朝ドラ『どんど晴れ』考察|柾樹はなぜ説明しないのか――優しさと沈黙が同居した人物を考える

どんど晴れ

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『どんど晴れ』を見ていると、柾樹という人物には何度も引っかかる。

優しい。真面目。能力もある。夏美の家族の温かさに憧れ、母を失った寂しさを抱え、加賀美屋という家の重さから距離を置こうとしていた事情も分かる。けれど、その一方で、肝心なところをまったく説明しない。しかも、その説明しなさが、夏美だけでなく周囲の人たちまで巻き込んで混乱させていく。柾樹という人物は、単なる「優しい恋人」でも「気の毒な跡取り」でもなく、傷を抱えているからこそ沈黙し、その沈黙で他人も傷つけてしまう人として見ると、かなり輪郭がはっきりする。

このドラマの面白さは、柾樹の沈黙を完全な悪としては描いていないところにもある。

むしろ『どんど晴れ』は、言えないことを抱えた人間が、どれだけ周囲を混乱させるかをかなり丁寧に見せている。だからこそ今回は、柾樹の“説明しなさ”を、単なる優柔不断や不誠実として片づけず、彼の過去、家への感情、そして夏美との関係まで含めて考えてみたい。

柾樹は最初から「家族」に強い憧れを持っていた

柾樹という人物を考えるとき、まず大事なのは、彼が最初から朝倉家の空気に強く惹かれていたことだと思う。

第1週の段階で、柾樹は夏美に対して、自分は夏美の家族に憧れていると語る。思ったことをそのまま言い合えること、本音でああだこうだ言えること、そういう空気を「家族としての居場所」と感じている。これはかなり重要な発言で、柾樹にとって加賀美屋が、少なくとも心から安心できる場所ではなかったことをよく示している。幼いころに父が家を出て行き、母も亡くし、そのあと加賀美屋の中でどこか寂しそうに育ったという背景を思えば、この言葉はかなり重い。

つまり柾樹は、加賀美屋を嫌っているというより、加賀美屋の中でうまく甘えたり、本音を言ったりできないまま大人になった人なのだと思う。だから彼は朝倉家の食卓や会話に惹かれる。そこには加賀美屋にはなかった気楽さや、説明しなくても通じる安心感があるからだろう。

ただ、この“家族への憧れ”がある一方で、柾樹自身はその家族のような関係を作るために必要な「説明すること」が苦手だ。ここに彼の大きなねじれがある。

一本桜の場面で見えたのは、柾樹の優しさではなく、抱え込む癖だった

柾樹の魅力が最もよく見えるのは、やはり一本桜の場面だと思う。

母・俊江との思い出の場所へ夏美を連れていき、自分にとってその桜がどれほど大切かを語る。母がこの桜を見上げたあとはいつも笑顔に戻っていたこと、自分もまたその記憶を抱えてきたこと。あの場面で柾樹は、ようやく自分の奥にある寂しさを他人に見せる。だからこそ夏美は「柾樹さんの心の一本桜になりたい」と思うようになる。

ただ、この場面を今振り返ると、柾樹の問題もすでに見えている。

彼は過去を語ることはできる。母への思いも、父を失った寂しさも語れる。けれど、その語りはあくまで回想であって、現在の問題についてはまだ語れていない。加賀美屋をどう思っているのか、自分は本当に継がなくていいのか、周囲はどう見ているのか。そうした「今の自分が何に揺れているか」は、実はこの時点でも十分には言葉になっていない。

つまり柾樹は、感傷は語れても、現在進行形の責任や葛藤を言葉にするのが苦手な人なのだと思う。

結婚破棄の場面で、柾樹の“説明しなさ”は決定的になる

その性質が最も厳しい形で出るのが、第6回の結婚破棄である。

夏美の家の食卓で、柾樹は盛岡に戻って旅館を継ぐつもりだと告げ、結婚はなかったことにしてほしいと言う。朝倉家が当然のように理由を求めても、彼はきちんと説明しない。「申し訳ありません」と頭を下げるばかりで、何があってその決断に至ったのかをほとんど言わない。その結果、啓吾は激怒し、夏美は混乱し、朝倉家全体が壊れる。

ここで大事なのは、柾樹が苦しんでいなかったわけではないことだ。

彼は明らかに苦しんでいる。食卓でもずっと神妙な顔をしているし、夏美や家族の温かさに心を動かされてもいる。けれど、それでも説明できない。もっと言えば、説明しないことでしか決断を貫けない。

これは不誠実と言えば不誠実だが、同時にかなり柾樹らしい。彼は、自分の内側で結論だけを出し、その結論を相手に受け入れさせるための説明や対話を後回しにしてしまう。そこには、加賀美屋の中で育った人間らしい「察してほしい」「言わなくても分かるだろう」「いや、むしろ言えない」という癖があるように思う。

柾樹は逃げたのではなく、黙ったまま背負おうとした

結婚破棄の場面を見ていると、柾樹は単に逃げたようにも見える。

実際、視聴者として見ればそう感じるのも自然だと思う。何も説明せず、いきなり婚約を破棄し、相手とその家族を混乱させるのだから。けれど、全体を通して見ると、柾樹は無責任に逃げたというより、自分一人で背負うしかないと思い込んで、黙ったまま重いほうへ行った人なのだとも思う。

彼はカツノから旅館を継いでほしいと頼まれ、母が命をかけて守った旅館だと言われる。その言葉に揺れたとき、彼は誰かと十分に相談して答えを出すのではなく、自分一人で責任を引き受けようとする。その結果が、「結婚はなかったことに」という、極端に不器用な結論だった。

