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2026年6月3日放送の『風、薫る』第48回は、ゆき(中井友望)が養成所を去った後、残された人たちの日常が描かれた回だった。
前回は、ゆきが看護婦になる道を諦めるという大きな転機の回だった。今回はその直後ということもあり、看護実習の緊張感からは少し離れ、丸山(若林時英)の退院、直美(上坂樹里)の変化、りん(見上愛)の自宅での時間が中心になっていた。
当たり前だが、看護実習だけが彼女たちの人生ではない。病院の外にも人間関係があり、家族がいて、住む場所や将来の不安がある。今回は、そうした日常が続いていることを再確認するような回だったと思う。面白いか面白くないかは置いといて。
前回の記事はこちらです。

第48回のポイント
- フユ(猫背椿)は、ゆきが辞めたことを「逃げた」と表現する。
- 丸山の背中の症状が良くなり、藤田(坂口涼太郎)は退院を許可する。
- 丸山は退院の日にりんへ告白するが、りんに断られる。
- 直美は丸山の住む場所を探すため、吉江(原田泰造)の教会へ連れていく。
- 吉江は、以前直美が住んでいた長屋を紹介する。
- 直美は丸山に、自分がみなしごであることを打ち明ける。
- 吉江は、直美が以前より「息をするのが楽そうに見える」と話す。
- りんは自宅に戻り、安(早坂美海)や環(英茉)、美津(水野美紀)と過ごす。
- 安は、結婚して奥様になることが一番幸せではないかと話す。
- 美津は、子育ては大変だが、その分、子からもらう力もあるとりんに伝える。
個人的に印象に残ったこと
今回まず印象に残ったのは、フユがゆきの退学について「逃げたんだって」と表現したところだった。
かなりきつい言い方に聞こえる。ゆきがどれだけ悩んで決断したのかを見てきた側からすると、逃げたという言葉は少し冷たく感じる。
ただ、フユはそこで終わらなかった。
毎日誰かしら死んでいく現場では、「逃げられるなら逃げた方がいい。向いてなきゃ……つらいだけ。」とも言う。
この言葉は重かった。
10年ここで働いているフユだからこそ言える言葉なのだと思う。看護や看病の現場は、理想や憧れだけで立ち続けられる場所ではない。向いていない人が無理に踏みとどまれば、本人もつらいし、患者にも影響が出る。
だから、逃げられるなら逃げた方がいい。
この言い方は優しくはない。でも、ある意味ではゆきの決断を認めているようにも聞こえた。
仲間たちも、少しずつゆきが決めたことだからと受け入れ始めていた。寂しさはあるが、いつまでも引き止めることはできない。ゆきが自分で出した答えを、残された人たちも受け止めていくしかないのだと思う。
丸山の退院の話も、今回は大きく動いた。
丸山の背中の症状が良くなり、藤田は退院を許可する。丸山は素直に喜び、直美もおめでとうと祝福する。
ただ、ここで丸山は退院しても住むところがないことを思い出す。
病気が治って退院できる。それはもちろん喜ばしいことだが、退院した後に生活できる場所がなければ、それだけで安心とは言えない。病院での看護が終わっても、その人の生活は続く。今回はそこがさりげなく描かれていたと思う。
退院の日、丸山はりんに告白する。
正直、ここは少し意外だった。
実際に丸山の背中が良くなったのは、直美の功績が大きいような気がする。直美が丸山の症状に気づき、かなり関わってきた印象がある。それでも丸山は、優しく接してくれたりんのことを好きになったらしい。
直美のことを好きになるならまだ理解できそうだが、りんに告白するほど好きになっていたのはあまり感じられなかったので、そこは少し意外だった。
りんは、看護のことと子育てのことでいっぱいだからと断る。
この断り方はりんらしかった。相手を傷つけるためではなく、自分の今の状況をそのまま伝えている。りんには環もいるし、看護婦見習としての道もある。今、誰かの気持ちに応える余裕はないのだろう。
