朝ドラ『風、薫る』第107回感想・ネタバレ|捨松はやっぱりファイター。看護婦の名誉を守った広島の一日

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2026年8月25日放送の『風、薫る』第107回は、捨松(多部未華子)がとてもかっこいい回だった。

陸軍病院で負傷兵の看護に苦戦していた多江(生田絵梨花)。

看護婦が患者と話すことさえ、妙な誤解や中傷の対象にされていた。

そこへ現れたのが、捨松だった。

大山巌(高嶋政宏)の妻という立場を使いながら、看護婦の仕事がどれだけ重要なのかを、軍人たちの価値観に合わせて説いていく。

「忘れてたわ。私は、ファイターだって。」

そう言った捨松は、まさに自分の力を理解しているファイターだった。

一方で、小川家では、直美(上坂樹里)と吾郎(甲斐翔真)の子どもの名前をめぐる静かな不安も描かれる。

名前も付けられずに捨てられた直美にとって、自分の子どもに名前を付けることは、きっと特別に重いことなのだと思う。

前回の記事はこちらです。

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第107回のポイント

  • 直美とりん(見上愛)は、捨松から大山巌の連れ子である娘が労咳になったことを聞く。
  • 捨松は、娘を隔離して看護しているのに、まま子いじめだと噂されて苦しんでいる。
  • 捨松は、多江を中傷する新聞記事を読み、看護を理解してもらう必要性を感じる。
  • 捨松は「私は、ファイターだって」と言い、行動を起こす。
  • 小川家では、直美が吾郎の軍服のボタンを付けている。
  • 吾郎は子どもの名前について話そうとするが、直美は先延ばしにする。
  • 広島の陸軍病院に、小松宮妃(魏涼子)とともに捨松が慰問に訪れる。
  • 多江は、負傷兵の磯部(友永杏慈)の震えに気づくが、兵士たちは女性に看護されることに抵抗を見せる。
  • 捨松はナースエプロンを着けて病室に入り、看護婦の仕事の意味を軍人たちに説く。
  • 磯部は悪寒と肩の違和感を正直に伝え、多江は軍医に診察をお願いする。
  • 捨松は、看護婦たちの名誉も尊重してほしいと訴える。
  • 多江からの手紙には、看護婦たちを好意的に扱った新聞記事が同封される。
  • 直美は仕事中にふらつき、りんが小川家で吾郎が帰るまで付き添う。
  • 吾郎はりんに、環の名前の由来を尋ねる。
  • りんは、人の輪をつなぐ子になってほしくて環と名付けたと答える。
  • 吾郎は子どもの名前の候補をりんに見せるが、直美は布団の中でその会話を聞いている。

