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2026年2月24日放送『どんど晴れ』第110回。
遠野で父・政良と和解した柾樹。
しかし加賀美屋に戻ると、待っていたのは母・カツノの強い拒絶だった。
「大女将として許せない」
その言葉の直後に倒れるカツノ。
家を守ってきた者の“筋”とは何か。
そして柾樹は、自らの過ちに気づき、
初めて「話し合う」と口にする。
第110回は、家族の再編が静かに動き始めた回だった。
※この回は、前日の展開を踏まえて見ると、より重みが増します。
👇 前回(第109回)の感想はこちら

大女将としての拒絶、そして突然の倒れる衝撃
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母屋の縁側で柾樹(内田朝陽)とカツノ(草笛光子)が向き合って話す。
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柾樹は遠野で父・政良(奥田瑛二)に会い、和解したことを伝える。
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カツノは「自分は許せない」と強く拒絶する。
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直後、カツノが胸を押さえて苦しみ出す。
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医者を呼び診察。
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医者は「体が弱ってきている。安静が必要だが、しばらく様子を見ましょう」と環(宮本信子)と久則(鈴木正幸)に告げる。
個人的感想
まず気になったのは、
カツノが柾樹の遠野行きの“本当の目的”に気づいていたこと。
ということは、
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政良が遠野にいることを知っていたのか
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あるいは薄々察していたのか
どちらにせよ、完全に無知ではなかった。
柾樹が父を許したと語るときの表情は穏やかだった。
「絶対に許さない」と言っていた割に、
柾樹自身には強い憎しみは初めからなかったのだろうか。
対してカツノは、
「加賀美屋を捨て、妻子を捨てたことは大女将として許せない」
と明言する。
ここが重要。
母としてではなく、
大女将として許せない。
柾樹が「でも……」と言いかけたとき、
カツノは遮った。
あれはきっと、
「もう大女将を引退しているのだから」
と言おうとしたのではないか。
確かに。
役職としての立場なら、
今はもうない。
だが、
カツノにとって“筋”は役職と切り離せない。
立場を捨てても信念は捨てない。
そこがカツノの強さであり、頑なさ。
そして倒れる展開。
正直、医療描写はこれでいいの?と心配になった。
救急車ではなく往診。
聴診程度で「様子見」。
現実なら精密検査もするんじゃないの?
ただ、ここは医学的リアリティよりも、
「精神的ショック=体への負荷」
を描きたかったのだろう。
カツノは強いが、
確実に老いている。
身体が先に限界を知らせてきた。
◆ 母ではなく“大女将”としての拒絶
カツノは政良を
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息子としてではなく
-
家を継ぐ者として
見ている。
加賀美屋は“家族”であると同時に“家”。
「家を守る者」という視点で見ると、
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家を捨てた
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妻子を捨てた
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逃げた
これは許されない。
母の感情よりも、
家の筋を優先している。
◆ 柾樹は立場でなく人で考え始めた
遠野後の柾樹は、
父の事情を理解した。
役割ではなく“人”として見た。
一方カツノは、
まだ“立場”で判断している。
ここに世代の断絶がある。
◆ 倒れた意味
カツノが倒れたのは偶然ではない。
-
長年の怒り
-
家を守る緊張
-
息子への未整理の感情
これが一気に揺らいだ。
信念を貫く人間ほど、
揺らぐ瞬間に体が反応する。
これは物語的にも、
「時間が残り少ないかもしれない」
という緊張を生む。
◆ 救急車ではなく往診だった理由
リアリティよりも、
-
大事(おおごと)ではないが不穏
-
すぐ死ぬわけではないが弱っている
という“中間の危機”を演出したかったのだろう。
物語は、
急死ではなく“残された時間”を描く方向かもしれない。
青いくるみと、カツノの後悔
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目を覚ましたカツノのそばには夏美がいる。
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カツノは遠野の様子を尋ねる。
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夏美は「風の又三郎」に会った体験を話し、証拠だと言って青いくるみを見せる。
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夏美は、政良が里親として暮らし、柾樹の絵を大切に持っていたことを伝える。
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カツノは、俊江(中江有里)が亡くなった後に政良が柾樹を迎えに来たが、自分が追い返したと告白する。