りんが、せっかくの退院の日なのに直美がお休みで残念でしたねと言うと、丸山は「いや別に」と答える。
このやり取りも少しひどく感じた。丸山としては直美のことを特別意識しているわけではないのかもしれない。
ただ、その告白を隠れて見ていた直美が現れる。そして、せっかくの休みの日なのに、丸山の住むところを知り合いに頼んでやると言う。
ここが直美らしかった。
丸山はりんに告白した。直美に強く感謝している様子もあまり見えない。それでも直美は、丸山の退院後の住む場所を考えてやる。
直美は、これも仕事のうちだと言い、看護の優しさは仕事であることを念押しする。
でも、昔の直美と比べると、仕事だからという言葉だけでは説明しきれないようにも感じる。直美は、仕事がどうのこうのを抜きにしても、だいぶ人に優しくなっているような気がする。
もちろん、本人はそれを認めないだろう。看護の優しさは仕事だと言い切るだろう。でも、丸山の住まいまで世話をする直美の姿には、以前よりもずっと人との関わりを引き受ける感じがあった。
直美は丸山を吉江の教会へ連れていく。
吉江は、ここでよければしばらく寝泊まりしても構わないと言うが、そこで何かを思いついたように、以前直美が住んでいた長屋を紹介する。
嘉平は快く受け入れ、トヨとキクも歓迎する。さらに吉江は、家賃もしばらく待ってくれるようにお願いすることも忘れない。
吉江は本当に抜け目なく優しい。
ただ優しいだけではなく、現実的な段取りまでしてくれる。丸山が教会で寝泊まりするより、長屋で人と暮らす方が良いと判断したのだろう。
丸山は、トヨとキクとすぐに打ち解ける。
トヨとキクが直美の東京の母さんだと話すと、直美は自分がみなしごであることを丸山に打ち明ける。
ここもさりげないが大きな変化だったと思う。
直美は、自分の出自や寂しさを簡単に人に見せる人ではなかった。強がり、虚勢を張り、自分の弱い部分を隠して生きてきたように見える。
でも、今回は丸山に自分がみなしごであることを話していた。もちろん深刻に告白するというより、流れの中で自然に出た言葉ではある。それでも、直美が自分のことを人に話せるようになっていること自体が変化なのだと思う。
嘉平が、家賃の代わりにもらった大量の野菜を腐らせてはいけないから、炊き出しにでも使ってほしいと吉江に渡す場面もよかった。
丸山の住まいを世話し、長屋は野菜を教会へ渡し、教会は炊き出しに使う。人と人との善意がぐるっと回っていく感じがあった。
その後の、吉江と直美の会話がとても良かった。
吉江は、直美には看護婦が向いていそうだと言う。自分では分からないと答える直美に、吉江は「何ていうか、息をするのが楽そうに見えます、以前より。」と話す。
この言葉がかなり印象に残った。
看護婦に向いているかどうかを、技術や知識ではなく、「息をするのが楽そうに見える」と表現する。吉江らしい見方だと思う。
直美は以前より、少し楽に生きられるようになっているのかもしれない。
それは仲間ができたからかもしれないですね、と吉江は続ける。直美も、寮はいつもにぎやかなんで、さみしくなくなったと答える。
ここで吉江が、「さみしいと言えるようになったんですね。」と喜ぶのが本当に良かった。
普通なら、誰かが「さみしいと言えるようになった」と言っても、そこまで大きく喜ぶ大人は少ないかもしれない。けれど吉江は、直美が「さみしい」という感情を言葉にできたことを喜んでいる。
それだけ直美は、吉江の前でもずっと寂しさを見せず、強がり、虚勢を張って生きてきたのだと思う。
寂しいと言えるようになった。
それは弱くなったのではなく、安心できる場所や人ができたということなのだろう。以前、吉江は善意の塊のような人だと表現されていたが、今回もまさにその通りだと思った。
一方で、りんは自宅に帰り、家族と再会する。
安が槇村宗一(上杉 柊平)といい感じになっていることを聞かされる。りんは、いつ祝言をあげるのかと気にするが、安は環のことを気にして、祝言は別に急がなくてもと言っているようだった。
