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2026年6月12日放送の『風、薫る』第55回は、夕凪編に一区切りがついた後、物語が再び看護婦たちの道へ戻っていく回だった。
りん(見上愛)とシマケン(佐野晶哉)は、セツの件を通して、それぞれが何をしたかったのかを見つめ直す。りんは、自分には社会のような大きなことは分からないが、目の前で苦しんでいる人がいれば助けたくなるのだと語る。
一方で、帝都医科大学附属病院では看護科新設の話が進み、梅岡看護婦養成所は今の一期生をもって閉所することになる。
看護婦という職業を世の中に作るために始まったはずの養成所が、帝都医大の方針一つで揺らいでしまう。夕凪編が終わって少し落ち着くのかと思ったら、今度は養成所そのものが危うくなる。
前途多難。全てが上手くいっていない。だからこそ、ここから逆境を乗り越えて、帝都医科大学附属病院を見返してほしいと思う回だった。
前回の記事はこちらです。

第55回のポイント
- りんとシマケンは、セツの件を通して互いの役割を振り返る。
- りんは、看護はできないことばかりだが好きだとシマケンに伝える。
- シマケンは、自分は助けたかったのではなく、助けられる自分でいたかっただけだと自省する。
- 槇村太一(林裕太)は、安(早坂美海)に突然告白する。
- りんは直美(上坂樹里)を、寮で一緒に暮らしている「家族」みたいな人だと紹介する。
- バーンズ先生は、多田(筒井道隆)の机にあった「帝都医科大学附属病院看護科設立計画書」が読めてしまう。
- 多田は、帝都医大に看護科を新設するため、今後は梅岡看護婦養成所の実習生を受け入れられないと告げる。
- 梶原校長(伊勢志摩)は、生徒たちに梅岡看護婦養成所の閉所を伝える。
- 生徒たちは、自分たちの頑張りが逆に後輩たちの道を閉ざしたように感じて動揺する。
- 梶原校長は、卒業後に生徒たちが帝都医大病院で働ける話もなかったことになったと説明する。
個人的に印象に残ったこと
今回まず印象に残ったのは、りんとシマケンの会話だった。
シマケンは、りんが看護実習に行くようになってから、どんどん成長していることを感じている。手を動かし、走って、汗をかいて、確実に目の前の人を救っているとりんを褒める。
この言葉は、シマケンなりのりんへの敬意だったと思う。
りんは、自分には社会とか大きなことは分からないと言う。
ただ、目の前に苦しんでいる人がいれば助けたくなる。それだけで動いている。
これは、りんの看護の原点なのだと思う。
セツの件では、廃娼運動や新聞記事、世間の同情など、大きな社会の流れが絡んできた。シマケンは、もっと大きな意味でセツを助けようとしていた。
それに対して、りんはあくまでも目の前の人を見る。
社会を変えることも大事なのかもしれない。でも、りんの中にあるのは、今苦しんでいる人を放っておけないという気持ちだ。
シマケンは、助けたいと思うりんには看護婦がぴったりだと言う。
りんは、できないことばかりだが、看護は好きだと答える。
この「できないことばかりだけど好き」という言葉が良かった。
りんは、自分が完璧ではないことを分かっている。失敗もするし、分からないことも多い。それでも看護は好きだと言える。
この感じは、とてもりんらしいと思う。
そして、シマケンに背中を押してもらって看護の道に進んだことを、りんは感謝する。今回も新聞記事で助けてもらったことに感謝する。
さらに、小説を読ませてもらうことを楽しみにしていると伝える。
ここは、りんとシマケンの関係が少し落ち着いた場面だったと思う。
前回までは、シマケンの記事に対する怒りや違和感が強かった。けれど、結果としてセツが自由になったこともあり、りんはシマケンの行動にも意味があったと受け止めている。
ただ、その後のシマケンを見ると、本人はそこまで単純には受け止めていなかった。
槇村太一は、シマケンの顔を見て、少しはマシな顔になったなと言う。
さらに、シマケンの書いた記事には女郎の苦しみが偽りなく書いてあったと思う、助けられて良かったじゃない、と声をかける。
それに対してシマケンは、「助けたかったんじゃない。助けられる自分でいたかっただけ。まだまだ小さな人間だ」と答える。
