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2026年1月13日放送の 『どんど晴れ』 第74回 では、女将修業のライバルとなった彩華と夏美が、まったく異なる場所で、それぞれの役割を与えられることになる。
庭で黙々と松の手入れに励む夏美と、女将・環のそばで接客を学ぶ彩華。
一見すると優劣がはっきりしているようにも見える状況の中で、それでも夏美は「誰のためでもない、自分のための修業」を信じて歩み続ける。
この回は、評価される側と、試される側その対比が強く印象に残る回だった。
※この回は、前日の展開を踏まえて見ると、より重みが増します。
👇 前回(第73回)の感想はこちら

松の木と向き合う夏美、芽生える劣等感
番頭の中本(高橋元太郎)の指導を受けながら、夏美(比嘉愛未)は庭で松の手入れをしている。
腰を痛めた中本に代わり、慣れない作業にも黙々と取り組む姿が描かれる。
一方その頃、彩華(白石美帆)は環のそばで接客を学び、礼儀作法も自然に身についている様子を見せている。
夏美は、彩華と自分との差を意識し、劣等感を抱く。
佳奈(川村ゆきえ)は、「夏美が庭仕事をしているのに、彩華はもう接客をしているのはえこひいきではないか」と時江(あき竹城)に詰め寄る。
それに対し時江は、番頭さんの腰痛を知った夏美が自分から手伝いを申し出たこと、つまりこれは“指示”ではなく、夏美自身のお節介から始まったことだと説明する。
個人的感想
夏美は、彩華に対して劣等感を抱きながらも、今与えられている役割から逃げずにやっている。
華やかさはないが、「今の自分にできること」を一つずつ積み重ねている姿勢は一貫している。
確かに、
・彩華=接客
・夏美=庭仕事
という対比は、見た目だけで判断すれば不公平に映る。
ただし今回に関しては、夏美の庭仕事は「押し付けられた修業」ではなく、腰を痛めた中本を気遣った結果、自分から引き受けた行動だ。
ここで芽を出した“お節介の種”は、誰かを困らせるものでも、空回りするものでもない。
むしろ、
・弱っている人を見過ごせない
・目立たない役割を引き受けられる
という夏美の長所が、自然に出ただけに見える。
少なくとも、このお節介は誰も傷つけていないし、批判される筋合いのものでもないと思う。
■ 修業内容の差は「評価」ではなく「選択」の結果
この場面は、環や時江が夏美を軽視しているというより、夏美自身の選択が、結果として修業内容を分けている構図に見える。
彩華は「女将修業としての接客」を求め、
夏美は「困っている人の役に立つ」ことを選んだ。
評価の前に、選択の違いがある。
■ 劣等感は成長の前兆として描かれている
ここでの夏美の劣等感は、自分を否定する方向ではなく、
「それでも今の自分にできることをやる」という方向に向いている。
この描き方は、今後“見えにくい修業”がどう評価されるのか、という伏線にもなっているように感じる。
■ 佳奈と時江の立ち位置の違い
佳奈は「結果の見え方」に敏感で、
時江は「そこに至る経緯」を見ている。
どちらが正しいというより、この二人の視点の違いが、夏美を守る層の厚みを作ってきているように思う。
評価される「姿」と揺らぐプライド
庭で松の手入れをしている夏美のもとに、宿泊客の林田(木村元)が声をかける。
夏美は、番頭の中本から教わった内容をそのまま伝えながら、松の手入れについて説明する。
林田はその姿勢を好意的に受け取り、「頑張って」と夏美に声をかける。
その後、客室で林田に挨拶をする環。林田は彩華の姿を見て、「どこかで会ったことがある」と気づく。
林田は、彩華の実家である料亭「原田」のことを思い出し、懐かしそうに当時のことを語る。
さらに、以前から松の木の元気がなかったことを気にしていたが、若い人が一生懸命手入れしているのを見て、「きっと松の木も元気になるだろう」と、夏美の仕事ぶりを評価する。
その様子を聞き、彩華は明らかに面白くなさそうな表情を浮かべる。
個人的感想
久しぶりに「加賀美屋のお客様」がしっかり描かれた場面だった。
林田という人物が、今後どのように物語に関わってくるのかは正直かなり気になる。
印象的だったのは、林田が 彩華も、夏美も、分け隔てなく評価した という点だ。
彩華の出自や立ち居振る舞いも認めつつ、庭で地味な作業をしている夏美の姿も、きちんと見て褒めている。
それだけに、夏美が褒められた瞬間の彩華の表情は、かなり分かりやすかった。