個人的に印象に残ったこと

今回は、捨松が恵風看護婦会を訪れる場面から始まった。

直美とりんは、捨松に大山巌の連れ子である子どもがいることを知る。

その子どもが労咳になり、捨松は隔離して看護しているらしい。

しかし、夫が戦争で留守の間、病気の娘を追い出して、まま子いじめをしていると噂されている。

これはかなりつらい。

労咳だから隔離が必要である。

感染を広げないために必要な看護である。

でも、その意味が理解されなければ、病気の子どもを冷たく扱っているように見えてしまう。

捨松は、今まで誰に何を言われても平気だったが、子どものことだけは違うと説明する。

捨松ほど強い人でも、子どものことを悪く言われるのは耐え難いのだろう。

そして捨松は、恵風看護婦会では労咳の患者を看る時、何と説明しているのかを聞く。

りんは、うつさないために隔離が必要だと答えていると言う。

捨松は、看護がもっと理解されれば、自分たちのすることも分かってもらえるのでしょうねと言う。

ここで、捨松の問題と多江の問題がつながる。

直美とりんは、多江が送ってきた新聞記事を捨松に見せる。

自分たちの優秀な同期が、広島の陸軍の病院で勤務していることも伝える。

捨松は、看護婦のことを悪く書く新聞記事を読み、看護を理解してもらう必要があると知る。

そして、自分にもまだやれることがあると気づく。

「忘れてたわ。私は、ファイターだって。」

この言葉が良かった。

捨松は、ただの大山巌の妻ではない。

留学経験もあり、自分の言葉と立場を使える人である。

これまでも戦ってきた人である。

その捨松が、自分の力をもう一度思い出す。

ここから一気に話が動く。

夜の小川家。

吾郎が帰ってくる。

直美は、どうやったらこんなにすぐ取れるのかと愚痴りながら、軍服のボタンを付けている。

軍曹殿のボタンが取れていたらしまらないでしょうと直美が言うと、吾郎は、戦地に行ったら自分でやるさと答える。

この「戦地に行ったら」という言葉が、やはり重い。

日常会話の中に、出征の可能性が普通に入り込んでいる。

直美はボタンを付けながら、お腹の子に、困ったお父さんですねえと話しかける。

吾郎は、お母さん怖いぞ、覚悟しとけと話しかける。

二人のやり取りは微笑ましい。

でも、台所で後片付けをしていた吾郎が、子どもの名前について話そうとすると、直美は「それは、じっくり考えよう」と先延ばしにする。

直美は、名前の話を避けているように見えた。

普通なら、子どもの名前を考える時間は楽しいものだと思う。

でも直美にとって、名前は簡単なものではない。

直美は、名前も付けられずに捨てられたみなしごだった。

だからこそ、自分の子どもに名前を付けることには、特別な意味があるのだと思う。

吾郎もそれを分かっているから、なかなか強く切り出せない。

直美も、自分が名付け親になることが怖いのかもしれない。

広島の陸軍病院。

慰問の御一行がやって来る。

小松宮妃の後ろに、捨松がいる。

負傷している磯部に、小松宮妃が声をかける。

その時、磯部の手が震えていることに多江が気づく。

捨松もその様子を見ている。

多江は磯部に、具合は悪くないかと確認する。

しかし、他の負傷兵たちは冷やかす。

磯部は多江から手ぬぐいを奪い、自分で体を拭く。

多江は病室を出ようとする。

廊下では捨松が待っている。

詰所で話す捨松と多江。

捨松は、軍隊の上下関係が厳しいのは知っていると言う。

そのうえで、看護がうまくいかない多江に、私をうまく使えばいいと助言する。

負傷兵たちは、女性に看護を受けることに抵抗がある。

会話はおろか、痛みを訴えるのも恥だという。

捨松は嘆く。

すべては患者のためなのに。

これは本当にそうである。

看護婦が話しかけるのは、無駄話ではない。

患者の状態を知るためである。

痛みや寒気や不調を聞き取るためである。

でも、軍人たちは痛みを訴えることを恥と感じる。

さらに、看護婦と話すことが冷やかしや中傷の対象になる。

これでは看護が成り立たない。

病室に戻り、多江は磯部の体温計を見る。

本当に寒気や痛みはないかと確認する。

しかし磯部は答えない。

そこへ、ナースエプロンを着けた捨松が病室に入ってくる。

捨松は磯部に毛布をかける。

そして周囲に聞こえるように、看護婦が傷兵と話すと何を新聞に書かれるか分かりませんもんねと嫌味を言う。

ここは捨松らしかった。

ただ正面から怒るのではなく、場の空気を変える。

自分の立場を使いながら、看護婦を軽んじる空気に切り込んでいく。

捨松は、自分は大山の妻だが、今日は看護婦として来たと言う。

そして看護婦の仕事を説明する。

看護婦が話すことは無駄話ではない。

看護婦の仕事を妨げることは、お国のために傷を負った傷兵の命を軽んじることになる。

ひいては、この国の国力そのものを落とすことになる。

そう心得てください。

捨松は、磯部の上官である松岡(嶺豪一)にそう説明する。

