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2026年1月7日放送の『どんど晴れ』第69回では、彩華の評価が高まる一方で、夏美は職場で完全に孤立していく。
一方、浩司は彩華が組合費を盗んだ事実を知りながらも、その事情を聞き入れ、彼女を守る選択をする。
さらにカツノの言葉によって、夏美は初めて自分の言動を省みることになり、物語は「対立」から「修復」へと舵を切り始める。
※この回は、前日の展開を踏まえて見ると、より重みが増します。
👇 前回(第68回)の感想はこちら

孤軍奮闘が「意図的」に作られていく
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啓吾(大杉漣)は、柾樹(内田朝陽)と香織(相沢紗世)の関係が気になり、柾樹の職場まで様子を探りに来る。そこで久美子(別府あゆみ)から情報を聞き出す。
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加賀美屋では、彩華(白石美帆)が環(宮本信子)から仕事を任され、周囲の評価も高まっている。
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一方、夏美は一人で蔵に入り、小皿を探す作業を黙々とこなしている。
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その様子を見て時江(あき竹城)は心配し、誰か手伝いを呼ぼうかと環に提案する。
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しかし環は、「夏美が自分から頼むまでは放っておきなさい」と命じ、手助けをさせない判断を下す。
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別の場面で、カツノ(草笛光子)と恵美子(雛形あきこ)が話し合う。
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恵美子は、「女将になりたくないのはカツノのせいではない」「自分自身に務まらないと判断したからだ」とはっきり伝え、カツノを安心させる。
個人的感想
啓吾はもう完全に「元カノチェックモード」に入っている。柾樹本人よりも、香織という存在がどんな人間なのかが気になって仕方ない様子だ。久美子は今後も、啓吾にとって都合のいい情報提供役として機能し続けそうだな。
加賀美屋パートは、見ていてかなりきつい。彩華が仕事を任され、称賛される一方で、夏美は誰の助けもなく一人で重い作業をさせられている。
特に引っかかるのは、時江ですら「一人では大変そう」と感じている仕事だという点。
つまり、現場感覚のあるベテランから見ても「本来は複数人でやる仕事」なのだろう。
それを夏美一人に任せ、「自分から頼むまでは助けない」という環の判断。これは指導なのか、試練なのか、それとも単なる放置なのか。生産性や効率よりも、「どこまで耐えられるか」という精神論が優先されているように見えてしまう。
一方で、恵美子の場面はかなり健全だった。「向いていないからやらない」という判断を、自分の言葉で説明できている。
女将にならない=逃げ、ではなく、自分の適性を理解した選択として描かれているのは素直に良かったと思う。
■ 夏美の「孤軍奮闘」は自然発生ではなく、管理によって作られている
環の判断は、「忙しいから人が足りない」という状況ではない。
あえて手を差し伸べさせない、という管理判断だ。
これは試練というより、
「自分から頭を下げさせるための状況作り」
とも読める。
■ 時江の違和感は、現場感覚と管理側の乖離を示している
時江は夏美の味方でも敵でもないが、
「これは一人でやらせる仕事じゃない」という感覚を持っている。
環と時江の判断のズレは、
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精神性を重視する管理
-
現実的な負荷を見ている現場
のズレとして、今後さらに大きくなっていきそうだ。
■ 彩華の評価上昇と夏美の放置は、完全な対比構造
彩華は、
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任される
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褒められる
-
周囲が手を貸す
夏美は、
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任される
-
放置される
-
助けを許されない
この対比が露骨になってきており、「能力差」ではなく「扱いの差」で差が広がっている。
■ 恵美子の選択は、加賀美屋の価値観への静かな反論
恵美子は、
-
期待されている
-
押し付けられそうになっている
役割を、はっきりと拒否した。
「向いていない仕事をやらない」という選択は、
このドラマ世界ではむしろ異質で、
加賀美屋の精神論への静かなアンチテーゼにも見える。
浩司の選択と、彩華の“告白”
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浩司(蟹江一平)と彩華が二人きりで話をしている。
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彩華は「加賀美屋が気に入ったから、ここで働きたい」と浩司に伝え、環に頼んでもらえないかとお願いする。
