朝ドラ『風、薫る』第79回感想・ネタバレ|横沢登場と文の本音。看護の先に見えてきた「社会を変える」物語

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2026年7月16日放送の『風、薫る』第79回は、新潟でりん(見上愛)が新聞記者の横沢(井上祐貴)と出会い、東京では直美(上坂樹里)が文(内田慈)を看病する回だった。

新潟では、大地主の羽田銀次(西堀亮)が横入りをし、横沢がそれを真正面から批判する。

東京では、お金がないから医者にかかりたくないという文に対して、直美が「病人がお金のせいで治療を受けないのを見るのもう嫌なんです」と訴える。

りんの新潟編と、直美の東京編。

一見別々の話に見えるが、どちらにも共通しているのは「今の社会の仕組みはこのままでいいのか」という問いだった。

前回の記事はこちらです。

朝ドラ『風、薫る』第78回感想・ネタバレ|新潟編スタート。りんの再出発と、東京で動き出す直美の恋
2026年7月15日放送の『風、薫る』第78回は、りん(見上愛)の新潟での新生活が始まる回だった。りんは高越女学校の舎監として、新潟へやって来る。しかし、到着早々、洋髪をめぐって周囲から注目され、東京から来た人、鹿鳴館で働いていた人、看護婦...

第79回のポイント

  • りんは、横入りした羽田銀次を注意する。
  • 横沢が現れ、羽田銀次に成金がかかる病だと嫌味を交えながら説教する。
  • りんは横沢の言い方が医者のようで、思わず笑ってしまう。
  • サワ(磯山さやか)は、りんが高越女学校の舎監だと気づく。
  • 横沢は自分が新聞記者であり、りんのことを知っていたと明かす。
  • 横沢は高越日報の記者で、民権運動が盛んな新潟へ信州から来た人物だった。
  • りんは父・信右衛門から「過ちて改めざる。これこそ過ち」と教えられて育ったことを話す。
  • りんは横沢に「正しい社会とは、何ですか?」と問う。
  • 東京では、瑞穂屋で文がドイツ人を接客する。
  • 文は体調不良で倒れ、直美が長屋で看病する。
  • 直美は文に医者に診てもらうことを勧める。
  • 文はお金がないと医者を嫌がる。
  • 直美は、お金のせいで病人が治療を受けないのを見るのはもう嫌だと訴える。
  • 文は借金があり、自分には生きてほしいという家族もいないと語る。
  • 文は、自分の望みはつつがなく暮らし、何も残さずきれいさっぱり人生を終えることだと話す。
  • 直美と文の間に、語学ができる、家族がいない、へそ曲がりという共通点が見えてくる。