安は、りんと環と美津の三人を置いて、自分だけすぐ幸せになることを気にしている。
ここは安の優しさでもあると思う。宗一との縁がうまくいきそうでありながら、自分だけ先に幸せになっていいのかと考えている。安は安なりに、りんたち家族を大切に思っているのだろう。
ただ、その後の安の考え方は、現代の感覚で見るとなかなか受け入れられなさそうだとも思った。
環とりんと安は、外でおままごとをする。
おままごとではあるけれど、料理の手順をよく覚えている環を見て、安は環が良い奥様になれそうだと言う。
この「奥様」という言葉に、りんは引っかかる。
安はりんに、看護実習は楽しいかと尋ねる。りんは、看護婦に向いているのかは分からないけれど、好きな気持ちは変わらないかなと答える。
このりんの答えも、今のりんらしいと思う。
向いているかどうかはまだ分からない。でも好きな気持ちは変わらない。前回のゆきの決断を見た後だからこそ、この「好き」という気持ちがよりはっきり見える。
ただ、安は、いくら好きな仕事であっても、結婚して旦那様に養ってもらう方が安心ではないかと聞く。
さらに、自分が働いて生きていくなんて考えられないとも言う。堅実な仕事に就いていて、子供にも優しくて、家柄も悪くなく、良すぎず、ついでにややこしそうな小姑もいない人の奥様になるのが、結局一番幸せになれると思う、と話す。
現代の感覚でいくと、これはなかなか受け入れられなさそうな考え方だと思う。
安にとっては、まだ「奥様」が上がりなのだろう。自分で働いて自分の人生を切り開くというより、良い条件の相手と結婚し、安定した家庭に入ることが幸せの形としてある。
ただ、当時の状況を考えれば、安の考え方も単純に古いとか間違っているとは言い切れない。女性が働いて自立する道が今よりずっと限られている中で、安定した結婚を望むことはかなり現実的でもある。
りんがそれを否定しないのも良かった。
りんは、安はどこに行っても幸せになれると答える。
ここでりんが、看護婦としての道を選ぶ自分の考えを押しつけないのが良かった。安には安の幸せの形がある。りんは、それを否定しない。
姉妹でも、進む道は違う。幸せの形も違う。それを静かに受け止めている場面だったと思う。
洗い物をするりんに、美津がそろそろ戻る時分ではと話しかける場面も印象に残った。
洗い物なんて置いておけば乾くから、環と遊んでこいと美津は言う。
この言い方がよかった。家事をちゃんとやることも大事だが、子どもと過ごす時間も今しかない。洗い物は後でもいい。環と遊んでこい。
美津は、りんの父も、りんが子どもの頃は子育てをしていたと話す。そして、子育ては大変なことも多いけれど、その分、子からもらう力もあるとりんに説明する。
ここは、りんにとって大事な言葉だったのではないかと思う。
りんは看護婦見習としての道を進んでいるが、同時に母でもある。環と離れて学ぶ時間も多い。看護婦になりたい気持ちと、母としての時間。その両方をどう抱えていくのかは、これからもりんの課題になりそうだ。
今回の第48回は、看護実習の緊張感からは少し離れた日常回だった。
ただ、その中で、直美は少しずつ人に心を開き、りんは自分の仕事と家族の間で揺れ、安は自分なりの幸せを語る。派手な事件は少ないが、それぞれの人生が病院の外でも続いていることはよく見えたと思う。
吉江先生「さみしいと言えるようになったんですね」
直美「はい」看護婦の仲間について話す直美の姿を見て…
👇安心した表情をする吉江先生https://t.co/mm19bQrIkW
見逃し配信中上坂樹里 原田泰造#朝ドラ #風薫る pic.twitter.com/hCfymLqSKN
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) June 2, 2026
フユの「逃げられるなら逃げた方がいい」は、現場にいる人の重い言葉だった
フユがゆきのことを「逃げた」と言った時は、かなりきつく聞こえた。
