本記事にはアフィリエイト広告を利用しています。
2026年4月18日に放送された『どんど晴れ』第156回。
最終回となる第156回は、買収騒動の決着そのものを大きく描くというより、危機を乗り越えたあとに加賀美屋とその周囲の人たちがどう生きていくのかを、丁寧に見せてくれる回だった。朝倉家では智也がケーキ屋を継ぐ覚悟を口にし、加賀美屋では伸一と柾樹が新しい旅館づくりに向けて並んで図面を見つめる。さんさ踊りには加賀美屋チームが参加し、翌年の春には、それぞれの場所で新しい日常が動き始めている。最後に夏美と柾樹が一本桜の前で笑い合う場面まで含めて、この最終回は“事件の終わり”ではなく、“これからも続いていく暮らし”を見せることで『どんど晴れ』を静かに閉じた回だったと思う。
※この回は、前日の展開を踏まえて見ると、より重みが増します。
👇 前回(第155回)の感想はこちら

- 桜のシブーストがつないだ朝倉家の未来――智也が“継ぐ”決意を口にした場面
- 伸一と柾樹がようやく並んだ――“新しい加賀美屋”が本当に動き出した場面
- さんさ踊りに重ねた“新しい加賀美屋”――再生した家族が街の中へ戻っていった場面
- 個人的感想
- この場面で大きいのは、加賀美屋が“閉じた家”ではなく“街に開かれた存在”として戻ってきたことだと思う
- 健太と勇太が横断幕を持ち、環・夏美・恵美子が踊り、男たちが太鼓を叩く構図は、かなり分かりやすく“家族総出”を見せている
- 「2007年春 新館開業 加賀美屋」の横断幕は、ただの宣伝ではなく、“未来を口にできるところまで戻った”ことの象徴でもある
- 平治と政良が並んで見ているのも、地味だけどかなりいい
- カツノを最後列に置いたのは、“この物語の価値判断”を最後にもう一度示すためなんだろうなと思う
- 「二度目の夏が終わった」は、夏美が加賀美屋で“ただ過ごした”のではなく、“季節を重ねる人”になったことを示しているんだと思う
- 事件の解決を見せるというより、“加賀美屋がまた季節の中へ戻っていくこと”を見せた場面としてかなり美しかった
- 個人的感想
- それぞれの春、それぞれの再出発――加賀美屋の“その後”が一気に広がった場面
- 一本桜の前でたどり着いた笑顔――『どんど晴れ』が最後に置いた景色
- まとめ
桜のシブーストがつないだ朝倉家の未来――智也が“継ぐ”決意を口にした場面
- 横浜の房子(森昌子)と啓吾(大杉漣)が、電話越しに盛岡の加賀美家が桜のシブーストを食べている様子を聞いている。
- 盛岡のみんながおいしいと喜んでいることを知り、啓吾は安心する。
- 啓吾は体調もかなり良い様子を見せている。
- 夏美(比嘉愛未)は、すてきなケーキを作ってくれたことを啓吾に感謝する。
- 加賀美屋に桜のシブーストを運んできた智也(神木隆之介)が、実家のケーキ屋を継ぐと宣言する。
- 横浜では啓吾と房子が、智也の将来について仲良く心配し合っている。
個人的感想
啓吾、もうかなり体調が戻っている感じだったなと思う。まわりからも、ケーキを作ること自体がいちばんのリハビリになっているように見られているし、実際そうなのかもしれない。好きなことをやるのが回復につながる、というのはかなり啓吾らしいし、見ていてちょっと安心した。
そして智也。ここで実家のケーキ屋を継ぐと宣言する。いや、そんなに早く結論を出さなくてもいいのに、とは正直少し思った。まだ若いし、父が倒れた直後の気持ちの高ぶりもあるだろうし、一時の勢いで言っているだけじゃないのか、という気持ちもゼロではない。
でも本人としては、父が倒れた時に自分が必要とされたこと、頼られたことがかなり大きかったんだろうな。そこで「やってやろう」と思えたのなら、それはそれで一つの覚悟なんだと思う。自分でそう決めたのなら、あとは後悔しないように頑張れ、というしかない。
横浜での啓吾と房子の場面もかなりよかった。智也が父と母のどちらに似たのか言い合っているところなんて、すごく自然で、仲のいい夫婦に見えた。あれ、アドリブなんじゃないかと思うくらい空気が柔らかかった。買収騒動や病気の話で張りつめていたところから、ようやく朝倉家にも穏やかな時間が戻ってきたんだなと感じられる場面だった。
この場面で大きいのは、智也が“ただ支える側”ではなく“継ぐ側”へ一歩踏み出したことだと思う
これまでは、
