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2026年4月2日放送の『風、薫る』第4回は、信右衛門(北村一輝)のコロリ感染と死を通して、りん(見上愛)がどうしようもない別れに直面する回だった。これまでも感染症の恐ろしさや、それにまつわる村人たちの偏見は描かれてきたが、今回はそれがとうとう一ノ瀬家そのものをのみ込み、家族の関係を引き裂くところまで来てしまった。
ただ悲しいだけではなく、父が最期に娘へ残した言葉があまりにも深い。「生きろ、りん。」という一言は、これから先のりんの人生そのものを動かす言葉になっていくのだろうと思わされた。
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第4回のポイント
- 信右衛門がコロリに感染し、りんは自宅で看病しようとするが、それもかなわない。
- 美津(水野美紀)と安(早坂美海)は東京から戻るが、村は閉ざされていて家に入れない。
- 信右衛門は納屋にひとり入り、りんにも決して近づかせようとしない。
- 最後に信右衛門はりんへ「生きろ」と言い残し、息を引き取ったように見えた。
個人的に印象に残ったこと
今回はもう最初から最後まで、信右衛門とりんの親子の場面が重かった。信右衛門がコロリに感染し、本人は避病院へ行こうとするのに、りんは家で看病しようとする。でも下男下女に頼もうにも金が足りない。一ノ瀬家がやはりかなり苦しい暮らしをしていることも、ここではっきり見えてきた。病気そのものだけでも大変なのに、金がないから選べる手段も限られてしまう。この現実がかなりしんどかった。
村に戻れない美津と安の描写もつらかった。村が閉鎖され、家に近づくことすら許されない。中村(小林隆)が「今戻っても村八分にされるだけだ」と告げる場面は、冷静な説明であると同時に、今のこの村では家族であることすら感染症の前では無力なのだと突きつけてくるようだった。コロナ禍の記憶がまだ新しい今見ると、家族なのに会えない、隔てられるという感覚がどうしても重なってしまう。
そして今回一番つらかったのは、信右衛門が自分から納屋に入り、りんに「入ってきたら斬る」とまで言うところだった。感染症の恐ろしさが親子の絆まで引き裂いてしまう。けれど、あれはりんを拒絶しているのではなく、娘にだけは絶対にうつしたくないという父の決意なのだと分かるから余計につらい。りんが「水だけでも自分に変えさせてください」と頼んでも許さないのも、もう信右衛門の中では父としての役目がそこにしか残っていないからなのだろうと思った。
夜が明けて、りんが折り鶴を投げ入れ、歌を歌う場面も印象的だった。納屋の中の信右衛門は「眠れぬわ」と返すが、表情はどこかやわらかい。体は弱っていっても、娘の声が届いていることが唯一の慰めになっていたのかもしれない。直接そばに行けなくても、りんは何とかして父の孤独を和らげようとしていたし、信右衛門もまた、それを受け取っていたように見えた。
そのあと返事がなくなり、りんが焦って薙刀を持ち出す場面はかなり胸が詰まった。扉を壊してでも中に入りたい。そう思うのは当然なのに、それすらできない。ここまで徹底して「そばに行けない」苦しさを描いてくるのが本当にきつい。
そして、信右衛門の最期の言葉があまりにも重かった。「死にかけているというのに、風を、この頬に受けたいと思う……。私は、まだまだ、生きたいようだ」。この言葉がまず苦しい。新右衛門は達観して死を受け入れる人ではなく、本当はまだ生きたかった人なのだ。そのうえで「腹を切って許されるのは武士の世まで。これからは、情けないと言われようとも、生きてゆかねばならぬぞ。いいか。生きろ、りん。」と娘に言い残す。これは単なる遺言ではなく、自分が武士として生きた時代を終え、その先の時代を娘に託す言葉に聞こえた。
りんが「父上がいないと嫌です」と泣くのも当然だったし、そのあと信右衛門の手を握って、まだ残る体温を感じながら「また間違えた……」とつぶやくのもつらすぎた。もっと早く手を握ればよかった、もっとできることがあったのではないか、助けられたのではないか。そういう後悔が全部押し寄せているように見えたし、同時に、もう別れなければいけない現実を受け止めきれない悲しさもそこにはあったのだと思う。