個人的に印象に残ったこと

今回は、前回の続きで、りんが羽田銀次の横入りを注意する場面から始まった。

おばあさんが並んでいるのに、羽田銀次は悪びれる様子もなく横入りする。

りんは「このおばあ様、並んでらっしゃいますけど……」と注意する。

しかし、羽田銀次は聞き入れない。

そこへ横沢が現れる。

横沢は羽田銀次に説教を始める。

周囲の人たちは、羽田家の大旦那様だからその辺にしておけと止めようとする。

しかし横沢は止まらない。

むしろ勢いよく説教を続ける。

「わびることもできぬ病にかかってらっしゃるのか。おかわいそうに……。」

「金が全ての成金がよくかかる病です。」

「何か、新しい、よい薬が見つかればよいのですが……。」

この横沢の嫌味は、なかなか強烈だった。

羽田銀次が権力者だからといって、周囲が黙る中で、横沢だけは真正面から言う。

しかも、ただ怒鳴るだけではなく、病にたとえて皮肉る。

りんは思わず「フフッ」と笑ってしまう。

そして、「すみません。あの……お医者様みたいで、つい……」と言い訳する。

この場面は面白かった。

横沢の言い方は、たしかに医者が診断しているようにも聞こえた。

ただ、横沢が診断しているのは羽田銀次個人というより、金と権力で人を見下す社会そのものなのかもしれない。

羽田銀次はばつが悪くなったのか、その場を去っていく。

ここでサワが、りんと横沢に「ご迷惑をおかけして、申し訳ねえです」と謝罪する。

サワは、りんが高越女学校の舎監ではないかと気づく。

りんが自分で名乗ろうとするが、横沢が横から「舎監の一ノ瀬さんです」と紹介する。

この時点で、横沢はりんのことを知っている。

その場から離れようとするりんに、横沢は声をかける。

「なぜ、私が、あなたを知ってるか知りたくないですか?」

かなり押しが強い。

りんは、繁盛している店で横沢と水あめを食べることになる。

横沢は、このあたりでは田畑を持っている大地主が一番偉いと言う。

役人にも警察にも学校にも顔が利く。

だから敵に回さないに越したことはない。

りんは、だったらなぜあのようなことをしたのかと尋ねる。

横沢は答える。

「そんな社会、間違ってるからです。」

この一言で、横沢がどういう人物なのかがよく分かる。

横沢は、単に羽田銀次が嫌いなだけではない。

大地主が偉く、役人にも警察にも学校にも顔が利く。

その構造自体を間違っていると考えている。

横沢は、自分が新聞記者だから、情報を集めて広めるのが仕事だと話す。

そして、高越日報で記者をしている横沢公輔だと名乗る。

信州から来たよそ者で、ここは民権運動が盛んだから来たという。

来年の国会開設に向けた国会議員の選挙について、十五円以上の納税をした者にしか選挙権がないことは間違っていると憤る。

新潟編に入って、物語はかなり社会運動の色を帯びてきた。

地主、納税、選挙権、民権運動。

看護婦の物語から、社会を変えたい人たちの物語へと広がり始めているように見える。

りんは、自分も何が正しくて何が間違っているのか、考えれば考えるほど分からなくなると言う。

そして、父・信右衛門から繰り返し言われて育った言葉を語る。

「子のたまわく、過ちて改めざる。これこそ過ち。」

りんは、羽田銀次のように、間違ったのに謝れない病はよくないとは思うと答える。

ここは少し引っかかった。

りんは、間違ったのに謝れないのはよくないと言う。

その通りだと思う。

ただ、ずっと気になっていることがある。

りんは、山本を病院から連れ出したことを「過ち」だと思っているのだろうか。

院長や医師たちには謝罪していた。

でも、山本の奥さんであるテイに対して、間違っていました、ごめんなさいと改めて謝ったのだろうか。

それとも、自分は間違っていないという認識なのだろうか。

あるいは、病院側から謝罪を止められていたのだろうか。

父から繰り返し言われたという「過ちて改めざる。これこそ過ち」という言葉。

りんはその言葉を、本当に実践できているのだろうか。

新潟に来て前を向いたように見えるが、山本の件にどうけじめをつけたのかは、まだ少し曖昧に感じる。

そして、りんは横沢に問う。

「正しい社会とは、何ですか?」

この問いは大きい。

りんは看護婦として、正しさに苦しんできた。

人として正しいことと、看護婦として正しいことが違う時がある。

その狭間で、りんは働けなくなった。

今度は、新潟で横沢と出会い、社会の正しさを問うことになる。

正しい看護とは何か。

正しい生き方とは何か。

正しい社会とは何か。

りんの問いは、どんどん大きくなっているように見える。

横沢は、こんな話をするりんのことを大いに気に入る。

そして「また会いましょう」と握手を求める。

