本記事にはアフィリエイト広告を利用しています。
2026年1月15日放送の 『どんど晴れ』 第76回は、蔵での転倒事故をきっかけに、夏美の「頑張りすぎ」と、環の「消えない過去」が静かに浮かび上がった。
怪我をしてもなお働こうとする夏美。一方で、かつて大女将・カツノに否定された記憶から抜け出せない環。
女将修業の勝ち負けではなく、
「誰が今を生き、誰が過去に縛られているのか」
がはっきりと描かれた回だった。
※この回は、前日の展開を踏まえて見ると、より重みが増します。
👇 前回(第75回)の感想はこちら

仕事のあとに起きた怪我──頑張りすぎる夏美
-
忙しい時期にケガをした理由を、時江(あき竹城)が夏美(比嘉愛未)に確認する
-
夏美は、仕事のあとに器の名前を覚えようとして脚立に上り、不注意で足を痛めたと説明する
-
夏美は大したことはないとして、何か仕事をさせてほしいと申し出る
-
時江は、足を痛めている夏美を客前には出せないと判断し、蔵の整理の続行を命じる
-
佳奈(川村ゆきえ)と清美(中村優子)は、夏美の足の具合を心配する
-
夏美は痛む足を引きずりながら蔵の整理を続ける
-
その様子を時江が心配そうに見つめており、中本(高橋元太郎)がその姿に気づいて声をかける
個人的感想
昨日も触れた部分だが、今日の描写を見ていると、夏美のケガの原因はかなり具体的に描かれているように感じる。
それは、「仕事のあとに」「器の名前を覚えたくて」脚立に上っていた、という点だ。
この「仕事のあとに」という言葉を、素直に解釈するなら、労働時間が終了し、退勤後の時間帯と受け取るのが自然ではないだろうか。
もしそうであれば、夏美は業務命令としてではなく、労働時間外に自主的に勉強していた可能性が出てくる。
そう考えると、このケガが
-
業務を遂行中に起きたものなのか
-
労働から解放された後の私的行為に近いものなのか
という点は、かなり微妙なラインにあるように思える。
業務に起因するケガかどうかは、結局のところ労働基準監督署の判断を仰がなければ分からない話だろうし、労災に該当しない可能性もありえる。労災かどうかを判断するのは労働者本人でも使用者でもなく労働基準監督署だ。
ただ、制度の話とは別に、一つだけはっきりしていることがある。
それは「捻挫しているなら、無理せず病院に行きなさい」ということだ。
捻挫は軽く見られがちだが、癖になってしまうことも多い。
時江は「足を痛めているから客前には出せない」と判断し、その代わりに蔵の整理の続行を命じた。
しかし、その判断が本当に妥当なのかは、正直なところ少し不安になる。
もしこの状態でさらにケガをした場合、今度は
時江の指示によって、労働時間中に行っていた業務中の事故
と整理される可能性が高くなるだろう。
そうなれば、業務災害(労災)と判断される余地は一気に強まる。
さらに、「ケガをしていると分かっている人に蔵の整理を続けさせた」という点では、
安全配慮義務はどうなっているのかと責められてしまう場面にもなりかねない。
もちろん、時江自身も全く無関心だったわけではなく、心配そうに夏美を見守ってはいた。
ただ、「心配していた」という感情と、「適切な判断だったかどうか」は、やはり別の問題として切り分けて考えたくなる。
■ 夏美のケガは「業務災害」か「自主的行為」か
形式的に見ると、
・「仕事のあとに」という説明
・ 業務命令ではない
・ 自主的な勉強の一環
という点から、
労災に該当しない可能性は十分にあるような感じもする。
一方で、
・ 日中に体系的な教育がされていない
・ 器の名前を「自力で覚えるしかない」環境
・ 間違えると叱責・嘲笑される空気
がある以上、
自主性に見える行動が半ば強制されていたとも読める。
事故を
「自己責任」と切り捨てるか、
「構造が生んだ必然」と見るかで、
この場面の意味は大きく変わる。
