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2026年6月29日放送の『風、薫る』第66回は、ツヤ(東野絢香)の解雇から二か月後の帝都医大病院が描かれた。
りん(見上愛)は看護婦取締として、そして看護科の先生として、相変わらず忙しく働いている。いや、忙しいというより、ツヤの一件以降、自分を罰するように働いているようにも見えた。
周囲はそんなりんを見て「看護婦が天職」と言う。りん自身も「天職にしたい」「この仕事が好きで楽しい」と口にする。
しかし、その姿を見ていたヒデ(池田朱那)は、「一ノ瀬先生が、いい看護婦なら、私は看護婦にはなれないし、なりたくありません」と言う。
りんの働き方は本当に理想の看護婦像なのか。それとも、誰かを追い詰める危うい見本になってしまっているのか。そんなことを考えさせられる回だった。
前回の記事はこちらです。

第66回のポイント
- ツヤが解雇されて二か月が経つ。
- りんはヒデに、新しい患者である山本辰治を任せる。
- りんは手術介助、講義、見習生への指導に追われ、慌ただしく働き続けている。
- 直美(上坂樹里)は清(細川岳)の食事を見守り、小川吾郎(甲斐翔真)から看護婦が天職だと言われる。
- タマは、忙しく働くりんを見て、自分はあんなふうには働けないとこぼす。
- フユ(猫背椿)は、りんにも休憩を取るように言ってほしいと直美に頼む。
- ヒデは、りんが「看護婦は天職」と言われていることに引っかかる。
- りんはヒデに、看護婦を天職にしたい、この仕事が好きで楽しいと答える。
- 直美は、りんがツヤのことを抱え込んで無理をしていることに気づき、休むよう命令する。
- シマケン(佐野晶哉)は、りんへの差し入れのように紙の「とんび」を直美へ託す。
- ヒデは、りんに看護婦になることをやめると告げる。
個人的に印象に残ったこと
今回まず描かれたのは、ツヤが解雇されてから二か月後の帝都医大病院だった。
りんはヒデに、新しい患者である山本辰治を任せる。
慢性的な胃腸炎で通院していたが、がんの疑いもある。1、2週間の経過によっては手術の可能性もある患者だという。
山本辰治が病室にやってきて、りん、ヒデ、フユと挨拶を交わす。
りんは、今から手術の介助だから、山本辰治のことは夕方の講義の時に報告してほしいとヒデに伝える。
しかし、出ていこうとしたところで、他の生徒の包帯の巻き方も気になり、そちらも指導する。
その様子を見て、フユは慌ただしいわねとつぶやく。
この冒頭だけで、今のりんの働き方がかなり危ういことが伝わってきた。
患者を見て、見習生を指導して、手術介助へ向かい、講義もする。
看護婦になったばかりの人が抱える仕事量としては、やはり重すぎる。
りんは真面目で、目の前のことを放っておけない人である。だから、手術に向かう途中でも、包帯の巻き方が気になれば指導してしまう。
ただ、それが続けば、りん自身がいつか壊れてしまうのではないかと思う。
一方、直美は清に、よくかんで食べるようにと伝える。
医師から食べ物の許可が出たらしい。
清が美味しそうに食べるところを、小川が嬉しそうに見ている。
小川が直美のことを見つめていることに気づき、清は咳き込む。
そんな清に、直美はすぐに水を差し出す。
このくらいの大きさに切ってあげれば食べやすいと思うから、また持ってきてあげてください。言ってくれれば自分が切る。
直美は小川にそう伝える。
前に小川が清に好物を食べさせようとして、直美と衝突したことを思うと、今回はかなり関係が変わっていた。
直美は、ただ禁止するだけではない。
患者の状態を見て、どうすれば安全に食べられるのかを教える。
それを見た小川は、直美に対して、看護婦が天職だと言う。
直美は、「私はそんなこと……」と謙遜する。
この場面を見ると、小川は清の見舞いに来ているというより、直美に会う口実として病院に来ているようにも見えた。
清もそんな様子に気づいたのだろう。
直美も、まんざらではない感じが少しある。
今後、この二人がどうなるのかは気になる。
その後、りんが慌ただしく詰所に入ってくる。
手紙を書く紙はないかと探している。
あまりに慌ただしくしているりんに、直美は手術前に一口でも食べてとおにぎりを差し出す。