智也は家の中で少し距離のある存在にも見えていた。
でも今回は違う。
ケーキ屋を継ぐと、自分の口で言う。
つまりここで初めて、
朝倉家の未来を自分の問題として引き受け始めた。
かなり大きい。
啓吾の回復が、“病気から元に戻る”というより“仕事を通じて自分を取り戻す”形で描かれているのもよかった
啓吾は、ただ体調が戻ったというだけではない。
ケーキを作る。
それを食べた人の反応を聞く。
安心する。
つまりここでは、
職人としての自分
が戻ってきている。
かなり啓吾らしい回復の描き方だった。
房子と啓吾のやり取りが自然なのは、最終回で“危機の後に残る関係”を見せたいからなんだろうなと思う
ここはすごくよかった。
大きな事件の後に何が残るのか。
それは結局、こういう日常なんだよなと思う。
夫婦で心配し合って、少し言い合って、でもちゃんと寄り添っている。
そういう穏やかさがあるから、
物語がちゃんと着地していく感じがする。
加賀美屋の最終回でありながら、朝倉家の“次の世代へのバトン”まで描いた場面としてかなり重要だった
桜のシブーストが届く。
啓吾が安心する。
智也が継ぐと言う。
つまりここでは、
加賀美屋の再生だけではなく、
朝倉家の未来の形
まで見え始めている。
最終回の前半としてかなり意味のある場面だったと思う。
伸一と柾樹がようやく並んだ――“新しい加賀美屋”が本当に動き出した場面
- 伸一(東幹久)と柾樹(内田朝陽)が、新しい加賀美屋に向けた準備に取り掛かっている。
- 二人は、新しく建て増すための図案を見ながら業者と打ち合わせをしている。
- その様子を見た久則(鈴木正幸)と環(宮本信子)は、伸一と柾樹もいい関係になったと安堵している。
- 久則が、一時はどうなることかと思ったと漏らす。
- それに対して環は、「人は変わるもの。ううん、変わることができるのよ」としみじみつぶやく。
- その様子を見て久則は、環も変わったと言う。
- 二人は笑顔を見せる。
個人的感想
新しい加賀美屋に向けて建て増しの図面を見ながら、伸一が業者に「伝統と格式」が売りだから本館の雰囲気は損なわないようにと注文している。ここ、かなり大きいよなと思った。あれだけ新しくリゾートホテルのようなものにしたいと突っ走っていた伸一が、ここではちゃんと加賀美屋の伝統や雰囲気を残す方向へ考え方を変えている。
もちろん、そこに至るまでには柾樹とかなり話し合ったんだろうなと思う。図面を見ても、柾樹が以前から考えていた掘りごたつ付きの離れ案が採用されているのかまでははっきり分からなかった。でも少なくとも、伸一と柾樹の間でこの案について合意形成ができていることは伝わってきた。そこが何より大きい。
その様子を見て、久則と環が安堵しているのもよかった。柾樹は伸一を立て、伸一も柾樹を信用するようになった。ここまで来るのにずいぶん遠回りしたけど、ようやくこの二人が同じ方向を向けるようになったんだなと思う。
環の「人は変わるもの。ううん、変わることができるのよ。」という言葉もかなりよかった。本当に、伸一も柾樹も環も変わったと思う。伸一と柾樹は、自分の考えだけを押し通すのではなく、相手の意見を聞けるようになった。環も、カツノ(草笛光子)が選んだ夏美を女将として認められないと頑なだった頃と比べたら、かなり柔らかくなった。
一方で、久則はあまり変わっていない感じもある。でも、久則はあれでいいんだろうなとも思う。あのとぼけた存在感は、変わらずそのままでいてくれた方が、かえって加賀美屋らしいのかもしれない。
この場面で大きいのは、“再建”がようやく図面と会話のレベルで具体化したことだと思う
ここまで加賀美屋は、危機をしのぐことに必死だった。
でも今回は違う。
図面がある。
業者と話している。
つまりここで初めて、
加賀美屋の未来が具体的な形を持ち始めた。
かなり大きい。
伸一が“伝統と格式を守る”側の言葉を口にするのは、かなりはっきりした変化だと思う
昔の伸一なら、もっと派手に変えたいと言っていたはずだ。
でも今は違う。
加賀美屋の良さを壊さずに、新しくしていく。
つまりここで伸一は、
変えることと
残すこと
の両方を考えられるようになっている。
かなり大きな成長だと思う。
柾樹と伸一が“どちらが正しいか”ではなく“どう折り合うか”の段階に入っているのがいい
この二人はずっと、発想がぶつかっていた。