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その流れの中で、浩司は彩華に対し、組合費の封筒をしまっている場面を目撃してしまったことを打ち明ける。
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彩華に理由を問う浩司に対し、彩華は「母が病気で入院しており、どうしてもお金を工面する必要があった」と説明する。
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彩華は「環に正直に話してくる」と言うが、浩司はそれを引き止め、「お金は自分が立て替える」「本当のことを話してくれて嬉しい」と告げる。
-
彩華は浩司に感謝し、そっと浩司にもたれかかる。
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しかし、そのときの彩華の表情は、どこか裏がありそうな不穏なものとして描かれる。
個人的感想
浩司、ちょろすぎる。
正直、それに尽きる。
「母が病気で入院していてお金が必要だったから盗んだ」
――これ、詐欺師が使う理由としてあまりにもテンプレすぎないか。
もちろん、本当に母親が入院していて困っている可能性もゼロではない。
もし事実なら疑って申し訳ない話だ。
だが、最後に映された彩華の表情を見てしまうと、
「全部を鵜呑みにしていい話ではないだろう」と感じる視聴者のほうが多いはずだ。
それにしても浩司の判断は軽率すぎる。彩華が「環に正直に話す」と言った瞬間にそれを止め、「自分が立て替える」と言ってしまう。
ここで一つ整理したいのは、浩司が言っている「立て替えるお金」が何を指しているのか、という点だ。
-
紛失した 組合費 なのか
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彩華の 母の入院費 なのか
組合費については、すでに浩司が肩代わりしている描写があるため、
ここで言っているのは入院費の可能性も出てくる。
だとすると、金額はいくらになるのか分からない。
高額療養費制度の存在すら知らず、
彩華の言い値をそのまま受け入れてしまう未来すら想像できてしまう。
惚れた男の弱みとはいえ、ここまで一直線だと、見ていて不憫になってくる。
■ 彩華は「追い詰められた被害者」を演じ切っている
彩華はこの場面で、
-
盗みを認める
-
理由を語る
-
正直に話そうとする姿勢を見せる
という一連の動きを完璧にこなしている。
だがそれは、
「責任を取る」ための行動ではなく、同情を引き出すための動線
としても読める。
■ 浩司は「事実」より「感情」で判断してしまった
浩司は、
-
盗みという事実
-
組織への影響
-
夏美が置かれた立場
これらを一切整理せず、「恋人が苦しんでいる」という感情だけで決断している。
その結果、問題は解決せず、むしろ隠蔽に近い形になっている。
■ 「正直に話してくれて嬉しい」は、最も危険な言葉
浩司の
「本当のことを話してくれて嬉しい」
という言葉は、一見すると美談だ。
しかしこれは、
-
事実の検証を放棄する
-
責任の所在を曖昧にする
非常に危うい言葉でもある。
正直に話したかどうかと、やったことの重さは本来別問題のはずだ。
■ 最後の「表情」が示すもの
彩華が浩司にもたれかかりながら見せた、どこか含みのある表情。
あれは、
-
罪悪感
-
安堵
-
計算
どれにも見える。
だが少なくとも、「すべてを打ち明けて楽になった人の顔」ではなかった。
この一瞬で、視聴者の中に「まだ何かある」という疑念を確実に植え付けたと思う。
言葉の重さと「上に立つ者」の論理
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夏美(比嘉愛未)は、カツノ(草笛光子)に生け花を教わりながら、仲居や板前たちとの関係が悪化している現状について相談する。
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カツノは、「彩華に対する“確認の仕方”に問題があったのではないか」と夏美に指摘する。
-
カツノの説明を聞き、夏美は一定の納得を示す。
-
カツノは最後に、つらいときには、一人で抱え込まず、誰かに助けを求めることも必要だ
と夏美に助言する。
個人的感想
正直に言って、今回もカツノの理屈には首をかしげてしまった。
これまでこの作品で描かれてきたカツノの考え方に、全面的に賛同できたことはほとんどないが、今回もその例に漏れない。
カツノは、
夏美は将来、人の上に立つ女将の修業をしている
だから皆が注目し、夏美からどう思われているかが重要になる
というような論理を展開する。
だが、本当にそうだろうか。
そもそも現時点で、仲居や板前たちは夏美の女将修業そのものを認めていないように見える。「注目している」というより、「排除したい存在」として扱っている印象のほうが強い。
さらに言えば、「夏美にどう思われているか」を気にしている様子は、誰からも感じられなかった。
後半の話――
「上に立つ者は言葉遣いに十分注意し、優しい心で接するべき」
「小さな誤解が大きくなる」
この部分については、概念としては理解できる。
言葉遣いが重要なのは事実だし、誤解が膨らむ怖さも否定はできない。
ただし、今回の件にそれを当てはめると、どうしても引っかかる。