りんはそれを受け取り、手術へ向かう。
この直美の行動が良かった。
りんが無理をしていることに、直美は気づいている。
だから、せめて一口でも食べさせようとする。
看護婦として患者を看るだけではなく、同僚の状態も見ている。今の直美は、りんにとってかなり大事なブレーキ役になっていると思う。
そんなりんの姿を見た看護科の生徒タマは、「私はあんなふうには働けない……」とこぼす。
この言葉も印象的だった。
りんの働き方は、周囲から見るとすごいのかもしれない。
でも、これから看護婦になろうとする生徒にとっては、あれが看護婦の標準だと思うと、怖くなるのだと思う。
直美は、りんは看護婦が天職だからとタマに教える。
ここで「天職」という言葉が出てくる。
りんの働き方は、天職だからできるものなのか。
それとも、天職という言葉で無理を美化しているだけなのか。
今回の話は、そこが大きなテーマだったように思う。
フユも詰所に入ってきて、直美に、りんにも休憩を取るように言ってやってよと伝える。
直美は、ツヤが解雇されてから、りんは余計に根詰めて働くようになってしまったと話す。
フユも、同じ看病婦としてツヤがあんなことになってしまったのは悔しかった。
ただ、そう簡単にはいかないということも、よく分かっていたという。
フユの言葉は重かった。
ツヤが看護婦になれなかったことは悔しい。
でも、看病婦から看護婦になる道が簡単ではないことも、フユは分かっていた。
だからこそ、ツヤを応援しながらも、どこかで限界も感じていたのだと思う。
りんは、そのツヤのことを自分の責任として抱え込んでいる。
だから余計に働く。
まるで、自分を罰するように。
講義にりんが現れず、生徒たちは遅いと心配する。
肺の手術と言っていたから、まだかかっているのかもしれないとヒデが話す。
タマは、りんは本当によく働くと驚いている。
そして、直美がりんには看護婦が天職だと言っていたことを、ヒデは聞かされる。
ヒデは「あれが天職なのか」と考え込む。
このヒデの引っかかりは、とても正直だと思う。
りんはよく働く。
患者のために動く。
休みも削って、食事も後回しにして、ずっと病院で働いている。
それを周囲は「天職」と呼ぶ。
でも、ヒデから見ると、それは本当に理想なのだろうか。
自分を犠牲にしてまで働けなければ、看護婦にはなれないのか。
そんな疑問が生まれてもおかしくない。
直美は逆に、みんなが交代で休めるように率先して休んでいるらしい。
ここも大事だった。
直美は、要領が良い人として描かれることが多い。
りんのように根詰めて働くタイプではない。
でも、みんなが交代で休むために、率先して休む。
これはこれで、大事な看護婦のあり方だと思う。
働き続けることだけが責任ではない。
休むことも、職場を回すためには必要である。
りんが講義に現れると、講義後、ヒデが山本の状況をりんに説明する。
そしてヒデは、りんに「先生は、看護の仕事が天職だと思ってますか?」と尋ねる。
りんは、「天職に、したいと思っている。看護婦の仕事は好きで楽しいから」と答える。
この答えは、りんらしい。
看護婦は自分に最初から与えられた天職だ、と言い切ったわけではない。
天職にしたい。
自分でそうしていきたい。
仕事が好きで、楽しいから。
りんにとっては、前向きな言葉だったのだと思う。
でも、それを聞いたヒデは納得のいかないような表情を浮かべ、教室を出ていく。
ヒデにとっては、りんの言葉がきれいごとのようにも聞こえたのかもしれない。
好きで楽しいから、あれだけ無理をして働ける。
そう受け取ったとしたら、自分には無理だと思ってしまうのも分かる。
夜、りんが当直で帰宅できない中、美津(水野美紀)、環(英茉)、直美は夕食を食べ終える。
美津は、りんの忙しさを気にしている。
環も、お母さんが帰ってくる日の夜は遅いと気にしている。
この場面は、りんの働き方が家族にも影響していることが分かる場面だった。
看護婦として忙しい。
それは仕方ないのかもしれない。
でも、環からすれば、お母さんが帰ってこない日が増え、帰ってくる日も遅い。
りんの頑張りは、患者のため、病院のため、ツヤへの罪滅ぼしのためかもしれない。
でも、その分、家族との時間は削られている。
そんな環の様子を見て、直美は、明日休みだからお出かけしようかと誘う。