でも今は違う。
どちらかが勝った感じではない。
ちゃんと折り合っている。
つまりここでようやく、
対立関係
から
共同経営者的な関係
へ進んだ。
かなり最終回らしい着地だと思う。
環の「変わることができる」は、他人だけじゃなく自分自身にも向けた言葉なんだろうなと思う
ここがかなりいい。
伸一も変わった。
柾樹も変わった。
でもそれだけじゃない。
環も変わった。
久則にそう言われて笑うところまで含めて、かなりよかった。
つまりこの場面は、
周囲の変化を認める環
であると同時に、
自分の変化も受け入れた環
の場面でもある。
“危機を乗り越えた”ことよりも、“そのあとどういう加賀美屋を作るか”が見えた場面としてかなり重要だった
買収騒動が終わった。
仲直りした。
それだけでは終わらない。
その先に、どういう旅館を作るのか。
ここでようやく、それが見え始める。
つまりこの場面は、
物語の解決
ではなく、
未来の設計
が始まった場面なんだと思う。
最終回のかなり大事な場面だった。
さんさ踊りに重ねた“新しい加賀美屋”――再生した家族が街の中へ戻っていった場面
- 夏美は従業員たちの前で、今日からさんさ踊りが始まり、大勢のお客様が来ることを伝え、よろしくお願いしますと頼む。
- さらに、来年新しく生まれ変わる加賀美屋を知ってもらうために、今年は加賀美屋もさんさ踊りに参加することにしたと説明する。
- さんさ踊りに参加する加賀美屋チームの先頭では、健太(鈴木宗太郎)と勇太(小室優太)が二人で「2007年春 新館開業 加賀美屋」と書かれた横断幕を持っている。
- その後ろを、夏美、環、恵美子(雛形あきこ)が踊っている。
- さらにその後ろでは、久則、柾樹、伸一、浩司(蟹江一平)が太鼓を叩いている。
- 沿道の客席では、時江(あき竹城)が加賀美屋のうちわを配っている。
- さらに後ろの席では、平治(長門裕之)と政良(奥田瑛二)が一緒に加賀美屋チームの踊りを見ている。
- そして最後列の席には、笑顔のカツノの姿がある。
- ナレーションで、夏美が横浜を離れ加賀美屋に来て、二度目の夏が終わったことが語られる。
個人的感想
さんさ踊りを楽しそうに踊る夏美たちを、平治や政良がうれしそうに見ている。その構図だけでもかなりよかった。そして、その後ろには笑顔のカツノの姿。ここまで来ると、もう座敷童もカツノの幻も見慣れているから、客席にカツノがいてもそこまで驚かない自分がいる。完全に耐性がついてしまった。
でも、この場面のカツノはやっぱりよかった。夏美をはじめ、加賀美家のみんなのことが心配で、天国から見に来たんだろうなと思うし、ようやくここまで来たか、という顔で見守っているようにも感じた。物語の最後にカツノをちゃんと客席に置くのは、やっぱりこの作品らしい締め方だと思う。
それと、夏美の踊りは普通に様になっていたと思う。最初の頃の夏美だったら、もっと不器用さや浮いた感じが出ていたかもしれないけど、ここではもう加賀美屋の一員として、その場にちゃんと馴染んでいる感じがあった。そういう意味でも、このさんさ踊りの場面は、夏美が本当に加賀美屋の人間になったことを示す場面なんだろうなと思った。
この場面で大きいのは、加賀美屋が“閉じた家”ではなく“街に開かれた存在”として戻ってきたことだと思う
ここまでの加賀美屋は、ずっと内側の問題と戦っていた。
家族の不和。
買収騒動。
従業員の離脱。
つまり、かなり“家の中”の物語だった。
でも最後は違う。
さんさ踊りという街の祭りに出る。
新館開業も宣伝する。
うちわも配る。
つまりここで加賀美屋は、
再び街の中へ戻っていく。
かなりいい締め方だと思う。
健太と勇太が横断幕を持ち、環・夏美・恵美子が踊り、男たちが太鼓を叩く構図は、かなり分かりやすく“家族総出”を見せている
これ、すごく終盤らしい。
誰か一人が中心ではない。
子どももいる。
女将も若女将もいる。
男たちもいる。
時江も客席側で働いている。
つまりここでは、
加賀美屋に関わる全員がそれぞれの場所で機能している。
かなり気持ちのいい構図だと思う。
「2007年春 新館開業 加賀美屋」の横断幕は、ただの宣伝ではなく、“未来を口にできるところまで戻った”ことの象徴でもある
これはかなり大きい。
危機の最中には、明日の営業さえ見えなかった。