りんは嫌がる素振りを見せる。

しかし横沢は強引にりんの手を取り、握手する。

この場面は、今の感覚だと少し問題になりそうである。

横沢は情熱的な男なのだろう。

ただ、りんが嫌がっているのに強引に手を取るのはどうなのか。

横沢はりんのことを気に入ったと言っていたが、それは人間としてだろうか。

恋愛感情として好きになったという話は、正直もうお腹いっぱいである。

シマケンも虎太郎も宙ぶらりんの状態で、ここにまた新しい男性が入ってくるのは、少しややこしい。

一方、東京の瑞穂屋では、文がドイツ人を接客している。

直美、美津(水野美紀)、松原(小倉史也)は、文が接客していたのは何人だったのかを話し合っている。

文は見分けるコツを説明するが、体調不良で倒れてしまう。

その後、文の長屋で直美が看病する。

直美は、何か手伝えることはないかと確認する。

文は、食べ物は卯三郎(坂東彌十郎)が置いていってくれたし、特にないと答える。

直美は脈を測り、足を触る。

吐き気やお腹の痛みを確認し、一度医者に診てもらうことを提案する。

文は、お金がないと医者を嫌がる。

ここで直美が言う。

「看護婦なのに、病人がお金のせいで治療を受けないのを見るのもう嫌なんです。」

この言葉はかなり重かった。

直美は、トヨのことを今でも後悔しているのだと思う。

トヨは病院に行かなかった。

お金の問題もあった。

直美は、自分がお金を出すとも言っていたはずだ。

でもトヨは病院に行かず、長屋で亡くなった。

そのことが、直美の中に残っている。

だから、文がお金を理由に医者を嫌がることを見過ごせない。

しかし文は、「それは、あなたの勝手でしょう」と笑う。

文のこの言い方も文らしい。

直美が嫌だからといって、文が医者にかからなければならないわけではない。

直美の後悔は、直美のもの。

病人がどう生きるかは、病人自身のもの。

そう突き放しているようにも聞こえた。

それでも直美は、町医者を連れてくる。

町医者は胃炎の薬を渡し、食事の前に飲んで様子を見るように指示する。

文は直美にお金を払う。

直美は「頂けません」と拒否する。

しかし文は、「タダより高い物はない」と言って、直美に受け取らせる。

この文の感覚も分かる。

ただで世話になることは、あとから別の形で重くのしかかることもある。

借りを作りたくないのだろう。

直美は、瑞穂屋で長く勤めているのだから、医者に診てもらうくらいのお金には困らないのではないかと、かなり踏み込んだことを聞く。

文は、借金があって返していると答える。

ここで文の事情が少し見えてきた。

文は長く働いているのに、お金に余裕がない。

そして、長生きしたいとも思わないし、する必要もないと言う。

自分には、生きてくれという家族はいない。

自分の望みは、つつがなく暮らし、何も残さずきれいさっぱり人生を終えることだという。

この文の言葉は、かなり寂しい。

でも、文らしいとも思う。

誰かに必要とされて生きている感覚がない。

だから長生きしたいとも思わない。

何かを残したいとも思わない。

きれいさっぱり終わりたい。

直美は、おいしいものを食べたいとか、いい着物を着たいとか、欲しいものは何もないのかと尋ねる。

文は、そんなものにお金も運も使ったらもったいない、人の運の量は決まっているらしいですよと答える。

かなりひねくれた考え方である。

でも、文の人生がそう考えざるを得ないものだったのかもしれない。

直美は、自分もみなしごで家族なんていないが、おいしいものを食べたいし、いい暮らしがしたいと言う。

そして「お金があったら、仕事なんてしない……」と言いかける。

しかし、仕事はするかなと思い直す。

ここは直美らしくて良かった。

直美は家族がいない。

それでも、生きたい欲がある。

おいしいものを食べたい。

いい暮らしがしたい。

仕事も、結局はするかもしれない。

直美は自分の欲望にわりと正直である。

だからこそ、文の「何も残さず終わりたい」という感覚が理解しきれないのだと思う。

直美は文に、本当に何もないのかと確認する。

文は、ひとつくらいはと答える。

そして、「早く、一人でゆっくり寝たい」と言う。

二人は笑い合う。

直美は、「私より、へそ曲がりな人に初めて会いました」と言い、文を横にさせる。

この二人の関係は面白い。

ここに来て、文と直美の共通点が見えてきた。

語学が堪能。

誰も家族がいない。

二人ともへそ曲がり。

もしかして親子なのではないかと思わせる材料もある。

さすがにそれは都合が良すぎる気もするが、そう匂わせているようにも見える。

直美はトヨの死を経て、お金がなくて医者に診てもらえない人を見ることに我慢できなくなっている。

