っていないと言う。そして、自分の母も「夕凪」という名だったらしいと打ち明ける。

ここはかなり重要な場面だった。

直美は、ついにセツに自分の母の話をした。自分の母も夕凪という名だったらしい。自分はその母に捨てられた。乳飲み子の時だったので、何も分からない。生きているのか死んでいるのかも分からない。

セツは、その夕凪さんはどんな親だったのかと聞く。

直美は、捨てられたのはまだ乳飲み子の時だったので何も分からないと答える。

そしてセツは、「会ってみたいか?」と聞く。

ここで直美は、会いたいとは答えない。

この直美の言葉が、自分の頭ではうまく理解できなかった。

どんな親でも産んでくれたんだからありがたいと思えなんてきれい事、子を産めば全て帳消しになるなんてとても思えない。

直美の言っていることは、言葉としては分かる。

産んだことと、捨てたことは別の話だ。産んでくれたのだからありがたいと思え、というきれい事では済まない。子を産めば、その後のことがすべて帳消しになるわけでもない。

そこは理解できる。

ただ、直美はこれまで自分を産んだ人の顔がどんなものなのか気になると言っていた。会ってどうしたいのかは自分にも分からないとも言っていた。

だから、今回「会ってみたいか」と聞かれて、会いたいとは答えず、むしろ産んだことでは帳消しにならないという方向に話が行ったのは、自分の中では少し整理しきれなかった。

直美の中で、母に会いたい気持ちと、母を簡単に許せない気持ちが同時にあるということなのだろうか。

それとも、セツに対して、自分を産んで捨てた母を美化するつもりはないと伝えたかったのだろうか。

ここは正直、よく分からなかった。

それに対してセツは、大抵の女郎は、子供は産まないし、産めないものだと言う。

この言葉も重い。

女郎として生きることと、子を産むこと。そこには、普通に母親になることとは違う現実があるのだろう。産みたくても産めない、産んでも育てられない、産むこと自体が許されない。そういう世界の話なのかもしれない。

直美の母が本当に女郎だったのなら、その母が直美を産み、そして手放したことには、単純に責めるだけでは済まない事情があったのかもしれない。

ただ、だからといって直美の傷が消えるわけでもない。

この会話は、かなり大事な場面だったと思うが、自分の中ではまだうまく整理できていない。

セツ一人をここまで助ける理由に、少し乗り切れなさがある

今回は、看護婦見習たちが芝居を打ってまでセツを守る場面があった。

直美やりんがセツを助けたいと思うのは分かる。セツが直美の母親と関係しているかもしれないという事情もあるし、りんは目の前の困っている人を放っておけない人だ。

ただ、他の看護婦見習たちまで一緒になって芝居を打つところには、少し乗り切れなさがあった。

今後も女郎であれば、同じように助けていくのだろうか。

それとも、セツが直美にとって特別な存在かもしれないから、今回はここまで動いているのだろうか。

仲間を助けるために協力しているという見方もできるが、病院の中でここまでやることへの違和感は残った。

夕凪編に入ってから、自分のテンションが下がっている理由の一つは、このあたりの納得しづらさにあるのかもしれない。

ヨシのミカンは、セツと直美への不器用な優しさに見えた

ヨシが持ってきたミカンは、おそらく外科の患者からのものではないと思う。

この季節のミカンは珍しいはずだし、ヨシの「いるんだね~」というとぼけ方からして、かなり怪しい。

でも、それが良かった。

ヨシは、自分から優しい言葉をかける人ではない。けれど、セツや直美のために何かをしてやりたい気持ちはあるのだと思う。

さらに、氷嚢を見て、直美が先生に頼み込んで氷を手に入れたことをセツに聞こえるように説明する。これも、直美の思いをセツに伝えるためだったのだろう。

ヨシは元やり手婆として女郎の世界を知っている。だからこそ、セツの置かれた状況も、直美の複雑さも、他の人とは違う角度で見えているのかもしれない。

シマケンは、自分の文字が社会を動かす怖さに直面しているのかもしれない

シマケンは、文字には力があると信じて記事を書いた。

そして実際に、文字は力を持った。見舞いの品が届き、権田のお得意様が反応し、病院も少し動いた。

つまり、シマケンの信じたことは間違っていなかった。

ただ、文字に力があるということは、その力が人を助けるだけでなく、人を追い詰めることもあるということだ。

綿貫が、いざ自分の書いた文字で人が社会が動き出したら怖くなったのかと問うたのは、かなり図星だったのではないかと思う。

シマケンはこの後、どうするのだろうか。

さらに記事を書き続けるのか。それとも、りんやセツの苦しみを見て、自分の書くことの責任を考えるのか。

文字に力があるなら、その力の使い方にも責任がある。シマケンがそこにどう向き合うのかは気になる。

直美の母への思いは、まだ自分の中で整理しきれない

直美はセツに、自分の母も「夕凪」という名だったらしいと打ち明けた。

ここまでは自然だった。

でも、セツに「会ってみたいか?」と聞かれた時、直美は会いたいとは答えなかった。そして、どんな親でも産んでくれたんだからありがたいと思えなんてきれい事、子を産めば全て帳消しになるなんて思えないと話す。

直美の言っていることは、たしかに正しいと思う。

産んだことだけで親として許されるわけではない。捨てられた側の傷は、産んでくれたことへの感謝だけでは消えない。

ただ、これまで直美は、自分を産んだ人の顔がどんなものなのか気になると言っていた。だから今回の言葉との間に、少し距離を感じた。

会いたい気持ちと、許せない気持ち。

知りたい気持ちと、美化したくない気持ち。

その両方が直美の中にあるということなのかもしれない。

ただ、今の自分の頭では、まだ直美の言っていることをうまく理解しきれなかった。

まとめ

2026年6月9日放送の『風、薫る』第52回は、新聞記事によってセツの周囲が動き出し、直美たちがさらにセツを守ろうとする回だった。

見舞いの品が届き、権田のお得意様も反応し、坂田が氷を使わせてくれる。シマケンの書いた文字には、確かに力があったのだと思う。

ただ、その力がセツ本人を救っているのかどうかはまだ分からない。むしろ、セツにとっては同情が集まり、権田に目をつけられ、ますます逃げ場がなくなっているようにも見える。

直美やりん、看護婦見習たちは必死にセツを助けようとしている。ヨシも不器用な形で手を貸している。それでも、なぜセツ一人のためにここまで動くのか、自分の中では少し乗り切れないところがあった。

夕凪編になってから、自分のテンションは下がる一方だ。

看護の話というより、女郎屋、廃娼運動、新聞、世間の同情、直美の出自と、かなり重い要素が重なってきている。もちろん大事なテーマなのだろうが、見ていて気持ちが追いつかない部分もある。

直美とセツの会話も重要だったと思うが、直美の母への思いはまだ自分の中で整理しきれていない。

ここから夕凪編がどう進むのか。セツは本当に救われるのか。直美の母との関係はどうなるのか。気になるところは多いが、今は少し距離を置いて見ている感じでもある。

『風、薫る』感想まとめはこちら

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