彩華は、自分が評価されること自体は想定内でも、「夏美まで評価される」ことは想定外だったのではないか。
これまでの彩華は、自分が一段上の場所に立つことで優位に立ってきた人物だ。
だからこそ、第三者から自然に夏美が評価される構図は、彼女にとって相当不愉快だったはずだ。
正直、彩華は目的のためなら何でもやりそうな雰囲気がある。
この“不機嫌な表情”は、後々何かを仕掛けてくる前触れのようにも見えて、少し怖さすら感じた。
■ 林田は「加賀美屋の外の評価軸」を持ち込む存在
これまでの評価は、
環の判断
従業員同士の空気
内部の噂
といった、内向きの基準が中心だった。
林田は、
・過去を知っている
・格式も理解している
・しかし今の姿もきちんと見る
という、外部かつフラットな視点を持っている。
その存在が、今後の力関係を揺らす可能性は高い。
■彩華の苛立ちは「競争意識の露呈」
彩華が不機嫌になった理由は、
自分が評価されなかったからではなく、
夏美も評価されたから。
つまり、
「自分だけが上に立つ前提」が、この時点ですでに揺らいでいる。
女将修業が始まったばかりなのに、彩華の中ではすでに勝敗が意識されていることが分かる場面だ。
■ 夏美の評価は「意識して得たもの」ではない
夏美は評価されるために松の手入れをしていたわけではない。
・困っている人がいた
・自分にできることをやった
結果として、それを見ていた人が評価した。
この「無意識の評価の積み重ね」が、今後どこで効いてくるのかが見どころだ。
環の視線、彩華の苛立ち
廊下で夏美とすれ違う際、環は、宿泊客の林田が夏美の仕事ぶりを褒めていたことを、あえて彩華の前で伝える。
それに対し夏美は、「番頭さんに言われたことをやっていただけです」と前置きしたうえで、それでも褒められたこと自体は素直にうれしいと感謝を口にする。
そのやり取りの後、彩華は夏美の背を鋭い視線で睨みつける。
環は、その彩華の表情と視線を静かに観察している。
場面は帳場に移り、久則(鈴木正幸)と伸一(東幹久)が、彩華の働きぶりについて環に確認する。
二人は「もう若女将として通用するのではないか」と評価を口にするが、環は「まだ、そこまではどうかしら」と即答を避け、何か懸念材料があることを示唆する。
その後、生け花を運んでいた彩華は廊下で足を止め、庭の松の木をじっと見つめる。
個人的感想
環が、彩華の目の前で夏美を褒めたのは、どう考えても偶然ではない。
しかもその直後、
彩華が見せた露骨な敵意――
そしてそれを、環がしっかり観察している。
これはもう、環が彩華の「人となり」や「感情の動き」を意図的に揺さぶって見ているようにしか見えなかった。
久則や伸一が、「若女将でも通用するのでは」と前向きな評価をしている一方で、環だけが即断しないのも印象的だ。
能力や立ち居振る舞いだけでは測れない、
もっと根の部分――
おそらく「心の在り方」や「他者への向き合い方」を、
環は見極めようとしているのだろう。
そしてラストの、松の木を睨みつけるように見つめる彩華。
……頼むから、
除草剤とかかけないでくれよ、と思ってしまった。
夏美が憎いとしても、松の木には何の罪もないからな。
■ 環は「評価」ではなく「反応」を見ている
環が見ているのは、
仕事ができるか
所作が美しいか
ではなく、
他人が評価されたとき、どう反応するか
自分が優位でない場面に、どう耐えるか
という部分だろう。
夏美を褒めたのは、彩華を試すための“揺さぶり”だった可能性が高い。
■ 若女将に必要なのは「優秀さ」より「器」
久則や伸一は、彩華の能力や出自を見て判断している。
一方、環は、
感情のコントロール
他者への敬意
嫉妬や焦りとの付き合い方
といった、女将として致命的になりかねない資質を見ているように感じる。
だからこそ、「まだ、そこまではどうか」という含みのある返答になる。
■ 松の木は「象徴」
彩華が見つめていた松の木は、
夏美が手をかけているもの
夏美が評価された対象
加賀美屋の庭=象徴的な場所
そのすべてを内包している。
彩華の視線は、単なる庭木ではなく、
「自分の前に立ちはだかる存在」そのものを
睨んでいるようにも見えた。
決まっているはずの道と、整理できない心
横浜では、柾樹(内田朝陽)を囲み、啓吾(大杉漣)、房子(森昌子)、智也(神木隆之介)の4人ですき焼きを食べる。
柾樹は、自分のことで啓吾や房子に心配をかけていることを素直に謝罪する。
しかし進路については、
「もうしばらくだけ考えさせてください」と、