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自分が面倒を見てきたが、旅館が忙しく十分なことをしてやれなかったと後悔を口にする。
-
カツノは、自分が死んだ後でいいから政良をこの家に迎え入れてあげてほしいと夏美に頼む。
個人的感想
まず、青いくるみ。
遠野では地面に残されていたくるみ。
あの時はポケットにしまう描写もなかった。
それなのに今は着物の中に入れて持ち歩いている。
なぜだ。
証拠だと言うが、
そのくるみは遠野の屋外に落ちていたもの。
三郎から直接渡されたが夏美が放置したか捨てたもの。あるいは元からそこにあったもの。決して“保管物”ではない。
証拠能力はないだろう。
これはもしかすると、
夏美自身が「夢じゃなかった」と信じたい気持ちの象徴なのかもしれない。
自分の虚言ではないと、自分に言い聞かせるための物。
そして一番大きいのは、迎えに来たタイミング。
政良が柾樹を迎えに来たのは、
俊江が亡くなった後。
つまり――
柾樹を置いて出て行ってから、少なくとも5年以上は迎えに来ていない。
ここがかなり重い。
自分はこれまで、
5歳から9歳までの間に迎えに来たのではないかと好意的に補正していた。
5歳から9歳までの間に迎えに行き、断られたので俊江の葬儀にも行かなかったのだと思っていた。
だが、
10歳を過ぎ、母が亡くなった後に迎えに来た。
これだけを見ると、
俊江が生きていたら迎えに来なかった可能性もある。
政良像が一段シビアになる。
好意的解釈をしていた自分は少し反省した。
やはり描写されている事実に忠実でなければ危険だ。
そして女将の激務。
俊江は心労で早くに亡くなり、
カツノも旅館に縛られ、
十分に子育てできなかったと後悔している。
加賀美屋は「家族」を大切にしてきたと言うが、
実際には家業に食われている部分もある。
ワークライフバランスとは真逆の世界。
カツノの最後のお願い。
「自分が死んだ後でいいから政良を迎え入れてほしい」
これは許し。
だが、かなり遅い。
そして現実問題もある。
-
里子たちは?
-
政良が戻ったら経営権は?
-
伸一との関係は?
和解は感情の問題だが、
家に戻るのは構造の問題。
簡単ではない。
◆ くるみの意味は“証拠”ではなく“願い”
くるみは物理的証拠ではない。
これは、
-
信じたい気持ち
-
奇跡を手放したくない気持ち
の象徴。
夏美にとって三郎は、
柾樹の心をほどく存在だった。
その余韻を持ち続けたい。
◆ 政良の迎えは遅すぎたのか
時系列整理すると:
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5歳で出て行く
-
9歳で学校の近くにいる柾樹を遠くから見る
-
10歳で俊江が亡くなる
-
その後迎えに来る
ここには5年以上の空白がある。
政良が
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迷っていたのか
-
勇気がなかったのか
-
経済的・精神的余裕がなかったのか
いずれにせよ、
即座に迎えに行かなかった事実は残る。
ここをどう評価するかで、政良の人物像は変わる。
◆ カツノの後悔は“仕事に奪われた時間”
カツノは言う。
十分にしてやれなかった。
加賀美屋は家族経営だが、
家族の時間を奪う家業でもある。
俊江の死、
柾樹の孤独、
カツノの後悔。
すべてが
“家を守る代償”。
◆ 死後に迎え入れるという選択
これは象徴的。
生きている間は筋を通す。
死後に許す。
つまり、
今はまだ大女将としての筋を守る。
母としては許しているのだろうか。
二つの自分を分けている可能性はある。
板場の経費削減と、兄弟の対立
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柾樹は「おばあちゃんだって本当は父さんに会いたいはず」と心配する。
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環は、カツノは母としてではなく“大女将としての筋”を通したのだと理解を示す。
-
環と久則は、隠居しても家の中のことは全て分かってしまう人だから、身内の揉め事が気になったのだろうと案じる。
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浩司(蟹江一平)は、当初は柾樹のやり方に納得できなかったが、今は理解できると賛同。
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板場の経費削減が進み、赤字が改善する見込みだと明かされる。
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伸一(東幹久)は依然として柾樹を認められず、浩司と口論になる。
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久則が仲裁に入る。
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柾樹は環の言葉を思い出し、自分のやり方を反省。
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これからは皆と話し合い、力を合わせてやっていきたいと述べ、これまでの迷惑を謝罪する。
個人的感想
まず、「大女将としての筋」。
これが死ぬまで続くものなのか。
隠居しても“大女将”と呼ばれ続ける。
肩書きは降りても、
役割は消えない。
この曖昧な状態が、加賀美屋の構造そのものなんだろう。
家業と家族が分離できない。
柾樹の経営改革が本当に進むなら、
この曖昧な権威構造にもメスが入るのかもしれない。
そして板場の経費。
ここはかなり気になる。
月50万〜60万削減。
正直、大きい。
でも疑問。
板長の人件費は含まれていないのか?
もし板長退任で浮いた人件費込みなら、
改革の成果は少し見え方が変わる。
もし純粋に仕入れ改善だけで50万削減なら、
癒着は相当深かったことになる。
魚の卸変更だけでそんなに削減できるのか?
全体の食材コストのバランスはどうだったのか?
質を落としていないか?