信右衛門は最後まで「父」として死んでいった
今回の信右衛門は、病人でありながら、最後まで父として振る舞っていたように思う。りんを納屋に入れないのも、看病させないのも、全部りんを守るためだった。感染症にかかった本人は弱っていくばかりなのに、それでも娘だけは守ろうとする。その姿は厳しいけれど、徹底していた。
だからこそ最期の「生きろ、りん。」が重い。ただ生き延びろという意味ではなく、どんなに情けなくても、無様でも、時代が変わっても、生き続けろという願いなのだろう。武士のようにきれいに死ぬことよりも、泥臭くても生きることの方が大切だと伝える父の言葉は、この作品の根っこにもつながっていきそうだ。
りんの「また間違えた」は、後悔と無力感が混ざった言葉だったのだと思う
りんの「また間違えた」という一言は、本当に苦しかった。前回、虎太郎の手を握れなかったことを悔いた時にも出てきたが、今回はその重みがまるで違う。今回はもう、やり直しがきかない。父の死を前にして、自分が何もできなかったという無力感がそのまま言葉になっていた。
ただ、ここで大事なのは、りんが単純に「自分のせいだ」と思っているわけではないことだと思う。本当は誰のせいでもないし、感染症の前では個人にできることには限界がある。それでも「もっと何かできたはず」と思わずにはいられない。そのどうしようもない後悔が、この一言に全部詰まっていたように見えた。
感染症が奪うのは命だけではなく、「見送る時間」なのだと思わされた
今回のつらさは、信右衛門が死んだことだけではない。美津も安も最期に会えないまま、村の外に閉め出されている。りんでさえ、近くにいるのに手を握れない。つまり、感染症は命だけではなく、家族がちゃんと別れを告げる時間まで奪ってしまうのだと強く感じた。
これは現代の感覚から見ても本当に重い。感染を防ぐという意味では正しい措置かもしれない。でも、その正しさの中で、人が人として見送りたい気持ちが押しつぶされていく。この作品はそこをかなり容赦なく描いているように思う。
これが、りんが看護の道へ進む決定的な痛みになるのかもしれない
第1週からかなり重い展開が続いているが、今回の出来事は、りんにとってただ父を失ったというだけでは終わらないはずだと思う。看病したくてもできなかった。助けたくても助けられなかった。最期にそばにいたくても、それすらかなわなかった。その痛みは、この先りんが「弱った人の側に立ちたい」と願うきっかけになっていくのではないか。
信右衛門が言っていた、誰かが弱った者の側に立てる世でなければさみしい、という言葉も思い出される。りんはこれから、その「側に立つ人」になっていくのかもしれない。そう考えると、第4回はあまりにも悲しい回だったが、同時にりんの人生が大きく動き出す回でもあったのだろうと思う。
信右衛門:「生きろ。りん。お前はきっと、優しい風をおこせる」
北村さんは撮影の合間などに楽しそうにお話しされています。暑いロケの日にエキストラの皆さんに扇風機を当ててあげる姿もお見かけしました。父上と同じく優しい北村さん📸#北村一輝#風薫るオフショット pic.twitter.com/btSswauDrt
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) April 2, 2026
まとめ
2026年4月2日放送の『風、薫る』第4回は、信右衛門の死を通して、りんが取り返しのつかない喪失と向き合う回だった。感染症の恐ろしさだけでなく、そのせいで家族が看病も別れも十分にできない苦しさまで描かれていて、とにかく重かった。
それでも、信右衛門が最後にりんへ託した「生きろ」という言葉は、ただ悲しいだけでは終わらない強さを持っていたように思う。この喪失が、りんをどこへ向かわせるのか。第4回は、その出発点になる回だったのかもしれない。
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