即断を避ける姿勢を崩さない。
それに対し啓吾は、
「ゆっくり考えればいい」「君の人生だ」「後悔だけはするな」
と、選択そのものを尊重する言葉をかける。
柾樹は、選ぶ道そのものはすでに決まっているが、まだ心の整理がついていないのだと打ち明ける。
また、夏美が一人で盛岡に戻り、自分は横浜に残ったまま、意地を張っているだけなのかもしれないと、自身の状態を冷静に見つめる言葉も口にする。
啓吾、房子、智也は、柾樹が再び盛岡へ戻る可能性に触れつつ、柾樹は夏美や啓吾に似た“頑固者”だという話題で場を和ませる。
個人的感想
柾樹は、一体どんな気持ちで啓吾の家に居候しているのだろうか。
「選ぶ道は決まっているけど、心の整理がつかない」
という言葉から察するに、彼の中では盛岡に戻るという選択が、すでに答えとして存在しているのだろう。
それでも動けない。
それは迷いというより、決断に伴う痛みを、まだ引き受けきれていない状態に見える。
啓吾の
「君の人生だ」「後悔だけはするな」
という言葉は、一見すると温かい助言だが、
同時にどの選択でも受け止める覚悟の表明でもある。
つまり、
横浜に残ってもいい
夏美と結婚しなくてもいい
その可能性すら、啓吾は飲み込もうとしている。
そう考えると、夏美との将来が確定していない柾樹を、今も家に住まわせ続けている啓吾の懐の深さは、正直かなりすごい。
かつては、柾樹に対して厳しく、突き放すような態度を取っていた啓吾だが、今は「待つ」ことを選んでいる。
それが成長なのか、
それとも諦観なのか――
その判断は、まだつかない。
■ 「選ぶ道は決まっている」という告白の重さ
柾樹のこの一言は、物語的にはかなり重要だ。
迷っているように見えて、実は答えは出ている。
問題は、
その答えを選んだ結果、何を失うのか
を、まだ受け止めきれていない点にある。
■ 柾樹は「決断」ではなく「覚悟」を探している
進路や職業の選択ではなく、
夏美に向き合う覚悟
家を継ぐ覚悟
横浜で築いた評価を捨てる覚悟
どれもが一気にのしかかっている。
だからこそ、動けない。
■ 啓吾の「見守る」という選択
啓吾は、
指示しない
結論を急がせない
代わりに責任も引き受けない
という、かなり高度な距離感を取っている。
これは、
「信じている」
と同時に
「最終的な痛みは本人が引き受けるものだ」
という線引きでもある。
■ 家族の食卓が“保留”を許す場所になっている
すき焼きを囲むこの場面は、何かを決めるための会議ではなく、
「決められないままでいていい」
という猶予を与える空間として機能している。
だからこそ、柾樹は本音をこぼすことができた。
木が応えるということ
松の木の手入れもいよいよ終盤に入り、夏美と番頭の中本は、作業を終え松の木について語り合う。
夏美は、中本が加賀美屋の庭の木々を本当に大切にしていることに気づく。
「加賀美屋の木とは、もう50年の付き合いだからな」
と語る中本に対し、
夏美は「中本さんも、加賀美屋のことが好きなんですね」と返す。
その言葉に、中本は少し照れた様子を見せる。
そこへ時江(あき竹城)がやって来る。
夏美は
「もう一人、加賀美屋が大好きな人が来ました」
という。
松の木を見た時江は、「すっかり元気になったわね」と驚く。
中本は夏美に、木というのは、自分を手入れしてくれる人間が自分のことを好きかどうか、ちゃんと分かるものなんだと語る。
個人的感想
このシーンで、
「ついに中本まで夏美に攻略されたな」
と思ってしまったのは自分だけじゃないはずだ。
50年も庭木と向き合ってきた番頭が、夏美に対してここまで心を開くのは、技術の巧拙というより、夏美の人となりそのものが伝わった結果だろう。
ただ一つ気になったのは、
中本が木々のことを
「こいつが、こいつが」
と愛着を込めて語ろうとしているのに、夏美がほとんど聞かずに自分の話を続けていた点。
あそこは正直、中本がちょっとかわいそうだった。
とはいえ、時江が一目で松の木の変化に気づいたところを見ると、やはり長年加賀美屋に関わってきた人間には、分かるものがあるのだろう。
「木は、手入れする人間が自分を好きかどうか分かる」
中本のこの言葉は、庭木の話でありながら、完全に人間関係の話でもある。
誰かを嫌ったり、打算で動いたりしない夏美は、人だけでなく、木とも相性がいい。
中本は50年、
時江は30年以上。
加賀美屋のベテランたちが、次々と夏美に心を許していく流れが、ここでもはっきりと描かれていた。
さて、