ここは数字のリアリティとして気になる。
そして人間関係。
浩司が理解を示す。
伸一は認めない。
帳場 vs 板場
兄 vs 弟
ここに久則が入ってバランスを取る。
加賀美屋は三層構造。
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カツノ(精神的支柱)
-
環・久則(調整役)
-
柾樹・伸一(現場対立)
その中で柾樹が初めて、
「話し合う」
と言った。
あれだけ暴走していた人物が、
話し合うと言うだけで成長に見える。
それだけ前が極端だったということ。
◆ 「筋」は一生ものか?
加賀美屋の世界では、
役職は制度ではなく“生き方”。
隠居しても女将は女将。
これは近代的経営とは相容れない。
柾樹の改革は、
財務だけでなく構造改革にも及ぶ可能性があるのだろうか。
◆ 経費削減のリアリティ
月50万削減は、
年間600万。
かなり大きい。
可能性は三つ:
-
仕入れ単価の適正化
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廃棄ロス削減
-
人件費込み
もし①だけなら有能。
③込みなら見せ方の問題。
物語的には“成果を出した”印象を作る場面。
だが視聴者目線では少し検証したくなる。
◆ 伸一の抵抗は自然
伸一は、
-
感情的ではなく
-
立場的に納得できない
柾樹は外様。
伸一は家に残ってきた側。
承認欲求もある。
ここは単純な善悪ではない。
◆ 柾樹の最大の変化
今回の本質はここ。
「みんなで力を合わせてやっていく」
この言葉。
遠野前の柾樹は、
“自分が正しい”だった。
遠野後の柾樹は、
“みんなで”になった。
政良ができなかったこと。
それを息子がやろうとしている。
話し合うと決めた柾樹
-
夏美がカツノの看病をしている。
-
柾樹は夏美に、心配をかけたがこれからは皆と仲良くやっていきたいと話す。
-
政良から聞いた宮沢賢治の言葉を引き合いに出し、真摯な態度で接すれば石でも分かり合える、家族ならなおさら話し合えるはずだと語る。
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環や久則が自分と政良のことをどれほど気にかけてくれていたかに気づいたと明かす。
-
これまでこの家に自分の居場所がないと思っていたが、自分が見つけようとしていなかっただけだと悟る。
-
そんな柾樹を、夏美はこれまで以上に愛おしく感じるというナレーションで終了。
個人的感想
宮沢賢治の話、相当効いている。
「真摯な態度で接すれば石でも分かり合える」
遠野で聞いた一言が、
柾樹の行動原理になりつつある。
伸一以外は、確かに話し合える空気になっている。
あとは伸一。
ここが最大の山。
柾樹は居場所を見つけ始めた。
だが同時に、
伸一の居場所が薄れていっているようにも見える。
組合に頭を下げ、寄付金を払い、
今までの秩序を守ってきた側。
改革が進めば進むほど、
伸一の役割は縮小する可能性がある。
時江は最後まで伸一の味方だろう。
恵美子はどう動くか。
柾樹と話し合えと言うのか、
それとも伸一を支えるのか。
ここからは伸一の物語でもある。
◆ 「居場所」は与えられるものではない
今回の最大の気づき。
柾樹は
「自分には居場所がない」
と思っていた。
だが本当は、
探そうとしていなかった。
これは大きい。
加賀美屋は拒絶していたわけではなかったようだ。
柾樹が壁を作っていた。
遠野はその壁を崩した。
◆ 真摯な態度という武器
以前の柾樹の武器は、
正しさ。
これからの武器は、
誠実さ。
この違いは大きい。
正しさは対立を生んだが、
誠実さは関係を生む。
政良ができなかったのは後者。
柾樹は今、そこを学び始めた。
◆ 伸一の孤立は伏線
構図はこう。
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柾樹:成長曲線上
-
伸一:停滞、あるいは後退に見える
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浩司:理解者に転向
-
久則:調整役
-
環:静観しつつ導く
伸一だけが取り残されている。
だが物語的には、
最後に和解するのはたぶん伸一。
その前にもう一波乱あるかもしれない。
◆ 夏美の愛情の深化
最後のナレーション。
「これまで以上に愛おしく感じる」
夏美は、
完璧な男だから愛しているのではない。
弱さを見せ、
反省し、
変わろうとする姿を見ている。
成長する人間を愛している。
まとめ
第110回は、派手な展開よりも“姿勢の変化”を描いた回だった。
カツノは最後まで大女将の筋を守ろうとした。
しかしその裏には深い後悔があった。
政良は逃げた父かもしれない。
だが思い続けていた父でもあった。
そして柾樹。
正しさだけで突き進んでいた男が、
誠実さを武器にしようとし始めた。
「話し合う」
この一言は、
これまでの柾樹にはなかった言葉だ。
伸一はまだ揺れている。
カツノの時間も限られているかもしれない。
家族が本当に分かり合えるのか。
加賀美屋の物語は、
ここから本当の意味で再スタートを切る。
『どんど晴れ』感想まとめはこちら
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