それが今は、来年の話をしている。
しかも横断幕にして人前で出している。
つまりここで加賀美屋は、
未来を信じられる状態
にまで戻った。
かなり感慨深い。
平治と政良が並んで見ているのも、地味だけどかなりいい
ここもよかった。
加賀美屋の外側にいた人たち、少し距離のあった人たちも、ちゃんとこの再生を見届けている。
しかも、そこに平治と政良が並んでいる。
かなり静かだけど、加賀美屋をめぐる周囲の人間関係まで少し丸くなったことが見える場面だった。
カツノを最後列に置いたのは、“この物語の価値判断”を最後にもう一度示すためなんだろうなと思う
カツノはもうこの世にはいない。
でもいる。
それがこの作品だ。
つまりここでは現実の整合性よりも、
見守ってくれている存在がいる
ことの方が大事なんだろう。
しかも客席の最後列にいる。
それはたぶん、前に出て導くのではなく、
もう今は安心して見守っているという位置なんだろうなと思う。
かなりきれいな置き方だった。
「二度目の夏が終わった」は、夏美が加賀美屋で“ただ過ごした”のではなく、“季節を重ねる人”になったことを示しているんだと思う
最初の夏。
そして二度目の夏。
それを終える。
つまり夏美はここで、
一時的に立ち寄った人ではなく、
加賀美屋で季節を重ねていく人
になった。
この言い方がすごく最終回らしいし、静かでいい。
事件の解決を見せるというより、“加賀美屋がまた季節の中へ戻っていくこと”を見せた場面としてかなり美しかった
買収騒動が終わった。
仲直りもした。
新館の話も出た。
でも最後に見せるのは、裁判でも株でもなく、さんさ踊り。
つまりこの作品は最後に、
暮らしと季節の中に戻っていくこと
を描いて終わろうとしている。
かなりどんど晴れらしい、いい最終回の後半だったと思う。
それぞれの春、それぞれの再出発――加賀美屋の“その後”が一気に広がった場面
- 翌年の春が訪れる。
- 環はカツノの遺影に向かい、新しい加賀美屋になろうとしていること、自分が女将として精いっぱい務めるつもりであることを報告している。
- その後、環は夏美と向かい合って話をする。
- 夏美も環に対して、自分の決意を示す。
- そこへ平治が、風鈴ができたと言って持ってくる。
- 夏美がその風鈴を吊るすと、音が鳴り始める。
- その風鈴の音を聞いた伸一が、ついに座敷童を目撃する。
- 驚く伸一に夏美が「どうかしたんですか?」と聞くと、平治と環は「やっと見えたようだな」と笑い合う。
- 一方、イーハトーブにはたくさんの客が入っている。
- アキ(鈴木蘭々)はカメラマンとして国際的な賞を取り、アメリカへ旅立っていった。
- ビリー(ダニエル・カール)は接客をしており、厨房には裕二郎(吹越満)と咲(兼崎杏優)の姿もある。
- 聡(渡邉邦門)は父・岸本隆一郎(夏八木勲)の事業を手伝っている。
- 隆一郎は、夏美から届いたハガキを読み、盛岡はいいところのようだし、いい仲間もいるようだと聡に話す。
- 聡は胸を張って「俺のふるさとです」と答える。
- 佳奈(川村ゆきえ)は新人の京子に靴磨きを教えている。
- 佳奈は聡を待つ決心をしている。
- 政良は岩手山の絵を描いている。
- そこへ弟の久則が自転車で弁当を届けに来る。
- 加賀美屋では、柾樹と伸一が工事業者に指示を出している。
- 彩華(白石美帆)は板場に来て浩司と仲良く話している。
- それを見て篠田(草見潤平)も笑顔を見せ、英雄(遠藤信)と哲也(宇佐見健)も笑っている。
- 清美(中村優子)、康子(那須佐代子)、則子(佐藤礼貴)、恵(藤井麻衣子)はシーツを運びながらぶつかって転び、笑い合っている。
- 母屋では恵美子が健太と勇太と笑いながらハンバーグを作っている。
- 中庭では時江と中本(高橋元太郎)が、みんなこの加賀美屋のことが好きなんだなあと話している。
個人的感想
環は、おもてなしの心を持っていればどんな道も開けていく、それを夏美がみんなに見せてくれたと言う。そして、そのおもてなしの心で新しい加賀美屋を成功させなければならないと話す。夏美もまた、若女将として何があってもこの加賀美屋を守り抜き、180年続いた伝統を未来へ伝えていくと宣言する。ここまで見てくると、夏美のしてきたことって、ぶっちゃければギブアンドテイクの「テイク」を求めずに、ひたすらギブを続けてきたことなんじゃないかとも思えてくる。ギブアンドギブを続けていたら、結果として相手が勝手に返してくれるようになった、ということなのかもしれない。おもてなしの心を「見返りを求めない心」とまで言うのは少し意訳しすぎかもしれないが、かなり近いものはある気がする。
