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2026年4月10日放送の『風、薫る』第10回は、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が同じ場所にいながら、物事の受け止め方も、人の痛みへの向き合い方もかなり違うことがはっきり見えた回だった。ここまでの2週間は、とにかく苦しくて重い展開が続いていたが、今回はその重さの中でようやく「この先、何かが動きそうだ」という入口が見えてきた気がする。
とくに印象的だったのは、りんが清水卯三郎(坂東彌十郎)と出会い、「女でも男でも、双六の目から外れた人も生きていける世の中に変えてほしい」と口にするところだった。りんはまだ、自分の願いがどういう言葉で表せるのかも分かっていない。でも、その願い自体はもうはっきり生まれている。第10回は、そんな変化の芽が見えた回だったように思う。
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第10回のポイント
- りんと環(宮島るか)は教会で炊き出しを受け、直美とあらためて名前を交わす。
- りんは環を直美に預けて仕事を探しに行くが、なかなか働き口は見つからない。
- 直美は自分の境遇を環に重ねながら、りんへの苛立ちも強めていく。
- りんは清水卯三郎と出会い、「双六の目から外れた人も生きていける世の中」への思いを口にする。
個人的に印象に残ったこと
今回まず印象に残ったのは、りんと直美がようやくちゃんと名前を教え合う場面だった。りんが「直美」という名前を聞いて、「さすが東京。文明が開化したお名前ですね」と言うところは、独特で、でもすごくいい言い回しだと思った。珍しい名前に驚きながらも、変だとかおかしいとかではなく、「文明が開化したお名前」と受け取るところに、りんらしい素直さがある。
ただ、そのあとすぐに、りんの危うさもかなり見えてくる。環が歩きたがらないからといって、出会ったばかりの直美に預けて自分は仕事探しに行ってしまう。切羽詰まっているのは分かるし、りんの焦りも理解できる。けれど、見ている側としてはかなり怖いし、直美が明らかに困っているのに、そこを押し切ってしまうところには不安を覚えた。りんは悪い人ではないけれど、追い込まれると自分のことで頭がいっぱいになって、相手の立場や子どもの不安にまで意識が回らなくなるのかもしれない。
一方で、直美の側にもかなり大きな感情が動いていた。吉江(原田泰造)に環が捨て子なのかと聞かれて否定しつつも、直美自身はどうしても環に自分を重ねて見てしまう。自分は名前すら親からもらえなかった。「大家直美」という名前はみんなからの贈りものだという話も切なかった。吉江が、それはいい名前だと思うと言っていたのもよかったが、それでも直美の中にある「捨てられた子」という感覚は簡単には消えないのだろう。
だからこそ、りんがなかなか戻ってこないことにも、直美は強く反応してしまう。環を見ているうちに、「この母親も、結局は自分を捨てた親と同じなのではないか」という感情がどこかで膨らんでいたのかもしれない。りんへの怒りは、ただ待たされたことへの怒りだけではなく、自分の過去と重なる痛みごと噴き出していたように見えた。
りんの職探しの場面もかなり重い。子連れというだけで厳しいし、事情を正直に話せばなおさら難しい。そんな中で、そば屋の店主が「どんなにひどい亭主でも我慢するしかないんじゃないの。世の中、そういうもんだろう」と言い放つのは、この時代の本音なのだろうと思った。いくら苦しくても、母親なのだから戻るしかない。そういう価値観が当たり前にある世界なのだと改めて分かる。
その流れで登場する卯三郎がかなり異質だった。アメリカ土産のチョコレートをくれて、困りごとがあれば力になると言う。令和の感覚で見ればたしかに警戒したくなるし、りんの無防備さもかなり危うい。ただ、今回の卯三郎は、りんの話を面白がりながらも、ちゃんとその先にあるものを見ていたように思う。
りんが「明日までに嫁ぎ先を見つけていただけませんか?」と言うのもすごい話だし、昨日まで炊き出しを拒んでいたのに、今日は環の分までチョコレートを求めているところにも揺れがある。でも、この揺れはりんが変わり始めている証拠でもあるのかもしれない。人の善意を受け取れないままでは生きていけないと、少しずつ体で分かり始めているようにも見えた。
そして今回かなり大きかったのは、りんが卯三郎に向かって、「女でも男でも、双六の目から外れた人も生きていけるような世の中に変えてほしい」と願う場面だった。ここには、これまでりんが感じてきた苦しさが全部詰まっていた気がする。奥様にもなれない、淑女にもなれない、そういう“目から外れた人”はどうすればいいのか。その問いに対して、卯三郎が「それを社会という」と教えるのも印象的だった。