つまり柾樹は、自分の問題を人と一緒に考えることができない。責任を感じると、対話ではなく沈黙のほうへ行ってしまう。その意味では、彼は優しいが、優しいからこそ危うい人物でもある。

「女将なんかにしたくない」は、説明不足なりの本音だった

ただし、柾樹の沈黙にも、後から見ると少しずつ中身があったことは分かる。

夏美が盛岡まで追いかけてきたあと、柾樹はようやく少し本音を漏らす。夏美を女将なんかにしたくない、女将がどれだけ大変な仕事か分かっていない、そんな目に合わせたくない、と。ここで初めて、彼が夏美との結婚をやめようとした理由が、「加賀美屋を継ぐから」だけではなく、「夏美にあの旅館の重さを背負わせたくないから」でもあったことが見えてくる。

この場面を見ると、柾樹はやはり冷酷だったわけではない。

むしろ彼なりに夏美を守ろうとしていたのだろう。ただ、その守り方が壊滅的に下手だった。相手に事情を説明し、悩みを共有し、一緒に考えるのではなく、「自分が切れば済む」と思ってしまう。これは優しさであると同時に、かなり独善的でもある。

相手のためを思っているのに、その相手を一番傷つける方法を取ってしまう。柾樹の“説明しなさ”は、まさにそこに一番強く表れていたと思う。

柾樹はずっと「加賀美屋にいる自分」と「外にいたい自分」のあいだで揺れている

柾樹という人物を一本で見ると、彼は最初から最後まで、二つの自分のあいだで揺れている。

一つは、横浜で働き、能力を評価され、夏美と新しい家庭を築きたい自分。

もう一つは、加賀美屋を見捨てられず、母の記憶と旅館の重さから自由になりきれない自分。

この二つは最後まで完全には整理されない。むしろ『どんど晴れ』は、柾樹がその両方を抱えたまま生きていくしかない人物だと描いているように見える。

ここが柾樹の面白いところでもある。

彼ははっきりした悪人でもなければ、すっきりした理想のヒーローでもない。母を失った傷、父へのわだかまり、加賀美屋への責任感、外で培ったキャリア、その全部を抱えている。だからこそ、何かを決めるたびに誰かを傷つけるし、自分も揺れる。

言い換えれば、柾樹は「正しい答えを持たないまま責任のある立場に置かれた人」の姿をかなりよく体現している。

柾樹の“説明しなさ”は、加賀美屋という家そのものの病でもあった

ここまで見てくると、柾樹個人の問題のように見えた“説明しなさ”は、実は加賀美屋という家全体の問題でもあったように思えてくる。

加賀美屋では、必要なことがきちんと言葉にされない。

カツノも、環も、久則も、伸一も、核心の部分をまっすぐ共有するのがうまくない。立場、しきたり、遠慮、意地、そういうものが邪魔をして、本来なら早く話し合うべきことが後回しになる。その空気の中で育った柾樹が、自分の葛藤だけを例外的にうまく説明できるはずもない。

つまり柾樹の沈黙は、彼個人の性格というより、加賀美屋という家が受け継いできたコミュニケーション不全の一部でもあったのだと思う。

この見方をすると、柾樹は少し気の毒でもある。

彼だけが特別に不器用なのではない。加賀美屋という場そのものが、ちゃんと話さずに耐えることを美徳にしてきたのだろう。その中で、柾樹はまさにその家らしいやり方で、大事なことほど言えない大人になってしまったのではないか。

それでも夏美は、柾樹の沈黙の向こう側を見ようとした

そんな柾樹に対して、夏美がやっていたことはかなり一貫している。

それは、言葉にならないものの向こう側を見ようとすることだった。

一本桜の場面でも、結婚破棄のあとでも、夏美は柾樹の言葉だけを額面通りには受け取らない。もちろん時に押しが強すぎるし、見ていて危うい場面も多い。それでも彼女は、「この人は本当は何を抱えているのか」を見ようとし続ける。そして最終的には、柾樹が加賀美屋を大事に思う気持ちも、自分を必要としている気持ちも、どちらも受け取るほうへ進んでいく。

ここに、『どんど晴れ』らしい無茶さと優しさの両方がある。

普通なら、あそこまで説明しない男は見限られてもおかしくない。実際、かなり怒られて当然だと思う。けれど夏美は、柾樹の沈黙をただの拒絶とは受け取らず、その奥にある寂しさや責任感まで見ようとした。

それが良かったのか悪かったのかは簡単には言えないが、少なくともこのドラマは、「言えない人」と「それでも分かろうとする人」の組み合わせで進んでいたのだと思う。

最後に思うこと

『どんど晴れ』の柾樹は、優しい。

でも、その優しさはしばしば説明不足とセットになっていて、結果として相手をひどく傷つける。だから、見ていてかなり厄介だし、腹が立つ場面も多い。

ただ、それでも彼を単純に不誠実な男として切り捨てきれないのは、その沈黙が彼自身の傷や、加賀美屋という家の重さと深く結びついているからだろう。

柾樹は、説明しない。

だがそれは、何も感じていないからではない。むしろ感じすぎていて、責任も寂しさも一人で抱えようとしてしまうからこそ、うまく説明できないのだと思う。

だからこの人物は、優しいのにしんどい。気の毒なのに腹が立つ。そういう矛盾した感情を視聴者に抱かせる。

でも、その矛盾こそが、柾樹という人物の一番のリアリティだったのかもしれない。

きれいに説明できる人より、説明できないまま大事なものを抱えてしまう人のほうが、現実には多いのだから。

『どんど晴れ』の柾樹は、そういう意味で、かなり不器用で、かなり面倒で、でも簡単には嫌いになれない人物だったと思う。

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『どんど晴れ』を最後まで見て、スペシャルも気になっている方へ。

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