そして、風鈴の音がトリガーになって、ついに伸一にも座敷童が見えてしまった。ここはかなりよかった。ただ、同時に一つ大きな疑問も残る。どうして伸一の隣にいた柾樹には見えなかったんだろう。この場にいたのは伸一、柾樹、平治、環。平治と環はもうすでに座敷童を見ている。そして今回、伸一も見ることになった。伸一と柾樹は隣にいて、同じ風鈴の音を聞き、同じように夏美を見ていたはずなのに、なぜ伸一にだけ見えたのか。考えられる仮説としては、柾樹は子どもの頃にすでに座敷童を見ていて、今さら見せる必要がないのかもしれない。あるいは、婚姻関係にあり、肉体関係もあるような間柄では、夏美を「座敷童」と見間違えるような現象は発動しないのかもしれない。こんなおかしな仮説を真面目に考えるのも、最終回の今日までなんだなと思うと少し寂しくもある。
イーハトーブにあんなに客が入っているのを見たのは初めてかもしれない。アキは国際的な賞を取ってアメリカへ旅立っていったらしいが、加賀美屋の奮闘を記録した写真は結局どうなったんだろうなとも思う。ビリーが接客し、厨房には咲もいる。にぎやかでいい光景ではあるけれど、文句を言いそうな大人がいそうで少し心配にもなる。聡も父の会社で頑張っているようだ。いずれまた南部鉄器職人の道へ戻るつもりなのだろうが、岸本会長にとって聡は一人息子なんだろうか。他に跡取りがいるのかどうかは少し気になるところだ。夏美がハガキを送るだけで岸本会長の心をかなり動かしているのを見ると、やっぱり少しの手間を惜しんではいけないんだなと思う。何しろ加賀美屋の大株主さんだからな。
佳奈が聡を待つ決心をしているのもよかったし、政良と久則の兄弟が普通に会話して仲良くしている風景もよかった。久則はやっぱり兄のことをかなり慕っているんだなというのが伝わってくる。ひょっとしたら、あの弁当も元板前の久則が自分で作ってきたのかもしれない。政良が今も遠野で暮らしているのかなど、気になることはたくさんあるけれど、それもまた“それぞれの人生が続いている”ということなんだろう。
加賀美屋に戻ると、伸一が工事業者に「お客様が足元を滑らせないように敷石にも十分配慮してほしい」と注文をつけているのがかなりよかった。ハクサンチドリの吉田様を怪我させてしまったことが、ちゃんと教訓として生きているんだなと思った。板場では彩華が入ってきても篠田は笑顔だし、浩司は結婚式の日取りの話までして浮かれまくっている。英雄と哲也もいつの間にか戻ってきているし、かつてのパワハラ体質っぽかった板場が笑顔で回っているのを見ると、着実に変わったんだなと感じる。
一方で、仲居たち四人がシーツを抱えてぶつかって転ぶ場面は、正直ちょっと危ない。あれは普通にヒヤリハット案件として報告して、改善した方がいいと思う。最後までそういうところが気になってしまうのはもう病気みたいなものかもしれない。恵美子もまた家事に専念できて、健太と勇太も笑顔だし、時江と中本という勤務歴の長いベテラン二人がしみじみ語り合っているのもかなりよかった。みんなそれぞれに人生があって、みんなそれぞれがちゃんと成長している。そういう“その後”をきちんと見せてくれたのは、この最終回らしい優しさだったと思う。
この場面で大きいのは、“加賀美屋が助かった”だけではなく、“関わった人たち全員の未来”がちゃんと動き出していることだと思う
最終回だから、加賀美屋だけ映して終わることもできたはずだ。
でも実際には違う。
イーハトーブもある。
聡もいる。
佳奈もいる。
政良もいる。
板場も仲居も母屋もある。
つまりここでは、
一つの旅館の再生
ではなく、
この物語に関わった人たちそれぞれの人生が続いていくこと
が描かれている。
かなり丁寧な締め方だと思う。
風鈴と座敷童の場面は、伸一がようやく“加賀美屋の不思議”を本当の意味で受け取った瞬間なんだろうなと思う
伸一は最後まで現実の人だった。
経営のことを考え、焦り、間違え、失敗した。
でもそんな伸一に、最後になって座敷童が見える。
つまりここでようやく、
加賀美屋が守ってきたものの側