これがとても上手かった。

捨松は、軍人たちに「患者の尊厳」や「看護の専門性」だけで説明しても届きにくいと分かっているのだろう。

だから、彼らが重んじる「お国」や「国力」という言葉を使って説明する。

看護婦を邪魔することは、傷兵の命を軽んじること。

傷兵の命を軽んじることは、国力を落とすこと。

軍人たちの価値観に合わせて、看護を妨げることがどれだけ愚かなのかを伝えている。

大山巌の妻という立場も含め、自分の持っている力をよく分かっている。

捨松は本当にファイターだった。

その後、震えている磯部は、ずっと悪寒がしていて肩に違和感があることを正直に伝える。

多江は、他の傷が炎症しているのかもしれないと、軍医に診察をお願いする。

看護婦が聞き取れたから、異変が分かった。

会話ができたから、必要な診察につながった。

まさに捨松が言った通りである。

看護婦が話すことは、無駄話ではない。

捨松は、名誉を重んじる軍人たちに、昼夜の別なく患者のために働く看護婦たちの名誉も尊重してくださいとお願いする。

この言葉も良かった。

軍人の名誉だけではない。

看護婦にも名誉がある。

患者のために働く看護婦たちの名誉も守られるべきである。

詰所で、多江は捨松に感謝を告げる。

捨松は言う。

戦争が一たび始まれば、必ず看護が必要になる。

誰かが務めねばならない役目である。

ここで闘う多江のことを尊敬します。

多江は、ただ一人でも多くの人を助けられたらと思っただけだと言う。

捨松は英語で答える。

「これこそが看護です。」

ここは、捨松が多江を看護婦として真正面から認める場面だった。

多江は、出世して看護婦取締になり、結婚もせず看護にすべてを捧げてきた。

そして今、陸軍病院で苦戦しながらも、一人でも多くの人を助けたいと思っている。

捨松はその姿を尊敬している。

捨松は、直美やりんから、多江が男に頼ることなく自分の力で出世したと聞いたと教える。

そして、そんな関係をうらやましがる。

この場面も良かった。

捨松は捨松で、大山巌の妻という立場を使える。

しかし、それは同時に「誰かの妻」という見られ方でもある。

多江のように、自分の力で出世した看護婦たちの関係をうらやましく思うところもあるのだろう。

多江からの手紙には、また新聞の切り抜きが同封されてくる。

そこには、

「戦傷病者を救おうと昼夜奮闘、国を支える看護婦たち」

と書かれている。

前回は、看護婦と患者の不適切な関係を匂わせる記事だった。

今回は、看護婦たちの奮闘を伝える記事になった。

捨松の行動が、流れを変えたのだろう。

直美は、すごいと言う。

ソノ(竹田百花)は、その新聞を持ち歩きたいと笑う。

この記事を見た人が、少しでも看護のことを知ってくれたら。

直美たちはそう願う。

そして、私たちも頑張りましょうと気合を入れ直す。

ただ、直美が立ち上がろうとすると、ふらつく。

りんが支える。

直美は妊娠中である。

仕事も続けている。

戦争の影もあり、捨松や多江の話もあり、恵風看護婦会も忙しい。

直美は無理をしているのではないか。

夜。

小川家の布団で直美が寝ている。

りんは、吾郎が帰ってくるまでここにいると伝える。

直美は言う。

小さい頃からずっと一人で暮らしてきたのに、養成所に入ってからは、ずっと誰かと一緒だったから、ぜいたくになっているのかも。

りんは答える。

そんなぜいたくなら、どんどん。

このやり取りも良かった。

直美は、孤独に慣れている人だった。

一人で生きることに慣れていた。

でも、養成所に入り、りんたちと出会い、一ノ瀬家で暮らし、吾郎と結婚し、今は誰かがそばにいることを知ってしまった。

それをぜいたくだと思ってしまう。

でも、誰かにそばにいてほしいと思うことは、ぜいたくではない。

むしろ、直美はもっとそう思っていい。

りんの言う通り、そんなぜいたくならどんどんすればいい。

吾郎が帰ってくる。

吾郎はりんがいることに驚く。

りんは、直美が仕事中に少し立ちくらみを起こしたが、心配はないと説明する。

吾郎は感謝する。

そして、りんにずっと聞きたかったことがあると言う。

環の名前の由来である。

りんは答える。

「人の輪をつなぐ子になってほしくて」

だから環と名付けた。

吾郎は、明治生まれらしくていいと言う。

そして、自分が考えている名前の候補をうれしそうにりんに見せる。

男の子なら「章太郎」「榮一」。

女の子なら「トミ」「ハル」。

吾郎は、かなり楽しそうである。

りんは、直美は何と言っているのかを気にする。

吾郎は、特にはまだと答える。

りんは、直美にとって名前は……と言いかける。

吾郎も、それが大事なものだということには気づいている。

布団の中で起きていた直美は、その会話を聞いていた。

ここは静かだが、とても大事な場面だった。

吾郎は、子どもの名前を考えることを楽しみにしている。

でも、直美にとって名前は重い。

