2025年8月23日放送 第114回
ざっくりあらすじ
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神谷容(役所広司)と安乃(貝ますみ)が結婚。新居は目黒の安乃の部屋。洗足の岩崎家で挨拶をすませ、音吉(片岡鶴太郎)・はる(曽川留三子)も巻き込み祝言ムードに。
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安乃は「明日からまた手伝いに来る」と申し出るが、蝶子(古村比呂)は「よそで働いたほうがいい」と断る。神谷の「私も外で働く」は安乃の一言「それはダメです」で撤回。はるの「男なんてこんなもんだから」に一同、苦笑。
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夜。邦子(宮崎萬純)が蒼ざめて駆け込み、「兄・道郎(石田登星)が満州で亡くなった」と告げる。要(世良公則)もただならぬ事態を悟る。
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滝川。俊道(佐藤慶)は電話口で訃報を聞き、へたり込む。みさ(由紀さおり)は取り乱し、石沢嘉市(レオナルド熊)が見守る。
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岩崎家に道郎の遺骨が到着。皆が現実を受け入れられずにいる中、蝶子は遺影に向かいそっと語りかける。
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滝川の俊道は、道郎への厳しさ・期待・後悔を吐露。医者になれと言い続けたこと、小説を許さなかったかもしれないこと――胸の底の“もしも”が溢れ出す。
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数日後、道郎からの手紙が届いていたと判明。蝶子が読み上げ、滝川の二人(俊道・みさ)は受話器を挟んで聞く。そこに綴られていたのは、東京でも満州でもなく、滝川への静かな恋しさだった。
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ナレーション「それから約一週間後、日本はアメリカに宣戦を布告」――太平洋戦争へ。
今日のグッと来たセリフ&場面
# | セリフ/場面 | ワンポイント |
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1 | はる(曽川留三子)「お似合い!」→安乃(貝ますみ)「おばさん!」 | 新婚照れの直球。ご近所コーラスが温い。 |
2 | 安乃「それはダメです」→神谷(役所広司)の就労宣言、即撤回 | “実務の愛”が家計設計を決める瞬間。 |
3 | 神谷「(女三人は)三国同盟みたいだな」 | 祝言ムードの軽口が、この後の闇を際立たせる。 |
4 | 邦子(宮崎萬純)「道郎さんが、死んだって!」 | 空気が反転する一行。笑いの直後に来る断絶。 |
5 | 俊道(佐藤慶)「道郎が、死んだ。満州で、死んだ」 | 強い父の声が初めて折れる。沈黙が怖い。 |
6 | 俊道の独白「もし…何も望まず、好きにやらせていたら……」「帝大に落ち、小説は挫折。死ぬ時まで馬から落ちるんかい!」「なして、馬ひとつ…」 | 期待→皮肉→自責へと落ちていく言葉の坂道。 |
7 | 手紙の一節「恋しいのは、日本でも東京でもなく滝川」「江部乙に似た丘」「書き終えたら夕日の広野に馬を走らせよう」 | 地名が、帰れない心の住所になる。 |
8 | 受話器を二人で聴く俊道とみさ | “夫婦”が同じ悲しみの音を聴く絵。 |
9 | ナレーション「一週間後、宣戦布告」 | 私事の悲しみが、国の悲劇に呑み込まれていく警鐘。 |
私が感じたポイント
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俊道の独白が、父親語の“最高到達点”。 叱責や皮肉をまじえながら、最後は自責に行き着く三段構え。佐藤慶さんの声の“掠れ”と“間”が、言葉を越えて胸に刺さりました。誰より強く見えた父が、初めて背中を落とした夜――それだけで、画面の温度が数度下がるのが分かる。
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“もしも”という罠。 「好きにやらせていれば」「小説を許していれば」――過去を別の物語に差し替え続ける心の運動。その無限ループを、俊道は敢えて言葉にしました。言語化は罰であり、同時に弔い。言わねば前に進めないことがある。
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道郎の手紙が示した“地理の記憶”。 江部乙の丘、夕日の広野、馬の蹄。そこにあるのは観光名所の記号ではなく、少年期の身体感覚。遠く離れても、身体は故郷へ歩いていく。だからこそ最後の行「夕日の広野に馬を走らせよう」に、胸がぎゅっと掴まれました。
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笑い→悲報の落差が、人生の速度。 朝は「新婚さんいらっしゃい」。夜は訃報。人生が一日の中で何度も反転することを、きれい事にせず見せ切った構成が見事でした。
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“受話器を二人で聴く”という演出。 映像としては小さな所作。でも、悲しみの聴き方を教えてくれる一枚絵。みさの取り乱しと、俊道の堪える呼吸が一本の線でつながる。
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蝶子の微笑と沈黙。 遺影に向かい花を整え、そっと声を掛ける。泣き叫ばない静かな所作が、長女の責任と、もう泣き尽くした夜を思わせます。
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役者の仕事が“体温”で伝わる回。 俊道(佐藤慶)の声の震え、みさ(由紀さおり)の呼吸の乱れ、邦子(宮崎萬純)の蒼白な頬、要(世良公則)の黙って抱き寄せる腕。誰もがいつも以上に沈黙で語る一話でした。
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(道産子的視点)滝川・空知という場所へ。 道郎の手紙は、観光パンフではなく生活の風景を呼び戻しました。空知の田園、石狩川のゆったりした流れ、江部乙の丘陵。もしこの回で滝川に心を引かれたなら、いつか北海道・滝川や空知のまちを歩いてみてください。駅前だけでなく少し足を延ばして、風と匂いを受け取るだけでも充分。道郎の“手紙のページ”に、あなたの一頁をそっと挟みに行く旅になるはずです。(実際に行ってみた記事はこちら)
まとめ――“帰れない”の奥にある“帰る場所”
道郎は最期まで、故郷の光を思い描いていました。俊道は“もしも”の地図を広げて自分を責め、みさは受話器の向こうで泣き崩れる。帰れないという事実のさらに奥に、帰る場所は確かにある――それを証明したのが、一通の手紙でした。
戦争の足音が大きくなる中でも、私たちは場所を持ち、言葉を持ち、誰かの手を握ることができる。次回、悲しみを抱えたまま、岩崎家はどんな“明日”に灯りを点すのか。
あなたなら、遠くの誰かにどんな“風景”を手紙で届けますか?