へ完全に入ってきたんだろうなと思う。
ただ、柾樹にはなぜ見えなかったのか、という疑問はやっぱり残る。
そこは本当に気になる。
でも、その疑問ごと含めてどんど晴れだったとも言えるのかもしれない。
環の言う「人は変わることができる」が、最終回では加賀美屋全体の姿として回収されている感じがある
伸一が変わった。
柾樹も変わった。
環も変わった。
板場も変わった。
仲居たちも変わった。
そして加賀美屋そのものも変わった。
つまりこの場面は、
人は変われる
というこの終盤のテーマが、
人だけでなく旅館全体にも当てはまっていたことを見せている。
かなりきれいな回収だと思う。
一本桜のシブーストや新館工事や新人教育まで入っているのは、“守る”だけでなく“次へ進む”段階に入ったことを示している
守り切った、で終わらない。
新館を作る。
新人を育てる。
新商品を出す。
つまり加賀美屋はここで、
現状維持
ではなく
次の時代を作る
段階へ入っている。
これはかなり大きい。
最終回の結末というより、“その後もちゃんと生きていく世界”を見せた場面としてとてもよかった
誰かが劇的に勝つわけではない。
誰かが全部を解決するわけでもない。
でも、それぞれがそれぞれの場所で暮らし、働き、待ち、作り、支え合っている。
つまり最後に描かれたのは、
事件の終わり
ではなく
暮らしの続き
そこがすごくよかったし、どんど晴れらしい最終回の締め方だったと思う。
一本桜の前でたどり着いた笑顔――『どんど晴れ』が最後に置いた景色
- 夏美と柾樹は一本桜の前に来ている。
- 柾樹は、母の思い出があるこの桜を見上げると、これまではいつも寂しい気持ちになっていたと話す。
- しかし今は、夏美のおかげで笑顔で見上げられるようになったという。
- 夏美は、これまで出会ってきた一つひとつの笑顔が自分を勇気づけてくれていたことに気づいたと話す。
- そして、みんなの笑顔があるから、自分もまた笑顔になれるのだという。
- 夏美と柾樹は一本桜の前で笑い合う。
- 夏美は一本桜に向かって、「これからもずーっと見守っていてくださいね」と語りかける。
- ナレーションで、これからも夏美の女将修業は続いていくが、物語はこれでおしまいであると語られる。
- 半年間にわたって放送された『どんど晴れ』は、ここで幕を閉じた。
個人的感想
まずは、一本桜が本当にきれいだったなと思う。そして、その前に立つ夏美の笑顔もすごくよかった。半年間にわたって見続けてきた『どんど晴れ』が、ついにここで終わってしまったんだなと思うと、やっぱり少し寂しい。
もちろん、最後まで見てきた中で、どうしても気になる点はいくつもあった。あれはどうなったんだ、ここはもっとはっきりしてほしかった、と思うところも正直かなりある。でも、この最終回のラストまで来てしまうと、そういう細かいことはひとまず脇に置いて、物語としてきれいに終わってくれたことをまず受け止めたい気持ちの方が強い。もし全部まとめた総括記事を書くなら、その時に改めていろいろ触れてみたい。
振り返れば、『どんど晴れ』が始まってしばらくの間は、夏美の暴走をずっと見せられているような感覚があって、自分はいったい何を見ているんだろう、この作品の感想を最後まで書き続けられるんだろうか、と心配していた。でも夏美が若女将に就任したあたりから、あの暴走感も少しずつ収まってきて、経営改革や買収騒動など物語そのものにも面白さが出てきた。気づけば最終回まで完走していた、という感じだ。
半年間の中で、登場人物たちはみんな少しずつ成長していったと思う。その中でも、やっぱり夏美はかなり変わった。加賀美屋で働いたのは作中で二年ほどだとしても、その二年の中で本当に成長したんだろうなと思う。途中で離脱を考えたことは一度もなかったけれど、終盤に向かって面白さが増していくのを実感できたからこそ、最後まで見続けてよかったと素直に思う。
この作品を今なぜ放送するのか、みたいな意見を見かけることもあったけれど、自分の中では『どんど晴れ』を今あらためて放送したことにはちゃんと意味があったと思っている。そしてたぶん、自分は156話すべて、その日のうちに感想記事を上げてきた。その156話分を全部積み重ねたからこそ見えてきたことも確実にある。そのあたりも、余裕があれば別記事でまとめてみたい。