次に“攻略”しなければならないのは、
あの板長・篠田だろうが――
あいつだけは、さすがに難易度が高そうだ。
■ 中本が心を開きそうな理由
中本が心を開いたのは、夏美が松の手入れを上手くやったからではない。
・木を生き物として扱う
・効率より向き合う姿勢を重視する
・相手(木)に敬意を払う
この価値観が、50年庭を守ってきた中本と一致したからだ。
■ 「木は分かる」という言葉の二重構造
中本の言葉は、
庭木の話であると同時に、
人もまた、
誰が本気で向き合っているかを感じ取る
というメッセージでもある。
だからこそ、夏美はベテランたちに好かれ始めている。
■ ベテランが認める夏美の“資質”
中本(50年)
時江(30年以上)
この二人に共通するのは、
加賀美屋を「仕事」ではなく
「生き方」として引き受けてきた点だ。
その二人が、
夏美を拒絶せず、
むしろ期待を寄せ始めている。
これは、
血筋でも立場でもなく、
人としての姿勢が評価され始めている
サインだと思う。
■ 篠田だけが残る「異物」
ここまで来ると、
板長・篠田だけが明確に浮いている。
彼は、
技術
上下関係
しきたり
で世界を見ている。
だからこそ、夏美のような存在が最も理解しがたいのだろう。
この衝突は、避けられない。
誰のための女将修業なのか
大女将・カツノ(草笛光子)に生け花を教わる夏美。
形も整い始めてきた生け花を見て、カツノは「なかなか形になってきた」と夏美を褒める。
カツノは、女将修業のこと、そして彩華の存在について、夏美がどう受け止めているのかを確認する。
夏美は、
「誰のためでもなく、自分のための修業だと思っているから大丈夫です」
と静かに答える。
さらにカツノは、柾樹が今後どうするつもりなのかについても気にかける。
それに対して夏美は、柾樹がどんな生き方を選ぶのか、本人が心を決めるまで自分からは何も言わないようにしていると説明する。
個人的感想
正直に言って、
「女将修業の定義がよく分からない」
というのが率直な感想だ。
夏美は
「誰のためでもない、自分のための修業」
だと言っている。
だが、本来、女将修業とは
お客様のための修業
ではないのだろうか。
自己成長そのものが悪いわけではないが、自己満足のための修業という言い回しに聞こえてしまうのは、もったいない。
また、カツノが
「柾樹がどうするつもりなのか」
と気にしているのも、今さら感が否めない。
そもそも、
柾樹に「加賀美屋を継げ」と求めたのは
カツノ自身だったはずだ。
ここまで事態が複雑になっている以上、もう少し責任を持って関わってもいいのでは、と感じてしまう。
一方で、夏美の
「柾樹が自分で結論を出すまでは、何も言わない」
という姿勢は、一見すると大人で尊重的にも見える。
ただ、この作品全体を見ていると、
どうも
「すべてを一人で決断すること」
が美徳として描かれているように感じる。
だからこそ、
誰にも相談せず突っ走る
報告や連絡をしない
結果として問題が拡大する
という展開が、これほど繰り返されてきたのではないだろうか。
もしかするとこの世界では、話し合うことや頼ることが、過去に否定され続けてきたのかもしれない。
■ カツノは「責任」から一歩引いている
引退した身とはいえ、事の発端を作った人物として、カツノはかなり距離を取っている。
助言はするが、決断はしない。
これは、
環に任せているとも言えるし、
都合よく手を引いているとも読める。
■ この作品に流れる「孤立を美化する価値観」
・自分で決める
・自分で耐える
・自分で背負う
これらが、過剰に肯定されてきた結果、
相談しない
助けを求めない
連携しない
という行動様式が、物語全体に染みついている。
夏美の姿勢は立派だが、同時に、この価値観の犠牲者でもある。
まとめ
第74回は、派手な対立や衝突は少ないものの、人物それぞれの立ち位置と価値観の違いがくっきりと描かれた回だった。
彩華は、評価されることに慣れ、順調に女将修業を進めているように見える一方で、自分以外が認められることに確実に苛立ちを募らせている。
対して夏美は、劣等感や不安を抱えながらも、「今の自分にできること」に集中し続けている。
女将修業は、誰かに勝つためのものなのか、それとも自分自身と向き合うためのものなのか。
その問いが、これから本格的に突きつけられていきそうだ。
『どんど晴れ』感想まとめはこちら
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