■ 時江の判断は「配慮」か「リスクの先送り」か
時江は、
・ 足を痛めている夏美を客前に出さない
・ その代わりに蔵の整理を命じる
という判断をした。
これは一見、
・ 配慮
・ 現場判断
・ 妥協的対応
にも見える。
だが、
・ 足を痛めている事実は変わらない
・ 脚立や重い器を扱う可能性がある
・ 再度の事故リスクはむしろ高い
とも言える。
「客前に出さない=安全」
ではない点が、この判断の弱さでもある。
■ 心配している「気持ち」と判断の是非は別問題
時江は、
・ 夏美を心配そうに見ている
・ 放置しているわけではない
この描写があることで、
視聴者は時江を完全な加害側として見にくくなる。
ただし、
・ 心配していたか
・ 気にかけていたか
と、
・ 判断が適切だったか
・ 安全配慮義務を果たしていたか
は、切り分けて考える必要がある。
このズレをどう受け取るかで、
時江像の印象も変わってくる。
■ 夏美は「無理をしている」のか「折れていない」のか
夏美は、
・ 痛みを抱えたまま作業を続ける
・ 休ませてほしいとは言わない
・ 役に立とうとする
この姿は、
・ 無理をしている
・ 自分をすり減らしている
とも取れる。
一方で、
・ 逃げない
・ 投げ出さない
・ 学ぼうとする
という点では、
精神的に折れていないとも言える。
これを
「美徳」と見るか
「危うさ」と見るかは、
視聴者の価値観が強く反映される部分だ。
両方を応援する浩司と、「正々堂々」という言葉の軽さ
-
則子(佐藤礼貴)は、夏美が足を捻挫していること、さらにその状態で蔵の整理をさせられていることを康子(那須佐代子)や恵(藤井麻衣子)に伝える
-
則子の疑問に対し、中本は、夏美が嫌な顔一つせず作業していると説明し、その会話を浩司も耳にする
-
浩司は蔵で作業中の夏美を心配し、手伝いに来る
-
浩司は夏美流の整理整頓のやり方を褒める
-
浩司は、板長・篠田(草見潤平)に言われて夜遅くまで新作料理の試作をしていること、篠田は悪い人ではないと考えていることを話す
-
夏美は、板長も自分も加賀美屋が好きだから、いつか分かり合えると語る
-
浩司は、彩華には頼れる人がおらず、居場所は加賀美屋しかないため、自分が守ってあげたいと話す
-
夏美は女将になりたい思いを浩司に伝え、浩司は夏美に、何も気にせず正々堂々と修業に臨んでほしいと応援する
-
その会話を蔵の外で彩華が聞いており、時江は彩華に対して、明日から蔵の整理をやってみてはどうかと提案する
個人的感想
浩司は、根はすごく優しい人間なんだろうと思う。
ただ、女性に対する免疫がなくて、彩華にいいように使われているだけにも見える。
浩司は、柾樹(内田朝陽)が加賀美屋を継ぐこと自体に反対しているわけではないし、
母・環(宮本信子)や兄・伸一(東幹久)の立場を思えば、彩華に対して女将修業を認める気持ちにも理解を示している。
その上で、「誰にも頼れない彩華を助けてあげたい」と考えている。
その思い自体は、かなり立派だと思う。
だからこそ、こんないい奴の浩司の心を踏みにじって、
組合費窃盗の件も有耶無耶にされ、夏美一人を謝罪にまで追い込んだ彩華が、
何のお咎めもないままでいることには、どうしても納得できない。
女将修業の勝敗が、そもそも何を基準に決まるのかがさっぱり分からない中で、
それでも夏美のことも彩華のことも、どちらも応援できる浩司はすごいと思う。
だって昨日、
「女将修業の結果が出たらプロポーズの返事をする」
と彩華に言われたばかりだ。
普通なら、彩華だけを応援する方向に気持ちが偏ってもおかしくない。
それなのに、夏美に対しても
「何も気にしないで、正々堂々とした勝負なんだから思い切りやりなよ」
と言えるのは、なかなかできることじゃない。
ただし、
その勝負が
・何を競っているのか
・どうやって評価されるのか
・誰が最終的に判断するのか