ここも印象に残った。
シマケンはいつも、何かを難しく考えたい人なのだと思う。
自分が何者でもないとか、助けたかったんじゃない、助けられる自分でいたかっただけだとか、とにかく「自分」が何者なのか、「自分」がどうあるべきかが最優先事項に見える。
もちろん、自分の未熟さを見つめるのは大事だと思う。
でも、結果としてセツは助かった。世の中も動いた。シマケンの記事がなければ、あそこまで事態は動かなかったかもしれない。
それでもシマケンは、自分の動機が純粋だったのか、自分は小さな人間ではないのかと考えている。
良くも悪くも、シマケンは自分の内面から逃げられない人なのだと思う。
そのシマケンとは対照的に、槇村太一はかなり直球だった。
「俺は、大きく勝負に出るぞ」とつぶやいたと思ったら、家の中に入ってくるなり、安に向かって告白を始める。
初めて会った時から安のことが好きになってしまった。兄のことを思えば心は痛むと思うが、もし今、少しでも心が揺れたなら、自分と生きる道も考えてほしい。
かなり一方的ではある。
安がすぐ答えを出そうとすると、太一は、今すぐ答えを出さないでください、今から毎日少しずつ僕のことを考える時間を増やしてくれませんか、きっと振り向かせてみせます、と言い残して去っていく。
すごい勢いだった。
シマケンが自分の内面をぐるぐる考える人なら、太一は想いをすぐぶつけられる人なのだと思う。
その結果がどうなるかは分からない。
でも、少なくとも何かは動く。
シマケンが「自分とは何か」と考えている間に、太一はもう相手に向かって動いている。この対比は面白かった。
食事会に残された人たちは、安にどうするのかと心配する。
そこへ、マツ(丸山礼)と宗太が、宴会があると呼ばれたと言って入ってくる。
りんはマツに直美のことを、病院の仲間で、寮で一緒に暮らしている「家族」みたいな人だと紹介する。
ここも良かった。
直美は、りんにとってただの同室の仲間ではなくなっている。看護実習を通して、夕凪編も一緒に乗り越えて、もう「家族」みたいな存在になっている。
この一言で、りんと直美の関係の深まりが分かった。
一方、帝都医科大学附属病院では、物語が大きく動く。
バーンズ先生は、多田に梶原校長からの手紙を渡す。
バーンズ先生は、多田の机の上にある書類が気になっている。手紙の内容は、養成所からの来年の受け入れ人数についての問い合わせだった。
渡辺(森田甘路)は、漢字は異国の人には難しいですよねと言い、バーンズ先生も、まだあまり読めませんと答える。
しかし、多田の机の上に置かれていた「帝都医科大学附属病院看護科設立計画書」という漢字を、バーンズ先生はスラスラと読む。
その書類くらいは読めるようになった、と答える。
ここは驚いた。
バーンズ先生は、通訳なしで多田たちといろいろ話している感じだったので、もう日本語が堪能なことは周囲にも分かっているのかと思っていた。
でも、ずっと日本語が堪能ではないふりを続けていたのだろう。
今回、漢字まで読めることを白状した形になった。
漢字まで読めるようになっているなんて、バーンズ先生は本当に優秀な人なんだなと思う。
多田は、帝都医大に看護科を新設することになったと伝える。
そして、今後は梅岡看護婦養成所の実習生を受け入れることはできなくなったと告げる。
バーンズ先生は、見習生が優秀なら受け入れてくれると言っていた約束を持ち出す。
しかし多田は、見習生たちが優秀すぎるから、他校から受け入れるのではなく、自分たちで梅岡看護婦養成所のような良い看護婦を養成すべきだということになったと説明する。
これは決定事項だから覆ることはない。
この説明は、かなり理不尽に聞こえた。
見習生たちが優秀だから受け入れるのではなく、優秀だからこそ自前で看護科を作る。
つまり、梅岡看護婦養成所の実績だけ吸収して、養成所そのものは切るようにも見える。
多田は、バーンズ先生に、いつからそんなに日本語ができるようになったのかを確認する。
このあたりの多田の反応も、どこか嫌な感じがあった。書類を読まれたことへの驚きと、見抜かれたことへの不快感が混じっているように見えた。
そして、梅岡看護婦養成所の寮では、生徒たちが集められる。