直美は本当に変わったと思う。
環の寂しさにも気づき、りんの代わりに少しでも楽しい時間を作ろうとしている。
夜中も仕事をしているりんは、直美からもらったおにぎりを食べ、束の間の休息を取る。
このおにぎりが、かなりありがたく見えた。
直美がいなければ、りんは食べることすら後回しにしていたのではないかと思う。
翌日、直美と環がお出かけすると、団子屋でシマケンと出会う。
りんの近況を聞き、シマケンは心配する。
直美は、りんはそういう時ほどニコニコ笑って忙しく働くと説明する。
シマケンも納得する。
りんを見ている人たちは、りんの危うさに少しずつ気づいている。
ニコニコ笑っているから大丈夫なのではない。
むしろ、つらい時ほど笑って働いてしまう。
それがりんなのだと思う。
シマケンは思いついたように、紙で「とんび」を折る。
細かいところだが、この場面では字幕で「紙飛行機が落ちる音」と出ていた。
どこからどう見ても紙飛行機の形だから違和感はないが、作中ではこれは飛行機ではなく「とんび」だったはずだ。
ちょっと気になってしまった。
朝の病院。
りんが帰ってこなかったことを、直美は心配する。
りんは、引き継ぎをしたら帰ろうと思うと言う。
直美は、ツヤのことは自分も後悔しているけど、りんが仕事を抱え込んだって仕方ないと伝える。
しかしりんは、取締として自分には責任があるから、見習生たちに示しがつかないと答える。
直美は、りんが無理してもツヤへの罪滅ぼしにはならないよと心配する。
でもりんは、「そうだねぇ」と受け流す。
ここはかなり危うかった。
りんは分かっているようで、分かっていない。
ツヤが解雇された原因は、無理をしたことによって生じたミスだった。
それなのに、りんは今、同じことを繰り返そうとしているようにも見える。
自分は大丈夫だと思っているのか。
それとも、大丈夫かどうかより、働き続けることでしか罪悪感を処理できないのか。
どちらにしても、今のりんの働き方は危うい。
ただ、ツヤの時と違うのは、直美がりんの無茶に気づいていて、しっかりストップをかけていることだ。
ツヤの時は、誰もツヤの無理を止められなかった。
今回、直美はりんが明らかに普通ではない働き方をしていることに気づいている。
そして、それを止めることができる間柄にもなっている。
ここがツヤの時と根本的に違う部分なのだと思う。
りんは、ヒデに看護婦は天職かと聞かれた時、とっさに言葉が出てこなかったことを気にしている。
「天職にしたい。この仕事が好きで楽しいから」
そう先生ぶって答えてしまったのだと話す。
そんなりんに、直美は今日はもう帰ってゆっくり寝なと命令する。
この「命令」が良かった。
りんには、優しく言うだけでは届かない。
だから直美は命令する。
そして、シマケンから意味は分からないけど預かったという「とんび」をりんに手渡す。
それを見て、りんは笑顔になる。
シマケンのとんびは、りんにとって少し気持ちを緩めるものになったのかもしれない。
そんな時、ヒデが詰所に入ってくる。
ヒデは、りんと直美におはようございますと挨拶し、りんに話があると言う。
そして、看護婦になることをやめると告げる。
「一ノ瀬先生が、いい看護婦なら、私は看護婦にはなれないし、なりたくありません。」
この言葉は、かなり重かった。
ヒデは、りんの働き方を見ている。
周りはそれを「天職」だと言う。
りん自身も、看護婦を天職にしたい、この仕事が好きで楽しいと言う。
でもヒデには、それが理想には見えなかったのだと思う。
あそこまで自分を犠牲にしなければ看護婦になれないのか。
無理をする働き方を好きで楽しいと思えないと、看護婦にはなれないのか。
もし、りんのような働き方が「いい看護婦」なら、自分はなれないし、なりたくもない。
これは正直な感想だと思う。
りんの働き方自体を否定する必要はない。
りんはりんで、勤勉に、患者のために働いている。
でも、自分を犠牲にしてまで働きたくないという気持ちがあっても、問題はないと思う。
願わくば、ヒデには、りんの働き方がすべての看護婦を代表しているわけではないと知ってほしい。
直美のような看護婦もいる。
トメ(原嶋凛)や多江(生田絵梨花)のような看護婦もいる。
りんだけが看護婦の正解ではない。