がまったく見えてこない以上、
本当に「正々堂々とした勝負」と言えるのかどうかは、正直かなり疑問だ。
もしこの勝負の勝敗を、環一人が決めるのだとしたら、
それはもう正々堂々とは言えないんじゃないか、という引っかかりも残る。
そして最後に、
時江がなぜ彩華にも蔵の整理を命じたのか。
この意図は、かなり気になるところだ。
■ 浩司は「優しさ」と「鈍さ」が同居している人物
浩司は、
・ 誰かを切り捨てる発想がない
・ 立場の違う人間を同時に理解しようとする
・ 自分の感情より他人の事情を優先する
一方で、
・ 利用されている可能性に鈍い
・ 不公平さを構造として捉えきれていない
優しさと危うさが表裏一体になっている人物とも言える。
■ 「正々堂々とした勝負」という言葉の空虚さ
浩司の言う「正々堂々」は、
・ 競争条件
・ 評価基準
・ 判定者
が示されていない。
そのため、
・ 気持ちとしての正々堂々
・ 精神論としての正々堂々
に留まっており、
制度としての公平さとは別物になっている可能性がある。
■ 彩華を守るという発想は「保護」か「免罪」か
浩司は、
・ 彩華には居場所がない
・ だから自分が守りたい
と考えている。
これは、
・ 弱者への配慮
・ 共感
とも取れるが、
・ 問題行動への目こぼし
・ 責任の免除
につながってしまう危うさも含んでいる。
■ 夏美と彩華、同時に応援できてしまう構造
浩司は、
・ 夏美も応援する
・ 彩華も守ろうとする
という立場を取っている。
だが、
・ 両者が競争関係にある以上
・ 利害は衝突している
その中立性は、
誰かにとっては不誠実に映る可能性もある。
■ 時江が彩華にも蔵の整理を命じた意味
時江の行動は、
・ 公平性の演出
・ 修業の均等化
・ 彩華への試練
とも読める。
一方で、
・ 問題行動への直接的言及を避けている
・ 責任を曖昧にしたまま課題を与えている
という見方もできる。
この判断が
「指導」なのか
「先送り」なのかは、
まだ確定できない。
亀を見る時間と、競争を急がせる大人たち
-
夏美はカツノ(草笛光子)のもとへ生け花を習いに行くが、足の状態を見たカツノは無理をするとケガが長引くとして、その日は休むように言う
-
カツノは、焦らず、どんなときでも心穏やかに己の心を保つ術を身につけるよう諭し、「何があってものんびり寝てばかりいる子ガメでも見ていなさい」と語る
-
伸一は久則に、夏美がカツノのところで亀を眺めていると話し、女将修業を諦めたのではないかと盛り上がるが、恵美子は夏美はそんな子ではないと否定する
-
恵美子(雛形あきこ)が健太(鈴木宗太郎)と勇太(小室優太)を寝かしつけに行った後、環・久則(鈴木正幸)・伸一は、彩華が若女将に、浩司が板長になった未来を想像して盛り上がる
-
伸一は、建築家の知り合いに描いてもらったホテルの図面を久則に見せる
-
環は、夏美のことを「見くびらない方がいい」と久則と伸一に釘を刺す
-
久則と環は「空の玉手箱」について話し合う
-
環は過去に、カツノに対して俊江と自分のどちらが女将にふさわしいか競わせてほしいと申し出たことを久則に打ち明ける
-
カツノは「そんなことをしなくても答えはもう出ている」と答え、その言葉が環にとって屈辱だったと語られる
-
環は、彩華に昔の自分と同じ匂いを感じると話し、自分の後の女将には、カツノが選んだ夏美ではなく、自分が選んだ彩華になってほしいという本音を久則に明かす
-
時江に手伝うよう言われた彩華が蔵に入り、夏美は一緒に作業ができると思うが、「事件が起こったのはその日のことでございました」という不穏なナレーションで放送が終わる
個人的感想
カツノのもとに生け花を習いに来た夏美に対して、
「何があってものんびり寝てばかりいる子ガメでも見ていなさい」
という言葉が出てくるあたり、作中にやたらと亀が登場するようになった。
