2025年8月25日放送 第115回
ざっくりあらすじ
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昭和19年4月下旬。物資欠乏が深刻化し、岩崎家は池をつぶして家庭菜園へ。子どもたちは「食べたいおかずの絵」を描いて空腹をやり過ごす。
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演奏機会の減少に苛立つ要(世良公則)。夜、食卓の“ごっこ料理”に耐えられず部屋へ。蝶子(古村比呂)は夫の胸中を察する。
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蝶子は電気蓄音機を売却する決断。古道具屋を相手に粘って45円→50円で手放す。リアカーで運ばれていく蓄音機を、要と二人で見送る。
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坂上(笹野高史)が来訪。歌舞伎座・日劇・帝劇の閉鎖や、個人演奏会の制限、日本人作曲限定など選曲の縛りを嘆く。軍歌を混ぜる同業も出る中、要は距離を置く。
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要は子どもにバイオリンを教えることに活路。俊継(服部賢悟)より、雅紀(相原千興)に“筋”ありと見込むが、指導は厳しく、雅紀は音吉(片岡鶴太郎)宅の軒下で泣く。
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母・蝶子は要にブレーキを求めるが、要は「見込みがあるから鬼になる」と譲らない。
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泰輔(前田吟)は映画館・泰明座を閉める決断を報告。「潮時だな…」と酔いにまぎれてため息。時代の逆風に、町の灯がまたひとつ消える。
今日のグッと来たセリフ&場面
# | セリフ/場面 | ワンポイント |
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1 | 子どもたちの“絵のおかず”で夕飯 | 空腹をごっこ遊びに変える、苦い創意工夫。 |
2 | 古道具屋との値切り合い45→50円 | ささやかな勝利。しかし胸は少し軋む。 |
3 | 蓄音機がリアカーで角を曲がるまで見送る | 音の記憶が遠のく足音。 |
4 | 坂上「日本人作曲限定で幅が狭い」 | 文化統制が、表現の呼吸を奪う。 |
5 | 音吉「無理なんだから! ね!」 | 雅紀の涙を見て、近所の大人が正論で庇う。 |
6 | 要「見込みがあるから、俺は鬼になる」 | 厳しさの正体=期待。父の不器用な愛の翻訳。 |
7 | 泰輔「潮時だな」 | 町の娯楽がまた一つ消える、時代のため息。 |
私が感じたポイント
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“音の人”の沈黙は、痛みの音。子ども達の“絵のおかず”は、かわいさと同時に文化の飢餓を突き付けます。要が席を外したのは怒りではなく、鳴らせない音に耐えるための退避に見えました。
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蓄音機の旅立ち=家の時間の終活。価格交渉で50円を勝ち取っても、胸の勘定は赤字。レコードに刻まれた家族史が、リアカーの振動にほどけていく。売買は経済行為でありながら、ささやかな弔いでもありました。
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統制が“選曲”から生活へ染みる恐さ。 日本人作曲限定、軍歌混入の圧——表現が狭まれば、暮らしの余白も痩せる。坂上と要の会話には、仕事の話を超えた呼吸困難がにじむ。
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厳しさの翻訳。 要の「鬼」は、見込みの裏返し。けれど、子どもの涙のケアは別枠で必要。音吉の“無理なんだから”が、父の理屈と子の心の橋渡しをしてくれたのが救いでした。
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町の灯が消える速度。 泰明座の閉館宣言は、〈泉〉閉店の記憶と並んで胸に重い。娯楽はぜいたくではなく心のインフラだったのだと、改めて思い知ります。
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(個人的メモ)先週までは明るい話題も多く、記事にするのが楽しかった。 でも今日は、正直書くのが辛かった。それでも、誰かの生活の輪郭を残すために、言葉を置いておきたい——そんな回でした。
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椎野愛さんへの小さなお別れ。 先週土曜(第114回)、滝川への悲しい電話の最中でも、蝶子が「加津子」と名を呼んだ瞬間にふっと微笑んだあの仕草。あれが椎野愛さん版・加津子のラストカットだと思うと胸がきゅっとする。繊細な目線と表情だけで空気を変える演技、本当にありがとう。
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モノの寿命と今。 15年、16年と動き続けた蓄音機。消費サイクルが速すぎる今、“まだ使える”を手放さない暮らし方を、少しだけ思い直したくなります。
まとめ——音が消えても、耳は残る
鳴らせない音に苛立つ父、絵のおかずで空腹をやり過ごす子、蓄音機を見送る夫婦。音も灯も減っていくのに、耳と目だけは生き延びてしまう。そのつらさごと抱えながら、岩崎家は小さな前進(家庭菜園/練習/仕事の見直し)を積むしかない。
次回、雅紀の“音”はどこへ向かうのか。要の“鬼”は、いつ“師匠”へ翻訳されるのか。
あなたなら、家の何を残し、何を手放しますか?