自分は名前も付けられずに捨てられた。

後から柳川文(内田慈)が母だと分かったが、母から名前をもらったわけではない。

だから、自分の子どもに名前を付けるということは、ただの名付けではない。

その子を自分の子として迎えること。

その子の人生を祈ること。

その子を捨てないと誓うこと。

直美にとって、名前はそれくらい重いものなのではないか。

吾郎はそれを分かっている。

だから急かさない。

でも候補はたくさん考えている。

直美にも、口にはしないだけで、名前の候補があるのかもしれない。

捨松は自分の力を分かっているファイターだった

今回の捨松は本当にかっこよかった。

娘の労咳の看護で、無理解な陰口を叩かれる。

多江もまた、陸軍病院で看護婦への中傷に苦しんでいる。

この二つがつながり、捨松は自分にできることを見つけた。

大山巌の妻という立場。

小松宮妃の慰問に同行できる立場。

英語も知り、西洋の看護も理解している立場。

それらを全部使って、多江を助け、看護婦の名誉を守った。

ただ善意で支えるだけではない。

自分の影響力を理解し、最も効果的な場所で使う。

捨松はやはりファイターだった。

多江の苦戦は看護婦全体の苦戦でもある

多江が苦しんでいたのは、個人の力不足ではない。

看護婦という仕事が理解されていないこと。

女性に看護されることへの抵抗。

軍人の上下関係。

痛みを訴えることを恥とする空気。

患者との会話を不適切な関係に結びつける偏見。

その全部が、多江の看護を妨げていた。

だから、捨松の援護は大きかった。

多江が患者の異変を見つけられたのは、看護婦としてきちんと観察していたからである。

看護婦が話しかけることは無駄話ではない。

触れることも、見守ることも、患者を救うための仕事である。

そこが新聞記事によって少しでも広まったのなら、大きな前進だと思う。

看護婦の名誉を守るという言葉が良かった

捨松の「看護婦たちの名誉も尊重してください」という言葉は良かった。

軍人たちは名誉を大事にする。

ならば、昼夜問わず患者のために働く看護婦たちにも名誉がある。

看護婦の仕事を貶めることは、患者の命を軽んじることでもある。

ここを軍人たちに理解させた捨松は見事だった。

看護婦が専門職として認められるためには、技術だけでなく、社会の見方も変えなければならない。

今回の捨松は、その社会の見方を少し動かしたのだと思う。

直美にとって「名前」は特別に重い

直美と吾郎の名前の話も気になる。

吾郎は、男の子なら章太郎や榮一、女の子ならトミやハルと、いくつも候補を考えている。

楽しみにしているのが伝わってくる。

でも直美は、名前の話を先延ばしにしている。

直美は、自分が名前も付けられずに捨てられたみなしごである。

だから、自分の子どもに名前を付けることは、普通以上に大きな意味を持つはずである。

名前は、その子を迎える言葉である。

その子の人生への願いである。

自分が受け取れなかったものを、今度は自分が子どもに渡す。

直美にとっては、うれしいだけでなく、怖いことでもあるのだと思う。

吾郎は直美の怖さを分かっている

吾郎は、直美にとって名前が大事なものだと気づいている。

だから、自分の候補をうれしそうに話しながらも、直美を急かしてはいない。

吾郎は本当に直美をよく見ている。

前回の「直美がうれしそうでよかった」もそうだった。

今回も、名前の話をしたいけれど、直美にとってそれが重いことを分かっている。

この二人なら、きっと子どもにいい名前を付けるのだろう。

直美がどんな名前を選ぶのか、とても気になる。

幸せと不安が同時に進んでいる

小川家には幸せがある。

お腹の子に話しかける直美と吾郎。

名前を考える吾郎。

りんがそばにいてくれる安心。

でも、戦争は続いている。

吾郎は軍人である。

直美は妊娠中にふらついている。

多江は陸軍病院で働いている。

捨松の周囲にも労咳の問題がある。

幸せな場面があるほど、不安も強くなる。

直美と吾郎の子どもが無事に生まれ、吾郎も無事でいてほしい。

それを願わずにはいられない。

まとめ

第107回は、捨松が看護婦の名誉を守るために行動した回だった。大山巌の妻という立場を使い、軍人たちの価値観に合わせて看護の重要性を説く姿は、本当にかっこよかった。

多江の苦戦は、個人の問題ではなく、看護婦という仕事がまだ理解されていない社会の問題でもあった。捨松の援護によって、看護婦たちの奮闘が新聞で正しく伝えられたことは大きい。

一方で、直美と吾郎の子どもの名前の話も静かに重かった。名前も付けられずに捨てられた直美にとって、自分の子どもに名前を付けることは特別な意味を持つはずである。

捨松のおかげで多江は少し働きやすくなりそうだ。直美と吾郎が、自分たちの子どもにどんな名前を付けるのかも気になる。

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