亀は何かを象徴しているのだろうか。
一歩一歩の歩みは遅くても、着実に進めば最後には勝てる、という意味なのか。
それとも、もう一つ象徴的に出てくる「空の玉手箱」と合わせて、
浦島太郎のモチーフが関係しているのだろうか。
助けた亀に連れられて竜宮城へ行き、玉手箱を持って帰ってくる。
そういう構図が、女将修業の競争にも重ねられているのかもしれない。
一方で、伸一はホテルの図面まで引かせていて、かなり本気モードだ。
確か、そろそろ模型もできると言っていたはずだが、
知り合いに頼んでいるとはいえ、きちんと対価を支払っていることを願いたくなる。
環については、やはり過去のカツノとの確執が大きく影を落としている。
どうしても、カツノが選んだ夏美ではなく、
自分が選んだ彩華に女将になってほしいという思いが拭えないようだ。
環自身もかつて、今の夏美と彩華のように、
女将修業で競わせてほしいとカツノに提案して却下されている。
だからこそ、夏美と競わせてほしいと申し出てきた彩華に、
自分と同じ匂いを感じ、応援しようと思ったのだろう。
ただし、彩華が
純粋に加賀美屋が好きで女将になろうとしているようには、どうしても見えない。
しかも窃盗犯でもある。
それでも、
カツノと夏美が憎いという感情から、
彩華を対抗馬として受け入れてしまった。
この短絡的な思考を見抜かれた結果、
「女将に必要なものが、たった一つだけ足りなかった」
と、カツノに判断されたのではないだろうか、そんなふうにも感じた。
■ 亀は「遅さ」ではなく「時間感覚」の象徴か
亀は、
・ 急がない
・ 比較しない
・ 自分の速度で進む
存在として描かれている。
これは、
・ 勝ち負けを競う女将修業
・ 周囲が煽るスピード感
へのアンチテーゼとも読める。
■ 「空の玉手箱」と浦島太郎モチーフの可能性
空の玉手箱と亀が並行して出てくることで、
・ 竜宮城
・ ご褒美
・ 帰還後の時間のズレ
といった要素を連想させる。
女将修業の勝敗が、
「今すぐの結果」では測れないことを示唆している可能性もあるかもしれない。
■ 環が競争に固執する理由
環は、
・ 自分が過去に競争を否定された
・ 選ばれなかった経験を抱えている
そのため、
・ 同じ構図を再現しようとしている
・ 自分の正しさを証明し直そうとしている
とも読める。
■ 彩華に「昔の自分」を重ねる危うさ
環は彩華に、
・ 同じ匂い
・ 同じ立場
を感じている。
だが、
・ 動機の純度
・ 行動の倫理性
まで同一視してしまうと、
判断が歪む危険性もある。
■ カツノが見抜いた「たった一つ足りないもの」
カツノは、
・ 能力
・ 技術
・ 野心
ではなく、
・ 心の置き所
・ 時間との向き合い方
を見ていた可能性がある。
環に足りなかったものは、
競争心ではなく、
待つこと・委ねることだったのかもしれない。
まとめ
第76回は、女将修業の進捗や技術の差を描いた回ではない。
描かれていたのは、心の姿勢の差だった。
-
夏美は、怪我をしてもなお前を向こうとする
-
環は、過去の否定を今の選択で覆そうとしている
-
彩華は、目的のために居場所を利用しているように見える
カツノが夏美に言った
「亀でも見ていなさい」
という言葉は、慰めではなく“教え”だったのだろう。
遅くても、比べなくても、
心を乱さず歩き続ける者が、最後に残る。
そして、蔵という「加賀美屋の記憶」が眠る場所で起きる“事件”。
それは、人の悪意ではなく、
価値観の衝突が形になったものなのかもしれない。
女将に必要なものは、才能でも礼儀でもない。
それを欠いた者が誰なのか──
次回、さらに残酷な形で突きつけられそうだ。
『どんど晴れ』感想まとめはこちら
広告
懐かしい朝ドラをもう一度見たい方はこちら → NHKオンデマンドでは見られないけどTSUTAYA DISCASで楽しめる朝ドラ5選