夏美は彩華に対して、「誰か見なかったか」と状況確認をしただけだ。
疑われていると受け取ったのは彩華の側であり、夏美が「犯人扱い」した場面は描かれていない。
では、正解は何だったのか。
「決して彩華さんを疑っているわけではありませんが」
と前置きしなければいけなかったのか。
それとも、近くにいた人物に状況を確認すること自体が、この加賀美屋では許されない行為なのか。
その基準が、どうにも曖昧だ。
最後の
「つらい時は、誰かに助けを求めることも必要」
という言葉については、完全に同意する。
壊れるまで一人で耐える必要はない。
助けを求めれば、手を差し伸べてくれる人は必ずいるはずだ。
問題は、
今の夏美には、その「求める先」が極端に少ない
ということだろう。
■ カツノの論理は「理想の上司像」であって、現場の現実ではない
カツノの言葉は、理屈としてはもっともらしいが、極めて抽象的だ。
・言葉遣い
・優しさ
・誤解を招かない配慮
これらは、受け手が最低限フラットであることが前提になる。
すでに敵意を持たれている状況では、どんな言葉も歪んで受け取られる。
■ 「疑われた」と感じた側の主観が絶対化されている構造
今回の問題の核心は、
-
夏美が何を言ったか
ではなく -
彩華がどう感じたか
が、完全に正義として扱われている点にある。
この構造では、説明も弁明も成立しない。
■ 「助けを求めろ」という助言が最も現実的で、最も皮肉
カツノの助言の中で、最も現実的なのは「助けを求めろ」という部分だ。
だが皮肉なことに、今の夏美は、その助けを求める先を次々に失っている。
だからこそこの言葉は、優しさであると同時に、残酷にも響く。
(夏美はカツノに助けを求めたんじゃないのか?と思えてしまった…。)
願うだけでは戻れない関係
-
イーハトーブでは、佳奈(川村ゆきえ)が裕二郎(吹越満)に、夏美との関係について相談する。
-
裕二郎はイーハトーブの言葉の意味を引き合いに出しながら、「仲直りしたいと願うだけではなく、自分から一歩踏み出すことが大切だ」と佳奈を諭す。
-
一方、夏美は、自分の不注意な言葉が今回の事態を招いたのだと理解し、同僚たちに謝罪し、許してもらおうと行動に移そうとする。
-
夏美が謝ろうとする直前で、この日の放送は終了する。
個人的感想
やはり、佳奈は心のどこかで、夏美との関係を修復したいと考え始めていた。
裕二郎の助言は、いつものように派手さはないが、
「願うだけでは何も変わらない」
「関係を戻したいなら、自分から踏み出せ」
という、ごく当たり前で、しかし一番難しいことを突いてくる。
ここで重要なのは、
佳奈が“夏美が変わるのを待つ”のではなく、
自分も動く必要があると気づき始めた点だ。
そして夏美もまた、
自分の言葉が状況を悪化させたと受け止め、
謝罪という行動を選ぼうとしている。
二人とも、現状に甘んじるのではなく、
「変えよう」としている。
この点については、素直に良かったと思う。
ただし、引っかかる点もある。
夏美の「不注意な言動」が何だったのか、視聴者側からすると、いまだに腑に落ちない部分が大きい。
だが、この物語の中で
“絶対的な正しさ”として位置づけられているカツノが
「夏美にも至らなさがあった」と言っている以上、
この作品世界ではそれが「答え」なのだろう。
納得できるかどうかは、また別の話だが。
■ 夏美の謝罪は「正しさ」ではなく「関係修復」の選択
夏美が謝ろうとしているのは、必ずしも「自分が全面的に悪かった」と思ったからではないだろう。
それでも謝ろうとするのは、正しさの主張よりも、関係を取り戻すことを選んだからだ。
これは夏美にとって、かなり苦しい選択のはずだ。
■ 裕二郎は“答え”ではなく“行動の方向”を示す存在
裕二郎は、
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誰が悪いか
-
何が正しいか
を裁くことはしない。
代わりに、
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どうしたいのか
-
そのために何をするのか
という、行動の方向だけを示す。
このスタンスがあるからこそ、佳奈は「考える」だけで終わらず、動こうとしている。
■ この回は「和解の結果」ではなく「和解への入口」
重要なのは、この回ではまだ何も解決していないという点だ。
謝罪はまだ行われていない。
許しも、まだ与えられていない。
それでも、
-
佳奈が歩み寄ろうとし
-
夏美は同僚に謝ろうとしている
行動を起こそうとすること自体が、物語としては大きな転換点だ。
まとめ
第69回は、事件の真相が明らかになる回ではない。
しかしそれ以上に重要なのは、登場人物たちの立場と意識が静かに動き始めた回だったという点だ。
浩司は「守る」という選択をし、
彩華は「弱さ」を武器に立場を強化し、
職場の空気は完全に夏美から離れていく。
その中で夏美は初めて、
「自分は間違っていない」ではなく
「自分の言葉はどう届いたのか」
という視点に立たされる。
納得できるかどうかは別として、
夏美が謝罪という行動を選ぼうとしたこと、
そして佳奈もまた関係修復のために踏み出そうとしたことは、
この物語が次の段階へ進もうとしているサインだろう。
対立の決着ではなく、
関係を直そうとする意思が生まれた回。
第69回は、
「正しさ」よりも「向き合う覚悟」が問われ始めた転換点だった。
『どんど晴れ』感想まとめはこちら
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