でも、その後に続く「逃げられるなら逃げた方がいい。向いてなきゃ……つらいだけ。」という言葉で、印象が変わった。
フユはゆきを軽蔑しているわけではないのだと思う。むしろ、向いていない人が無理をして壊れていくことの方がつらいと知っているのだろう。
10年も、毎日誰かしら死んでいく現場で働いてきたフユだからこそ、理想だけでは続かないことを知っている。
逃げることが悪いとは限らない。向いていない場所から離れることも、自分や患者を守る選択になり得る。フユの言葉は、きついけれどかなり現実的だった。
直美は「仕事だから」と言いながら、確実に優しくなっている
今回の直美は、かなり優しかったと思う。
丸山がりんに告白してフラれた後でも、直美は丸山の住む場所を世話する。吉江の教会に連れて行き、そこから長屋へつないでいく。
本人は「これも仕事のうち」「看護の優しさは仕事」と言う。
でも、それだけでは説明しきれないものがある。
昔の直美なら、ここまで人の退院後の生活に関わっただろうか。丸山が自分に特別感謝しているわけでもなく、りんに告白していたとしても、それでも困っているなら助ける。
直美は、自分では気づいていないかもしれないが、かなり変わってきていると思う。
吉江が言ったように、以前より息をするのが楽そうに見える。それは直美に仲間ができ、寂しいと言えるようになったからなのかもしれない。
吉江は、直美の小さな変化を見逃さない人だ
吉江は今回も良かった。
丸山の住む場所を考え、長屋を紹介し、家賃を待ってもらえるようお願いする。こういう具体的な善意ができる人なのが、吉江の強さだと思う。
そして何より、直美が「さみしくなくなった」と言ったことに対して、「さみしいと言えるようになったんですね」と喜ぶところが良かった。
直美の表面的な変化ではなく、その奥にある心の変化を見ている。
寂しいと言えるようになるというのは、実はかなり大きなことだと思う。寂しさを隠さなくてもいい相手や場所ができたということだからだ。
吉江は、直美が強がらずに感情を言葉にできるようになったことを、ただ素直に喜んでいた。やはり善意の塊のような人だと思う。
安にとっては、まだ「奥様」が幸せの上がりなのだと思う
安の話は、現代の感覚だとかなり引っかかるものがあった。
好きな仕事があっても、結婚して旦那様に養ってもらう方が安心ではないか。自分が働いて生きていくなんて考えられない。堅実な仕事に就いていて、子どもに優しくて、家柄も悪くなく、良すぎず、小姑もいない人の奥様になるのが一番幸せ。
かなり現実的でもあるが、やはり今の感覚では受け入れにくい部分もある。
ただ、安にとっては、それが幸せの形なのだと思う。安は安で、自分が生きていくために一番安心できる道を考えている。
りんがそれを否定しなかったのも良かった。りんは看護婦を目指す。安は奥様になることを幸せと考える。そのどちらか一方だけが正しいわけではない。
今回の会話は、女性の生き方の違いがかなり分かりやすく出ていたと思う。
まとめ
2026年6月3日放送の『風、薫る』第48回は、看護実習から少し離れた日常を描く回だった。
ゆきが辞めた後の空気、丸山の退院、直美の変化、りんの自宅での時間。大きな事件が起きるというより、看護婦見習たちにも病院の外の日常が続いていることを見せる内容だったと思う。
丸山の住む場所を世話する直美は、本人が「仕事だから」と言っている以上に優しくなっているように見えた。吉江が言った「息をするのが楽そうに見える」「さみしいと言えるようになった」という言葉は、直美の変化をかなりよく表していたと思う。
一方で、安の「奥様」観には、現代の感覚では引っかかるものもあった。ただ、それもまた当時の女性にとっての現実的な幸せの形だったのだろう。
今回は派手ではないが、それぞれの日常と価値観が見える回だった。面白いか面白くないかは置いといて、看護実習以外にも彼女たちの人生は続いているのだと再確認できた。
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