梶原校長は、梅岡看護婦養成所は、今実習している皆さんをもって閉所することになったと説明する。
動揺する生徒たちに対して、梶原校長は自分の力不足を謝罪する。
みなさんは最後まで帝都医大病院で実習できるので心配ご無用。梅岡看護婦養成所の一期生として、バーンズ先生に従い、胸を張って実習を全うしてください。
ここはかなり重かった。
生徒たちは、自分たちに続く後輩のために頑張ってきた。
帝都医大病院で認められれば、次の実習生たちの道が開ける。そう思って必死に実習してきたはずだ。
それなのに、その頑張りが逆に首を絞めてしまう結果になった。
自分たちが優秀だったから、帝都医大は自前で看護科を作ることにした。梅岡看護婦養成所の実習生を受け入れる必要はないと判断した。
これは腑に落ちないと思う。
しかも、梅岡看護婦養成所自体が一期生だけで閉所するというのも、少し驚いた。
それなりの覚悟を持って始めた養成所なのだと思っていた。世の中に職業としての看護婦が必要だと思ったから始めたはずだった。
それが、帝都医大で看護科を新設する、実習生の受け入れを停止されるとなると、一期生だけでやめてしまうようなもろいものだったのかと思ってしまった。
この時代は、実習できるような病院は帝都医大病院しかないのだろうか。
全ては帝都医大病院ありきで進んでいた話なのだろうか。
少し見切り発車で始めてしまったことなのかなぁとも思う。
ただ、別の見方をすれば、梅岡看護婦養成所の目的は「梅岡看護婦養成所を存続させること」ではなく、「日本に職業としての看護婦を根づかせること」だったのかもしれない。
もし帝都医大病院が自前で看護婦を養成するなら、世の中に看護婦という職業を作るという目的は、ある意味で達成に向かっているとも言える。
だから、養成所自体にはこだわらないということなのだろうか。
とはいえ、生徒たちの立場から見ると、そんなに簡単には納得できない。
捨松(多部未華子)に、アメリカのトレインドナースは月30円もらっているとか言われ、日本でも月20円とか10円とかもらえるとその気になっていた生徒たちもいたはずだ。
働けばすぐに学費を返せるという話だったと思う。
それが、学費だけ徴収され、生徒たちがその元を取れるかどうか不透明になるのなら、自分なら文句を言うだろうなと思う。
生徒たちが動揺する中、喜代(菊池亜希子)が、こんな時こそ食べましょうと干し芋を差し出す。
すると、他の生徒たちもそれぞれ自分の食べ物を差し出す。
この場面は良かった。
大きな話はどうにもならない。養成所の閉所も、帝都医大の看護科新設も、生徒たちには止められない。
でも、目の前で落ち込んでいる仲間に食べ物を差し出すことはできる。
りんの「目の前の苦しんでいる人を助けたい」と同じように、ここでも生徒たちは、自分たちにできる小さなことをしている。
最後に、梶原校長、松井先生(玄理)、バーンズ先生が話し合っている。
梶原校長は、卒業後に生徒たちが帝都医大病院で働ける話はなかったことになったと説明する。
ここでさらに厳しい現実が突きつけられた。
実習は最後までできる。でも、その後に帝都医大病院で働ける道はなくなった。
これは、生徒たちにとってかなり大きい。
看護婦という職業を目指しているのに、卒業後の働き口が見えない。養成所は閉所する。後輩もいない。帝都医大は自前で看護科を作る。
本当に前途多難だと思う。
全てが上手くいっていない。
それでも、この逆境を乗り越えて、帝都医科大学附属病院を見返してほしい。
バーンズ「お褒めにあずかり恐悦至極にございます」
先生、どこまで日本語を知っているのか……
👇バーンズ先生の日本語をもう一度https://t.co/24Hae9MyJD#朝ドラ #風薫る
エマ・ハワード pic.twitter.com/d6LU3op5lr— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) June 11, 2026
シマケンは「助ける自分」を見ていたのかもしれない
シマケンは、セツの件について「助けたかったんじゃない。助けられる自分でいたかっただけ」と言った。
これはかなりシマケンらしい言葉だった。