とりあえず今は、夏美をはじめとした登場人物たちの成長の余韻に浸りながら、この感想記事を終えたい。おそらく、次のアンコール枠『ひまわり』については感想記事は書かないと思う。だから、『どんど晴れ』全156回の通常の感想記事としてはこれで本当におしまいだ。こんな記事でも読んでくれた人には感謝したい。ありがとうございました。
このラストで大きいのは、『どんど晴れ』が最後に“問題の解決”ではなく“笑顔で見上げられる景色”を置いたことだと思う
最終回だから、もっと説明的に終わることもできたはずだ。
未回収の要素を整理したり、誰かが全部を言葉にしたり。
でもこの作品はそうしなかった。
最後に置いたのは、一本桜と、そこで笑い合う二人だった。
つまりこのラストは、
何が解決したか
ではなく、
どういう気持ちで未来を見上げられるようになったか
を見せる終わり方なんだろう。
かなりきれいだと思う。
柾樹の「寂しい気持ちで見上げていた桜を、今は笑顔で見上げられる」は、この物語全体の変化をすごくよく表している
一本桜は、ただの思い出の場所ではなかった。
母を失った寂しさや、柾樹の中にあった欠落とも結びついていた。
その桜を、今は笑顔で見上げられるようになったと言う。
つまりここでは、
場所は同じでも、自分が変わったことで景色の意味が変わる
ことが示されている。
すごくいい締め方だと思う。
夏美が「みんなの笑顔があるから自分も笑顔になれる」と言うのは、この作品の主人公像をかなりよく表している
夏美は、自分一人で道を切り開くタイプの主人公ではなかった。
どちらかというと、人に働きかけ、人と関わり、その反応に支えられて進んできた人だった。
だから最後に、自分を勇気づけてくれたのはみんなの笑顔だったと言う。
これはつまり、
夏美の成長が、人との関係の中で起きていた
ことを、そのまま言葉にしているんだろう。
かなりこの作品らしい。
「これからも女将修業は続いていく」で終わるのもすごくいい
完全に一人前になりました、では終わらない。
全部分かりました、でも終わらない。
これからも続いていく、と言う。
これはすごく誠実だと思う。
夏美は成長した。
でも完成したわけではない。
女将修業も人生も、まだ続いていく。
その余白を残して終わるのが、かなりよかった。
“最初は心配だったけど、最後まで見てよかった”という感覚自体が、この作品の評価としてかなり大事なんだと思う
最初から完璧に面白かったわけではない。
むしろ、序盤はかなりクセが強かった。
でも見続けたことで見えてくるものがあった。
終盤にかけて効いてくるものがあった。
そして156話全部見たからこそ感じられるものがあった。
それってたぶん、この作品にとってすごく大事な評価なような気がする。
単発でどうこうではなく、
長く付き合った人にだけ見えてくる味わいがある
ということだから。
『どんど晴れ』という作品そのものを“きれいに見送るための場面”としてかなりよかった
買収騒動の結論でもない。
経営改革の成果でもない。
誰かの勝利宣言でもない。
一本桜の前で、笑顔になる。
それで終わる。
細かく見れば、気になる点はたくさんある。
でも最後にこの景色を置かれると、
とりあえず今は細かいことを言わず、この余韻を受け取りたくなる。
そういうラストだったと思う。
まとめ
今回の最終回でまず印象に残ったのは、朝倉家の未来がかなりはっきり見えたことだった。桜のシブーストを作った啓吾はすっかり元気を取り戻しているように見えたし、何より智也がケーキ屋を継ぐと宣言する。少し早すぎる決断のようにも見えたけれど、父が倒れた時に自分が必要とされ、頼られたことが智也の中でかなり大きかったんだろうなと思う。房子と啓吾が、智也はどちらに似たのかと言い合っている場面も自然で、ようやく朝倉家にも穏やかな時間が戻ってきたんだなと感じられた。
一方、加賀美屋では、危機をしのいで終わりではなく、“その先”がしっかり描かれていたのがよかった。伸一と柾樹が業者と図面を見ながら打ち合わせをし、伝統と格式を守りながら新しい加賀美屋を作ろうとしている。ここで大きいのは、どちらか一方の案が勝ったという感じではなく、ようやく二人が折り合いをつけて同じ方向を向けるようになったことだと思う。あれだけ噛み合わなかった二人が、今度こそ一緒に加賀美屋を作っていこうとしている。その姿を見て久則と環が安堵しているのも、かなり感慨深かった。