ただ、今のヒデからすれば、先生として目の前にいるりんが大きすぎるのだろう。
梅岡看護婦養成所で、りんたちは人に教えることを前提に学んだわけではない。
それなのに今は「先生」と呼ばれ、看護科の生徒たちに講義をしている。
何が正解かも分からない人間から学んでいるのだから、生徒も迷うのは当然なのかもしれない。
小川吾郎が持ってきた大好物のぼた餅を食べられることになった患者・陣内清。
涙が出るほどおいしいようですが、その後、小川の目線に……
むせました。👇小川の目線の先には……🙈https://t.co/7DjFR5yzDa#朝ドラ #風薫る
上坂樹里 甲斐翔真 細川岳 pic.twitter.com/nOc3QGUkXn— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) June 29, 2026
りんはツヤへの罪悪感で働きすぎている
ツヤが解雇されてから、りんは余計に根詰めて働くようになった。
それは、責任感というより、罪悪感にも見える。
ツヤを助けられなかった。
止められなかった。
守れなかった。
その後悔を埋めるように、りんは仕事を抱え込んでいる。
しかし、ツヤが解雇された原因は、無理をしたことによるミスだった。
その後悔から、りんがさらに無理をして働いているのだとしたら、同じことを繰り返しているようにも見える。
りんの働き方は、かなり危うい。
直美はりんのブレーキ役になっている
ツヤの時と今回で大きく違うのは、直美がりんの無茶に気づき、止めようとしていることだ。
ツヤの時は、みんなが危うさに気づきながらも、はっきり止められなかった。
でも今回は、直美がりんに食べさせ、休ませようとし、帰って寝るよう命令する。
直美は、りんが仕事を抱え込んでもツヤへの罪滅ぼしにはならないと分かっている。
看護婦としてだけでなく、同僚として、友人として、りんを見ている。
直美の存在がなければ、りんはもっと危うかったと思う。
ヒデはりんの働き方を見て、看護婦をやめたいと思った
ヒデが看護婦になることをやめると言ったのは、かなり衝撃だった。
ただ、その理由は分かる。
りんが「いい看護婦」とされるなら、自分はそうなれないし、なりたくない。
これは、看護婦という仕事そのものへの拒否というより、りんのような働き方を理想とする空気への拒否なのだと思う。
休まず、食べず、家にも帰らず、患者にも生徒にもすべて向き合う。
それを「天職」と呼ぶなら、自分には無理だ。
ヒデの感覚は、決して間違っていない。
むしろ、りんの働き方を見て疑問を持てるヒデの方が、冷静なのかもしれない。
りんだけが看護婦の正解ではない
りんは真面目で、患者に寄り添い、誰よりも働く。
それは確かに、りんの長所だと思う。
でも、それが唯一の看護婦像になってしまうと危険である。
直美のように要領よく働き、必要な時には休む看護婦もいる。
トメや多江のような看護婦もいる。
患者のために働くことと、自分を犠牲にすることは同じではない。
ヒデには、りんだけを見て看護婦を諦めるのではなく、別の看護婦像も見てほしい。
ただ、先生として目の前にいるりんがあれだけ働いていれば、ヒデが迷うのも当然だと思う。
まだ誰も「先生」としての正解を知らない
りんは、看護婦になったばかりである。
それなのに、看護婦取締として働き、看護科の生徒たちに教えている。
りん自身も、先生なんてやったことがない。
だから、戸惑いながら先生と取締を続けているのだと思う。
まだ看護婦という職業自体が定着していない時代である。
看護婦とは何か。
よい看護婦とは何か。
どう教えればいいのか。
何もかもが手探り状態なのだろう。
ヒデが迷うのも、りんが迷うのも、ある意味当然なのだと思う。
まとめ
第66回は、ツヤの解雇後、りんが自分を罰するように働き続ける姿が描かれた回だった。
周囲はそれを「看護婦が天職」と言うが、ヒデには、その働き方が理想には見えなかったのだと思う。
りんのように働けなければ看護婦になれないのなら、自分はなれないし、なりたくない。ヒデの言葉は、かなり正直だった。
看護婦という職業も、看護を教えることも、まだ何もかも手探りなのだと感じた。
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