シマケンはいつも、自分が何者なのか、自分はどうあるべきなのかを考えているように見える。
文字には力があると言い、新聞記事を書き、社会を動かした。けれどその後で、自分は本当にセツを助けたかったのか、それとも助けられる自分でいたかっただけなのかと考える。
自分の動機を疑うこと自体は悪くない。
ただ、シマケンは少し自分を見すぎているようにも感じる。
りんが目の前の人を見て動くのに対し、シマケンは目の前の人を通して自分を見ている。
この違いが、二人の大きな差なのかもしれない。
槇村太一は考えるより先に動く人だった
シマケンと対照的だったのが槇村太一だった。
安に対して、ほとんど勢いだけで告白する。
兄のことを思えば心が痛む。でも、もし少しでも心が揺れたなら、自分と生きる道も考えてほしい。今すぐ答えを出さなくていい。毎日少しずつ自分のことを考える時間を増やしてほしい。
かなり一方的だが、少なくとも行動している。
その結果が良いか悪いかは分からない。
でも、何かは動く。
シマケンが自分の内面を難しく考えているのに対して、太一は想いを相手にぶつける。どちらが良いというより、二人の違いがよく出ていたと思う。
バーンズ先生は日本語も漢字もかなり読める人だった
今回、バーンズ先生が「帝都医科大学附属病院看護科設立計画書」という文字を読んだ場面は印象的だった。
これまで、通訳なしで話しているように見えたので、日本語ができることはある程度知られているのかと思っていた。
でも、まだ日本語があまりできないふりは続けていたようだ。
しかも、漢字まで読める。
バーンズ先生は本当に優秀な人なんだなと思う。
ただ、それだけに多田たちの計画を読んでしまった時の重さも大きかった。看護科新設という言葉は、梅岡看護婦養成所にとって決定的な意味を持っていた。
バーンズ先生がこの事実をどう受け止め、どう動くのかが気になる。
梅岡看護婦養成所は、思った以上に帝都医大頼みだったのかもしれない
梅岡看護婦養成所が、一期生をもって閉所するという話には驚いた。
それなりの覚悟を持って始めた養成所だと思っていた。
でも、帝都医大で看護科を新設する、実習生の受け入れを停止されるとなると、養成所は続けられないらしい。
この時代、実習できる病院が限られていたのだろうか。
帝都医大病院での実習があって初めて成り立つ養成所だったのだろうか。
もしそうなら、最初からかなり危うい仕組みだったのかもしれない。
一方で、帝都医大が看護科を作るなら、日本に看護婦を根づかせるという目的は一歩進むとも言える。
梅岡看護婦養成所そのものにこだわるのではなく、看護婦という職業を広めることが目的だったなら、ある意味では役割を果たしたとも見える。
でも、生徒たちにとってはそんなきれいな話ではない。
学費を払い、将来の収入を期待して入った人もいる。帝都医大病院で働ける道がなくなり、養成所も閉所する。
これで納得しろと言われても、自分ならかなり文句を言うと思う。
後輩のために頑張ったことが、後輩の道を閉ざす皮肉
生徒たちは、自分たちの頑張りが後輩のためになると思って実習してきた。
帝都医大病院で認められれば、次の実習生たちも受け入れてもらえる。そう信じていたはずだ。
ところが、優秀だったからこそ、帝都医大は自分たちで同じように看護科を作ることにした。
頑張った結果、後輩の道が開けるどころか、梅岡看護婦養成所は閉所する。
これはかなり皮肉だと思う。
努力が報われないだけではない。努力したことで、別の形で奪われる。
今の生徒たちにとっては、自分たちの存在意義まで揺らぐ出来事だったのではないかと思う。
まとめ
第55回は、夕凪編が一段落したと思ったところで、梅岡看護婦養成所そのものが揺らぐ展開になった。
りんは看護が好きだと自覚し、直美との関係も「家族」みたいなものになってきた。一方で、その看護の道を支えるはずの養成所は、帝都医大の看護科新設によって閉所へ追い込まれていく。
後輩のために頑張ってきたことが、結果的に後輩の道を閉ざしてしまう。かなり皮肉な展開だった。
ここからは、梅岡看護婦養成所の生徒たちがこの逆境をどう乗り越えるのかを見ていきたい。
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