でも、それは直美一人でどうにかできる問題ではない。

自分が看護婦として稼いだお金を、お金がなくて病院に行けない人に使ったとしても、多くの人を救うことはできない。

それこそ、社会を変えなければならない。

新潟では横沢が、選挙権や地主の力に怒っている。

東京では直美が、お金がない人は医者にかかれないという構造にいら立っている。

これは、看護の話と見せかけて、「社会を変えたい」という物語なのだろうか。

そんな印象を受けた回だった。

横沢は情熱的だが、少し押しが強すぎる

横沢は、新聞記者として情報を集め、広めることを仕事にしている人物だった。

信州から新潟に来たよそ者で、民権運動に強い関心がある。

羽田銀次に対しても、大地主だからと遠慮せず、間違っているものは間違っていると言う。

そこは魅力的だった。

ただ、りんが嫌がっているのに強引に握手するあたり、押しはかなり強い。

情熱的な男なのだろうが、今の感覚だと少し危うさもある。

りんのことを気に入ったのが、人間としてなのか、恋愛感情としてなのか。

ここは少し警戒して見たい。

りんは本当に「過ち」を改められているのか

りんは、父・信右衛門から「過ちて改めざる。これこそ過ち」と教えられて育ったと言う。

この言葉自体はとても良い。

ただ、りん自身は山本の件について、本当に過ちを改めたのだろうか。

病院側には謝った。

看護婦は辞めた。

新潟へ行った。

でも、山本の妻であるテイに対して、自分の判断をどう説明したのかは分からない。

自分の行動は間違っていたのか。

それとも間違ってはいなかったが、看護婦としては続けられなくなったのか。

そのあたりが曖昧なままに見える。

りんが正しい社会を問う前に、自分自身の「過ち」とどう向き合ったのかも、もう少し見たい気がする。

文と直美に共通点が見えてきた

文と直美は、かなり似ているところがある。

語学ができる。

家族がいない。

へそ曲がり。

そして、どこか世の中に対して斜めに構えている。

直美はおいしいものを食べたいし、いい暮らしがしたいと言う。

文は、何も残さずきれいさっぱり人生を終えたいと言う。

似ているようで、欲望の向きはかなり違う。

この二人が今後どう関わっていくのかは気になる。

親子説のようなものまで浮かんでしまうが、さすがにそれは都合が良すぎるだろうか。

お金がない人は医者にかかれないという現実

直美の「病人がお金のせいで治療を受けないのを見るのもう嫌なんです」は、今回かなり重要な言葉だった。

トヨの死を引きずっている直美だからこそ出た言葉だと思う。

ただ、これは直美一人が優しさで解決できる問題ではない。

お金がなければ医者にかかれない。

治療を受けられない。

それは個人の善意ではなく、社会の仕組みの問題である。

直美がここに怒りを持ち始めているなら、物語は看護婦の仕事を超えて、医療と社会の問題へ広がっていくのかもしれない。

新潟と東京で「社会を変える」話が始まっている

新潟では、横沢が大地主の力や制限選挙に怒っている。

東京では、直美が医療にかかれない貧しさに怒っている。

りんは「正しい社会とは何ですか」と問う。

直美は、お金のせいで治療を受けない人を見るのは嫌だと言う。

これらは別々の場面だが、根っこはつながっているように見える。

弱い立場の人が我慢し、権力やお金を持つ人が得をする。

そんな社会でいいのか。

看護の話として始まった物語が、少しずつ社会の話へ広がっているのかもしれない。

りんはなぜ人を惹きつけるのか

りんは新潟に行っても、すぐに横沢から気に入られていた。

東京でも、シマケンや虎太郎など、りんの周囲にはりんに惹かれる人物が多い。

りんには、人を惹きつける何かがあるのだろうか。

正直、ここ最近のりんには危うさや優柔不断さも感じていた。

それでも、真剣に考え、真っ直ぐ問いを投げかけるところが、人を惹きつけるのかもしれない。

横沢にとっても、りんの「正しい社会とは何ですか」という問いは、ただの社交辞令ではなく、自分と同じように社会を考える人の言葉に聞こえたのだろう。

まとめ

第79回は、新潟で横沢が登場し、東京では文と直美の関係が深まった回だった。

横沢は大地主の横暴や制限選挙に怒り、直美はお金がなくて医者にかかれない人を見ることに怒っている。

りんもまた、「正しい社会とは何ですか」と問い始めた。看護の物語だと思っていたが、ここからは「社会をどう変えるのか」という話にも広がっていきそうだ。

新潟の横沢がりんにどう関わるのか、東京の文と直美の関係がどう深まるのか、そしてりん自身が過去の「過ち」とどう向き合うのかも気になる。

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