りんにはまだその言葉の意味がよく分からない。でも、男も女も、強い人も弱い人もいて、それで成り立つのが社会なのだという考え方は、りんにとって随分遠い世界の話に聞こえたはずだ。だからこそ、卯三郎は「随分先の世を生きている人」に見えたのかもしれないと思う。
そしてラスト、夜になってようやく教会へ戻ったりんを、直美が平手打ちする場面も強烈だった。暴力そのものは肯定できないけれど、環がずっと待ち、泣いていたことを思えば、直美の怒りが爆発するのも分かる。りんはここでようやく、自分がどれほど環を不安にさせたのかを痛感したように見えた。平謝りするしかないし、環にもきちんと謝る。その場面を見ていると、今のところ人の痛みに敏感なのはりんより直美の方だと感じるのも無理はない。
りんの危うさは「素直さ」と表裏一体なのかもしれない
今回のりんは、かなり危うかった。環を出会ったばかりの直美に預けることもそうだし、卯三郎に対してもあまりに無防備だ。令和の感覚で見れば、どちらも相当危ない。実際、今回は直美も卯三郎も善意のある相手だったからよかったものの、相手が違えば大変なことになっていたかもしれない。
ただ、その危うさはりんの愚かさだけではなく、人を疑いきれない素直さともつながっているのだろう。人の善意をそのまま受け取りやすいし、自分の困りごとをそのまま言ってしまう。その性質が今後どう出るのかは少し怖いが、同時に、それがりんの魅力でもあるのかもしれない。
直美はやはり、弱い立場の人を放っておけない人なんだと思う
今回の直美を見ていると、環やりんを助けるのはただの親切ではなく、もっと深いところから来ているように思える。自分自身が捨て子であり、痛みや飢えや不安を知っているからこそ、困っている人や弱っている人を簡単には見捨てられないのだろう。
だからこそ、りんへの怒りも強くなる。環の気持ちを思うと我慢できないし、何より、自分がかつて味わった痛みを環に重ねてしまう。優しいだけではなく、過去の傷があるからこその苛烈さも含めて、直美の人物像がかなり見えてきた回だった。
卯三郎は、この物語に新しい視点を持ち込む人なのかもしれない
今回いちばん空気を変えたのは卯三郎だったかもしれない。女でも男でも、強い人も弱い人もいて、それで社会なのだという発想は、りんの周りには今までなかったものだ。これまでの『風、薫る』は、家の中や身分や性別に縛られた世界が中心だった。そこへ、もっと広い見方をする人物が現れたことはかなり大きい。
明治の世でそこまで先の感覚を持っているのはかなり珍しく感じるが、だからこそ、この人が今後りんに与える影響は大きそうだ。ただの親切な人ではなく、りんの世界の見え方を変えていく存在になるのかもしれない。
りんの前に現れた #清水卯三郎。
大河ドラマ「#青天を衝け」の主人公 #渋沢栄一 が訪れたパリ万国博覧会へも参加している商人。
薩摩藩の #五代才助(五代さま)とも面識があるとか。▼見逃し配信はhttps://t.co/GDiDqQkcq5#見上愛 #坂東彌十郎#風薫るオフショット pic.twitter.com/5vSpRYKrA4
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) April 10, 2026
第10回は、ようやく「変化の入口」に立った回だった
ここ2週間は、正直かなり苦しかった。りんも直美も、ただただ追い詰められている印象が強かった。でも今回は、その苦しさの先に少しだけ新しい扉が見えてきた気がする。りんは卯三郎と出会い、直美とは本気でぶつかった。どちらも痛みのある出会いだったが、それでもこれまでとは違う何かが始まりそうな気配がある。
予告からも、ここから話が大きく動きそうな期待はある。第10回は、そのための助走としてかなり重要な回だったように思う。
まとめ
2026年4月10日放送の『風、薫る』第10回は、りんと直美の違いがはっきりと見えた回だった。りんはまだ危うく、直美の方が人の痛みをよく分かっているように見える。一方で、りんは卯三郎との出会いを通じて、自分がこれまで言葉にできなかった願いを少しずつ口にし始めていた。
まだ二人とも、どう生きたいのかは定まっていない。けれど、ただ流されるだけだった状態からは、少しずつ抜け出し始めているようにも見える。第10回は、ここから先に起こる変化の入口に立った感覚のある回だった。
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