2025年8月29日放送 第119回
ざっくりあらすじ
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出征が決まった頼介(杉本哲太)が千駄木の野々村夫妻(前田吟/佐藤オリエ)へ挨拶。妹の夫である神谷(役所広司)へ、「考えは相容れないと思っていたが、安乃(貝ますみ)を託せる相手だ」と頭を下げる。
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蝶子(古村比呂)は出発前に洗足の我が家へ寄ってほしいと頼み、頼介は承諾。
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洗足。音吉(片岡鶴太郎)とはる(曽川留三子)が、頼介の到着だけで“行くんだな”と察する。
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二人きりの座敷で、頼介は幼いころの記憶を語る。小学校に上がる前、父の馬車で病院へ行った帰りに石沢牧場へ。牧場で蝶ちゃんが馬糞に足を突っ込んで大泣き——頼介は川へ連れて行き、石に座らせて足を洗ってやった。その後、蝶ちゃんは草の上を走り、花を摘んだ。「俺が覚えている最初の蝶ちゃん」はその光景だ、と。
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以来、ずっと蝶子は頼介の目標で眩しい存在だった。結婚しなかった理由は軍人として戦意が鈍るから。十数年前に要(世良公則)を殴ったのも、蝶子を守るつもりだったと打ち明ける。
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頼介は「蝶ちゃんが幸せなら、その幸せを守るために戦う」「生きて帰る気はない」とも。蝶子は子どもたちの歌に紛らせて、「死んでは、ダメだよ」と震える声で言う。
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子どもたちが歌うのは神谷の詞×要の曲による“送り歌”。頼介はまっすぐ正座で聴き入り、静かに時が過ぎる。
今日のグッと来たセリフ&場面
# | セリフ/場面 | ワンポイント |
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1 | 頼介→神谷「考えは違うが、敬服しています。妹を、よろしくお願いします」 | 相容れぬ二人が“妹”で握手する、最高の大人の礼。 |
2 | 頼介「対立したら先生を殺してしまうかもと考えた。そしたら、安乃は兄ちゃんを殺すと言った」 | 極端な想像の裏に、家族の覚悟。言葉の温度が重い。 |
3 | 頼介「俺が覚えている最初の蝶ちゃん」→川で足を洗う記憶 | 水の冷たさまで伝わる原風景。ここで涙腺が緩む。 |
4 | 頼介「蝶ちゃんの幸せを守るために戦う」 | “国家のため”を“個人のため”へ翻訳した一行。 |
5 | 頼介「生きて帰るつもりはない」/蝶子「死んでは、ダメだよ」 | 正面からは言えない本音を、歌が覆ってくれる。 |
6 | 子どもたちの“送り歌”(詞:神谷/曲:要) | 家族の総力で編んだ弔いと祈りの手前。 |
私が感じたポイント
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“国家”を“個人”で言い直す勇気。
頼介(杉本哲太)の戦う理由が「国」でも「大義」でもなく蝶子の幸せである、と言い切られた瞬間に、戦争が抽象から具体へグッと近づいた。だからこそ「死んでは、ダメだよ」の小声が、最大の反論になる。 -
幼馴染の記憶が、門出の灯り。
川の石、冷たい水、草の匂い——身体の記憶で語る回想が圧倒的。第114回の“滝川の手紙”の延長線上で、今日も風景が人を支えることを実感した。 -
“敬意”で橋をかける男たち。
神谷(役所広司)に真正面から敬服を述べた頼介。思想の断絶を礼で越える作法が、悲しい時代の中でも美しかった。 -
送り歌=家族の共同制作。
詞(神谷)×曲(要)×歌(子ども)×舞台段取り(蝶子)。家族の手しごとが、出征の儀式を私たちの物語へ引き寄せた。 -
(小ネタ)蝶子のセリフから、劇中の小学校は「自宅のすぐそば」という設定。チョッちゃん坂を上った先に病院→その近くの小学校という地理で考えると、先日のロケ・関連地巡りで触れた“あの小学校”がモデルに思える。史実とは少し違うようだけど、画面の地理と自分の足跡がつながると、場面が立体的に立ち上がる。
まとめ——“守る相手”を名指しする
頼介は「国」ではなく蝶子を名指しした。名指しは覚悟であり、同時に背負う重みでもある。だから蝶子は、歌で包み 「死んでは、ダメだよ」と言うしかなかった。
明日、誰かの門出を見送るなら——あなたは誰の幸せを名指ししますか? そして、どんな“送り歌”を用意しますか?