環の「人は変わるもの。ううん、変わることができるのよ。」という言葉も印象的だった。本当に、伸一も柾樹も環も変わった。伸一は伝統を残す視点を持つようになり、柾樹は相手を立てながら進めるようになった。環もまた、かつて夏美を認められずにいた頃と比べたら、ずいぶん柔らかくなった。久則だけはあまり変わっていないように見えるけれど、あのとぼけた感じはむしろ変わらないでいてくれた方がいいのかもしれない。
そして最終回らしかったのは、加賀美屋だけでなく、周囲の人たちそれぞれの“その後”まできちんと描かれたことだ。聡は父の会社を手伝いながらも、平治のもとへ戻ると決意し、佳奈が聡を待つ決心をしているのもよかった。政良と久則の兄弟が仲良くやっている様子も、かなり穏やかでいい場面だった。イーハトーブに客がたくさん入っていること、アキが国際的な賞を取りアメリカへ旅立ったことなども含めて、この世界がちゃんと動き続けているんだなと感じられた。
加賀美屋の中でも、それぞれの場所で変化が見えていた。板場では彩華が普通に出入りし、篠田も笑顔を見せている。英雄と哲也もいつの間にか戻ってきていて、かつてのギスギスした空気はかなり薄れていた。仲居たちは仲居たちで相変わらずどじっぷりを見せていたけれど、それも含めて加賀美屋らしい日常が戻ってきた感じがあった。恵美子も家事に専念できて、健太と勇太も笑顔だし、時江と中本というベテラン二人が「みんなこの加賀美屋のことが好きなんだなあ」と語り合う場面も、この最終回の空気をよく表していたと思う。
そして、さんさ踊りの場面もかなりよかった。加賀美屋はもう閉じた家ではなく、街へ開かれた存在として戻ってきたんだなと感じた。健太と勇太が「2007年春 新館開業 加賀美屋」と書かれた横断幕を持ち、環、夏美、恵美子が踊り、久則、伸一、柾樹、浩司が太鼓を叩く。時江はうちわを配り、平治と政良が見守り、最後列にはカツノの姿まである。かなりできすぎなくらいきれいな場面だけど、最終回としてはすごく良かった。カツノがもう前に出て導く存在ではなく、客席から見守る側に回っていたのも、この物語の終わり方としてきれいだったと思う。
翌年の春の場面では、ついに伸一にも座敷童が見える。ここは嬉しかったけれど、なぜ隣にいた柾樹には見えなかったのかという疑問は最後まで残った。柾樹はすでに子どもの頃に見ているから今さら見せる必要がないのか、それとも夫婦の距離感ではもう“夏美が座敷童に見える”現象は起こらないのか。そんな妙な仮説を最後まで考えてしまうのも、どんど晴れを見続けてきた楽しさだったのかもしれない。
そしてラスト。一本桜の前で、柾樹は母の思い出があるこの桜を、以前は寂しい気持ちで見上げていたけれど、今は笑顔で見上げられるようになったと言う。夏美は、これまで出会った一つひとつの笑顔が自分を勇気づけてくれていたことに気づいたと言う。このやり取りはかなりよかった。結局この作品は、何が解決したかを説明するより、どういう気持ちで未来を見上げられるようになったかを見せて終わるんだなと思った。だからこそ、細かく気になる点はいろいろあっても、このラストまで来ると、とりあえず今はその余韻を受け取りたくなる。
正直、『どんど晴れ』を見始めた頃は、夏美の暴走を見せられ続けて、自分はいったい何を見ているんだろう、このまま最後まで感想を書き続けられるんだろうかと不安になる瞬間もあった。でも、若女将就任以降は夏美も少しずつ落ち着き、経営改革や買収騒動など、物語としての面白さも増していった。気がつけば156回を完走していた。半年間、毎日その日のうちに感想記事を書き続けたからこそ見えてきたものも確実にあったと思う。だから今は、細かい違和感や未整理の部分も含めて、この作品を最後まで見続けてよかったと素直に思う。
『どんど晴れ』全156回の通常の感想記事としては、これで本当におしまいです。こんな記事でも読んでくれた方には感謝したいです。ありがとうございました。
『どんど晴れ』を最後まで見て、スペシャルも気になっている方へ。
『どんど晴れスペシャル』の視聴方法を別記事にまとめました。NHKオンデマンドで見つからない場合の候補も整理しています。
広告
懐かしい朝ドラをもう一度見たい方はこちら → NHKオンデマンドでは見られないけどTSUTAYA DISCASで楽しめる朝ドラ5選
